第7話 リュカの昔話

「──そんなことがあったなんて……。それに、リュカは貴族のご子息だったのね……」


 リュカの語った話はなかなか信じがたいものだった。

 

 リュカは貴族の生まれで、出産で母親が命を落とした後、父親と二人で暮らしていた。


 愛する人を失った哀しみからか、父親は部屋に篭もりがちで、あまりリュカと接することはなかったが、リュカに対して辛くあたるということもなかった。

 

 お互いに距離を保ったまま時は流れ、やがて父親は後妻を娶ることに決め、リュカが7歳の頃に貴族の令嬢が夫人として迎えられた。夫人はすぐに妊娠し、翌年には弟が生まれた。


 リュカは異母弟を可愛がったが、夫人は次第にリュカを邪険にするようになった。そして、母のいないリュカよりも、両親の揃った自分の子がこの家の後継者となるべきだと主張を始めた。


 たしかにこの国の貴族は長子相続ではなく、生まれた順番よりも魔力の強さが重視される。しかし、その点でいってもリュカのほうが圧倒的に優れていた。異母弟はもちろん、当主であり成人である父親の魔力をもはるかに上回っていたのだ。そのことから父親は夫人の主張を退けたが、夫人が諦める様子はなかった。


 そしてある日、リュカは突然魔法を使うことができなくなった。父親に相談すると、父親は困ったような顔をしながらも、何人か魔法士を手配してくれた。そして彼らに見てもらったところ、古の強力な呪いによって魔力が封じられていることが分かった。


 だが、呪いの出どころは不明で、解呪方法も分からなかった。不安に押しつぶされそうなリュカの元に、ある日夫人がやって来た。そして薄ら笑いを浮かべながら耳元で囁いた。「災難だったわね。でもこの家はあなたの弟が継ぐから安心して」と。


 犯人は夫人だ。そう確信したが証拠はない。このまま理不尽に今の立場を奪われてしまうのかと思ったが、不思議なことに父親は後継者をリュカから異母弟に替えることはしなかった。しかし、これがまたさらなる不幸を呼んだ。


 今度は食事に毒を混ぜられたのだ。しかも父親が長期の視察に出かけて不在の間に。異変に気づいた執事の迅速な対応のおかげか、リュカは一命を取り留めたが、殺されかけたという事実に恐れ慄いた。


 今回も夫人の仕業に違いない。魔法が使えないだけでは後継者から外されなかったため、存在ごと消そうとしたのだろう。ならば、また自分の命を狙って何か仕掛けてくるに違いない。


 もう食事をとるのも恐ろしかったし、部屋から出る気にもなれなかった。魔法が使えないので、身を守る手段がない。まるで狩場に放された獲物になったような心地だった。いつまた襲われるのかと怯えることしかできない。


 また父親を頼っても、きっと十分に守ってはくれないだろう。そもそも視察から帰るまであと一月もある。その間に再び命を狙われ、今度こそ死ぬかもしれない。そう考えると、自分が助かる道は一つしか思い浮かばなかった。


 それは、この家から逃げること。一人で逃げて姿をくらませれば、もう自分は後継者として扱われないだろうし、夫人から命を狙われる心配もなくなる。たとえリュカ自ら後継者の座を辞しても、家に留まる限りは後継者への返り咲きを恐れる夫人から狙われる可能性が捨てきれなかった。


 家を出る。そう決意したリュカの行動は早かった。その日の夜、お忍び用の地味な外出着とローブを着込み、他には何も持たずに部屋から抜け出した。新月だったおかげで誰にも見つかることはなかった。そのまま昼間のうちに開けておいた、今はほとんど使われることのない裏門をすり抜け、ついにリュカは家を出た。


 夜通し歩き続け、朝方に行商の荷馬車に潜り込んで、行き着くところまで行った。お腹が空いたら、申し訳ないとは思いつつ、荷馬車に積まれていた果物などを貰った。誰かに見つかる前に荷馬車を降り、また別の荷馬車に潜り込んでということを何度か繰り返し、ここまで来ればもう大丈夫だろうと思った土地で、自分の暮らせる場所を探すことにした。


 そして、まずは村を見つけようと歩き回り、雨に降られて雨宿りをしていたところで、私と出会ったのだ。



「ソフィさんと出会えたことは、本当に幸運でした。以前は家を出るしかなかったことを悔しいと思うこともありましたが、今は、家を出たことは俺の人生で最良の決断だったと思ってます」


 今まで隠していたことをすべて話してすっきりしたのか、リュカは穏やかな表情でそんなことを言った。


「そう思ってくれるならよかったけど、リュカは……あ、リュカ様って言ったほうがいいのかな?」

「……やめてください。今まで通りでお願いします。ソフィさんに『リュカ』って呼んでもらうのが好きなんです」

「そ、そう? 私も今さら様付けは寂しいから、これからもリュカって呼ぶわね」

「はい、ぜひ」


 リュカが嬉しそうに目を細めた。


「それにしても、ずっと呪いがかかったままだなんて酷すぎるわ。何とかできたらいいんだけど……」

「解呪の魔法を試してもらったこともあるんですけど、さっきのようなモヤが湧き出て魔法を掻き消してしまうんです」

「解呪の魔法が効かないなんて厄介ね……。魔法のほかに薬は試してみた?」


 何気なく尋ねてみると、リュカがきょとんとした表情になった。


「いえ、解呪の方法は一般的には魔法だけなので、薬は試していませんが……。もしかして、呪いを解く薬があるんですか?」

「あ、ごめん……残念ながら呪いを解く薬は今のところないんだけど……。でも、もしかしたら効き目がある薬があるかもしれない。ほら、魔法に耐性があっても、薬には耐性がないかもしれないし」

「そうだといいのですが……。ソフィさんは、どんな薬に効果がありそうだと思うんですか?」

「そうね、パッと思いつくのは魔力の流れをよくする薬とか、媚薬の効果を消す薬とか……」


 と話したところで、私は慌てて口を押さえた。うっかりリュカの前で媚薬とか言ってしまったが、子供に聞かせるような話ではない。ちらりとリュカの反応を見てみたが、特に引っかかっているような様子はなかったので、いろんな意味で安心した。


「なるほど……。魔力の流れをよくする薬は試してみたいです。簡単に作れるものなんですか?」

「そうね。材料はすぐ手に入るものばかりだから、必要なものを揃えて作ってみようか」

「はい、お願いします……!」


 呪いを解くことができるかもしれないと聞いて希望が湧いてきたのか、リュカの目が期待に輝く。

 私はそんなリュカの様子を見て、自分に出来ること、可能性のあることはすべて試してあげようと心に誓ったのだった。

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