第4話 誕生日のお祝い
そして長かった冬が終わり、春が訪れ、待ちに待ったあの日がやって来た。
「リュカ、今日はついにアレをするわよ」
「はい、すごく楽しみです」
「私も楽しみ! まずは部屋の飾りつけをしようか」
「はい、頑張ります!」
そう、今日は二人一緒に誕生日をお祝いする日。この日のために一週間前からこつこつ準備をしてきたのだ。
私とリュカは色とりどりの布でできたガーランドを手に持って、部屋の壁に飾りつける。ちなみにこれは町の手芸店で買った綺麗な布を使って手作りしたものだ。
「花も飾りますね」
リュカが森で摘んだ綺麗な花をガラス瓶に生けて、テーブルの上に飾ってくれた。食卓に花があると、特別な日という感じがして気持ちまで華やぐ。
「わぁ、素敵ね! これでだいぶお祝いの雰囲気が出てきたんじゃない?」
「はい、なんだかワクワクしてきました」
「よし、じゃあそろそろケーキを作ろうか」
「そうですね、楽しみです」
私は町の本屋で買ってきたお菓子作りの本を開く。
「リュカはこの"ガトーショコラ"が食べたいんだよね」
「はい、そうです。でも、いきなり本番で大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫、大丈夫! 本を見ながら作ればちゃんとできるから」
実はお菓子作りの本は読んで材料やら手順やらを覚えただけで、まだ一回も作ったことはない。
事前に作って練習すべきかとも思ったのだが、誕生日の日に新鮮な気持ちで楽しみたくて、ぶっつけ本番で作ることにしたのだ。……決して無計画なわけではない。
「えっと、チョコを湯煎で溶かして……」
「わあ、滑らかになってきましたね」
「卵白を泡立てるのって、なかなか腕が疲れますね……」
「大変そうね……。交代でやろうか」
「粉がけっこう舞っちゃうわね」
「もっと小刻みに振るといいのかもしれませんよ」
「よし、オーブンに入れよう!」
「美味しく焼き上がりますように……」
材料を混ぜ込んだ生地を型に流し込み、オーブンに入れる。あとは焼き上がりを待つだけだ。
その間、しっちゃかめっちゃかに散らかった台所を魔法で手早く片付けて、今度はごはん作りを始める。
いつもより豪華でお洒落な食事を目指して二人で頑張っていると、オーブンからだんだんと甘くて香ばしい匂いが漂い始めた。
「もうじき焼き上がりでしょうか?」
「そうね、もう出しても大丈夫かもしれない」
オーブンから取り出すと、焼き立てのお菓子の甘くていい匂いが部屋中に広がった。
「美味しそうです! 初めて作ったとは思えませんね」
「見た目は完璧ね。ちゃんと中まで火が通ってるかな……」
目立たない場所に串を刺して確認する。うん、中までしっかり焼けているようだ。
「完成!」
「ケーキ、テーブルに運びますね」
「うん、他の料理もできたし、全部並べてごはんにしよう」
作った料理やケーキを並べると、狭いテーブルはすぐにいっぱいとなった。
奮発して買ったいいお肉のソテーに、庭で育てている野菜やハーブを使ったサラダ、前日から仕込んでおいたベーコンとひよこ豆のスープに、トロトロの炙りチーズをかけたスライスパン。
そしてその真ん中には、ふわふわに焼き上がったガトーショコラ。
「ご馳走がいっぱいですね」
「そうよ、誕生日だもの。じゃあ、早速いただきましょう」
「はい」
「リュカ、13歳のお誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます。ソフィさんも、18歳のお誕生日おめでとうございます!」
リュカと二人向かい合って、テーブルに並んだご馳走をいそいそと取り分けて口に運ぶ。
「お、美味しすぎる……! リュカが焼いてくれたこのお肉、焼き加減が絶妙で最高に美味しいよ」
リュカは日頃からよく私の代わりに食事を作ってくれているのだが、一年前と比べるとかなり料理の腕が上達したと思う。ちなみに私のお気に入りは、いつも朝食に作ってくれる半熟の目玉焼きだ。
「リュカって料理の才能があるわよね。このお肉もいくらでも食べられちゃう」
「ほ、褒めすぎですよ……。ソフィさんが作ってくれたこのスープも、優しい味がして美味しいです」
リュカが顔を赤くしながら、私のスープも褒めてくれた。お世辞で言ってくれたのかとも思ったが、本当に嬉しそうに味わってくれているので、リュカの好きな味つけだったのかもしれない。
