第6話 リュカの秘密

 澄み渡るような秋晴れのある日、私はとんでもない事態を前に焦りに焦っていた。


「乾燥が……できてない!!」


 なんと、明日の朝に町の医者に届ける予定だった薬草の乾燥が終わっていなかったのだ。この湿り気具合だと、明日になっても乾燥は間に合わないだろう。どうせ大丈夫だろうと思って確認を怠っていた過去の自分を殴ってやりたい。


「なんで……部屋の湿度が高かったのかな? どうしようどうしよう……」


 焦って部屋の中を無意味にぐるぐる回っていると、リュカが心配そうな顔でやって来た。


「ソフィさん、大丈夫ですか? 医者に届けるのは延期にしてもらっては……?」

「ううん、だめなの。この薬草を求めて遠方から来る患者さんの予定に合わせないといけないから、絶対に明日届けないと……」

「でも、どうしたら……」

「……一つ手があるわ」


 そう言って私は胸の高さでおもむろに両手を広げる。


「私の微力な魔法を使って乾燥させるしかない……!」


 そう、風魔法で長時間風を吹かせて乾燥させるのだ。これならなんとか明日の朝までには間に合うはずだ。ただ一つだけ問題があって……。


「でも、ソフィさんの魔力は足りるんですか?」


 リュカが痛いところをついてくる。でも、まさにその通りなのだ。


 風魔法を長時間使えば乾燥できるはずだが、私の魔力ではそんなに長い時間は魔法を使えない。とは言え、ここで仕方がないと諦めるわけにはいかない。私には考えがあった。


「リュカ、魔力回復の薬をありったけ持ってきて。魔力を回復しながらやり切るわ」

「でも、それだと負担が大きすぎます」


 リュカが私を心配して反対する。魔力回復の薬草はものすごく不味い上に、わずかに体力を奪うので、あまりの多量摂取は命に関わることはないものの、非常に体の負担になるのだ。でも今はそんなことを気にしている場合ではない。


「リュカ、これは私の失敗が招いたことだから。自分の尻拭いは自分でやるわ」

「……分かりました。俺が手伝えることがあったら言ってくださいね」



 そうして乾燥用の部屋に篭ること八時間。魔力回復の薬を八瓶も飲んで風魔法を使い続け、なんとか無事に乾燥を終えることができた。


「リュカ……やったわ……やり切った……!」

「ソフィさん、お疲れ様でした。体が冷えたでしょう。これを羽織ってください」


 言われてみれば、すっかり体が冷え切っていた。冷たい風に晒されていたのと、魔力を使い切ったせいだろう。リュカが持ってきてくれたストールを肩にかけると、少し体が温まった。


「今温かいお茶も持ってきますね」

「ありがとう」

「……いえ、俺はこれくらいしかできないですから」


 それから、リュカがお茶を準備してくれている間に、乾燥させた薬草を小分けにして袋に詰めた。


「ソフィさん、お茶が入りましたよ」

「ありがとう、いただくわね」


 椅子に腰掛け、淹れたてのお茶をゆっくりと飲むと、体の芯から温まる。薬草も無事に乾燥でき、焦りと不安から解放されたのもあって、私はほおっと溜息をついた。


「お茶のおかげで温まったわ。ありがとうね、リュカ」

「それならよかったです。ソフィさん、疲れたんじゃないですか?」

「そうね……さすがに疲れたかな」


 私が苦笑いで答えると、リュカは申し訳なさそうに眉を寄せた。


「……俺も魔法を使えたらよかったのに」


 リュカは自分が魔法を使えないことを気にしているようだった。でも、魔法が使えるかどうかは努力云々ではなくて、生まれつき魔力を持っているかどうかによる。だからリュカが気に病む必要はない。そう思ったのだが……。


「今まで言ってませんでしたが、本当は俺、魔法が使えるはずなんです」

「使える、はず……?」


 それは一体どういうことなのだろう。魔力はあるけど使い方が分からないとか、そういうことだろうか。でも、それなら私に魔法の使い方を尋ねてくるはずだ。

 首を傾げる私に、リュカが答えを教えてくれた。


「俺には魔力があるんです。でも、それを呪いで封じられてしまいました」

「えっ、リュカも魔力を持っていたの? それに呪いって、どうして……?」


 次々と知る新たな事実に、私は頭が追いつかない。


「魔力を持っているのは本当です。……ほら」


 そう言ってリュカが片手を広げると、そこから綺麗な金色の光の粒が少しだけ湧き上がった後、黒いモヤが湧き出して金色の光の粒を掻き消した。


「たしかに、これは魔力の光と呪いの術ね……」

「はい、昔は普通に魔法が使えたんですが、呪いをかけられた今は、こんな風に魔力を少し放出できるだけで、魔法は使えなくなってしまいました」

「誰がどうしてそんなことを……」

「……少し長くなってしまいますが、お話ししてもいいですか?」


 私がうなずいて見せると、リュカは悲しそうに微笑んで、ゆっくりと語り始めた。

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