「リュカが盛りつけてくれたサラダも美味しい」
「ソフィさんが火魔法で炙ってくれたチーズとパンも美味しいです」
「美味しいものがいっぱいで嬉しいね」
「はい、嬉しいです!」
そんな風に和やかに食事を済ませた後は、いよいよデザートの時間だ。
私はテーブルの真ん中に鎮座するガトーショコラを見つめ、ごくりと唾を呑み込むと、ゆっくりとナイフを差し入れた。そうして綺麗に八等分したガトーショコラを二枚の取り皿に慎重に乗せる。
「……じゃあ、食べてみようか」
「はい、なんだか緊張しますね……」
初めて作ったガトーショコラの味はどうだろうか。意外とふわふわした生地を一口分フォークで切り分け、そっと口の中に入れる。
「……リュカ!」
「……ソフィさん」
「美味しい!」
「美味しいです!」
口に入れた瞬間、甘くてコクのあるショコラの風味が広がって、まさに至福の味わいだった。
初めてのガトーショコラ作りは完全に大成功だ。
「さっきたくさん食べたはずなのに、これならいくらでも入りそう……」
「あともう一切れ食べてもいいですか?」
「もちろん! あ、でも一日置くともっとしっとりして美味しくなるらしいから、半分は取っておこうね」
「分かりました。また明日食べるのが楽しみですね」
嬉しそうなリュカを微笑ましく眺めつつ、私ももう一切れ食べようと思ったところで、飲み物を出し忘れていたことに気がついた。保管庫に入れておいた飲み物とグラスを取ってきて、テーブルの上で注ぐ。
「はい、リュカはこっち。ぶどうジュースよ」
「ありがとうございます。ソフィさんのは?」
「ふっふっふ、私は今日で18歳。つまり、大人の仲間入りをしたので、ワインを飲んじゃいます」
グラスに注いだ赤ワインを掲げながらそう宣言すると、リュカが心配そうな顔を向けてきた。
「ソフィさんはお酒、飲めるんですか? 無理しないでくださいね」
「初めて飲むから強いか弱いか分からないけど、まあ大丈夫でしょ。はい、乾杯!」
「乾杯……」
チンとグラスを鳴らした後で一口飲んでみると、最初はアルコールに慣れなくてむせそうになってしまったが、味は結構好みだった。
「うん、いける! 味の濃いぶどうジュースみたい」
「それは葡萄からできているので……。でもジュースじゃないんですから、飲みすぎないようにしてくださいね」
「はいはい、分かりました。……あ、そうだ、リュカに渡すものがあったんだ」
「俺に渡すものですか?」
誕生日の日に渡すものといったら誕生日プレゼントに決まっているのだが、今まで誕生日のお祝いに縁のなかったリュカはいまいちピンと来ていないようだ。
私はテーブル横の棚の引き出しを開けると、綺麗な包装紙で包まれた細長い箱を取り出してリュカに差し出した。
「はいこれ、リュカへの誕生日プレゼントよ」
「俺への……プレゼント?」
「そうよ。気に入ってくれたら嬉しいな」
「開けてみてもいいですか……?」
「うん、開けてみて」
リュカはどことなく呆然とした様子で包み紙を開き、箱を開けた。そして恐る恐る箱の中身に触れる。
「これは、ナイフ……ですか?」
中には革製の鞘に収まったナイフが入っていた。
「そうよ。薬草摘みに出かけるときとか、色々と役立つし、そろそろリュカも自分のナイフを持っていたほうがいいと思って」
「ありがとうございます……。大切に使いますね」
リュカが貰ったばかりのナイフを大切そうに撫でて言う。気に入ってくれたようで、私も嬉しくなる。何をあげるのがいいか悩んだ甲斐があったなと思っていると、リュカがぽつりと呟いた。
「ソフィさん、すみません」
「えっ、すみませんって何が?」
「……俺、ソフィさんへの誕生日プレゼントを用意してませんでした。恥ずかしい……」
何やらリュカがうなだれている。私へのプレゼントなんて気にしなくていいのに。そう伝えると、リュカは断固とした表情で首を横に振った。
「だめです。俺もソフィさんにプレゼントを贈りたいです」
「そ、そう?」
「はい。頂いてるお小遣いも貯まってますし。だから……もしよかったら、今度ソフィさんが町に出かけるときに、俺も連れていってくれませんか?」
「え? リュカが町に?」
リュカのお願いに私は目を丸くした。今までリュカは人目につきたくないと言っていたので、私が町に薬やら薬草やらを売りに出かけるときは、リュカにはずっと家で留守番をしてもらっていたのだ。
それなのに、私へのプレゼントを買うために町へ出かけるなんて大丈夫なのだろうか?
そう思って本人に尋ねると、リュカは微笑んで言った。
「俺もちょうど、引きこもってばかりいないで、少しずつ外に出てみようと思ってたんです。ローブを着てフードでも被ってしまえば誰だか分からないでしょうし、大丈夫だと思います」
結局、リュカの熱意に押され、今度町へ薬草を売りに出かけるときは、リュカも連れて行くことを約束させられてしまった。
「もう、そんなに言うなら連れていってあげるわ」
「ありがとうございます」
「可愛いリュカの頼みだから、断れないわよね」
「え、今、なんて……?」
「うふふ、リュカは可愛いわね。大好きよ」
「……!」
リュカが顔を真っ赤に染めたまま、驚いたように固まっている。
私はそんなリュカの姿を見て、ふふっと微笑んだ。リュカは照れているのだろうか。とても可愛い。あ、可愛いリュカが二人に見える。両手にリュカなんて、幸せすぎる……。
「……ソフィさん?」
「にゃあに?」
「……もしかしなくても、酔ってますか?」
「酔ってにゃいよ。リュカが二人いるのはどーして? 誕生日ぷえぜんと?」
「俺が二人に見えるのは、ソフィさんが酔っているからですよ……」
私が酔っている? 酔うと気持ち悪くなるんじゃなかったっけ? 私はこんなに幸せな気分なのだから、酔っているはずがない。でもちょっと眠くなってきたから、横になろうかな。
そんなことを考えていると、背中にリュカの手が伸びてきた。
「ソフィさん、少し横になったほうがいいですよ。俺が支えますから、ソフィさんの部屋まで行きましょう」
「うん、ちょっと眠たくなっちゃった」
そうしてリュカが私を支えながら手を引いて、部屋まで連れていってくれた。
ベッドの上に腰掛けて、そのままごろんと横になる。
「リュカ、ありがとうね。誕生日のお祝い、楽しかったね。大好きだよ」
ふわふわした気持ちのまま、リュカに話しかける。ああ、だんだん頭が回らなくなってきた。ワインって、美味しくって楽しいんだなぁ……。
次第に遠ざかっていく意識の向こうで、リュカの優しい声が聞こえた気がした。
「……俺も大好きですよ、ソフィさん」
──数時間後。目覚めて正気を取り戻した私は、自分の失態を悟ってリュカに平謝りした。
一人で酔っ払って子供に介抱させてしまっただなんて情けなさすぎる。言い訳にしかならないが、まさかグラス一杯であんな風になるなんて思いもしなかったのだ。
正直、最後のほうは自分が何を口走っていたかも覚えていなかったので、それとなくリュカに聞いてみたのだが笑顔で「秘密です」と言われてしまった。私は一体何をしでかしてしまったのだろうか……。
「あ、ソフィさん」
「は、はい。何でしょう……?」
申し訳なさからつい敬語になってしまう。
「……外では絶対にお酒を飲まないようにしてくださいね」
相変わらずの笑顔でそう釘を刺すリュカから、どことなく有無を言わせない圧を感じる。これはとんでもないことをやらかしてしまったに違いない。
こくこくと勢いよく首を振ると、リュカは「よかった」と安心したように言った。
5歳も年下の子に酒乱の心配をされるなんて本当に恥ずかしい。絶対に外でお酒は飲まないようにしようと、私は固く誓ったのだった。
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