第2話 二人の過去

 リュカが一緒に暮らすようになってから2週間が経った。


 ちなみに、あれから男物の服もいくつか揃え、物置も整理してリュカの部屋を作った。

 久しぶりの一人じゃない暮らしは、気をつかうこともあるけれど、安らぎもあってなかなか楽しい。リュカが我儘な子供ではないのも大きいかもしれない。


 慣れない暮らしに戸惑うことも多いようだが、最初に自ら宣言したとおり、家事も私の仕事も一生懸命に手伝ってくれている。


「今日はそろそろなくなりそうな薬草があるから、薬草摘みに出かけるわ。この森の奥に行くんだけど、リュカも一緒に来る?」

「俺も仕事を覚えたいので、一緒に行かせてください」


 そうしてリュカを連れて森の奥の薬草の群生地へと向かう。

 家の庭で栽培できれば楽なのだが、今日欲しい薬草は沼地の側でないと育たないので、こうして足を運ぶしかないのだ。

 獣よけの鈴がチリンチリンと心地よい音を響かせる。


「リュカ、大丈夫? つらくない?」

「はい、思ってたより歩きやすいので大丈夫です」


 薬草摘みに出かけるたびに自分で邪魔な草を刈ったり、枝を切ったりしていたので、初めて来るリュカもそんなに苦労することなく歩けたようだ。


「さあ、着いたわ。そこの沼は底無しだから落ちないように気をつけてね」

「わ、分かりました……」

「今日欲しい薬草はいくつかあるんだけど、まずはこの千手草せんじゅそう。茎に細長い葉がたくさんついている草ね。この葉を煎じて傷薬にするの」


 私がすぐ近くに生えていた千手草を摘んで見せると、リュカは肩掛けの布鞄から紙とペンを取り出して、いつものように絵と説明を書きつけた。

 書き慣れた綺麗な文字が、やはりリュカはそれなりの家で育った子供であることを確信させる。


「他の薬草は何ですか?」

「あとは雨香草うこうそうと、草じゃないんだけど黒茸くろだけっていう真っ黒なきのこ。また実物を見つけたら説明するわね」

「はい、分かりました」


 そうして私はリュカと一緒に薬草探しに没頭した。リュカに薬草のことを教え、リュカが自力で薬草を見つけられたのを褒めていると、自然と昔のことが思い出されて、胸が温かいような切ないような気持ちになった。




「籠いっぱいになりましたね」

「これだけ採れれば十分ね。そろそろ帰ろっか」


 リュカがたくさん見つけてくれたおかげで、予想よりも短時間で必要分を採取することができた。やはり人手があると捗る。私は上機嫌でリュカを労った。


「リュカが頑張ってくれたおかげで助かったわ。ありがとう」

「いえ、ソフィさんの教え方が上手だったおかげです。前にも誰かを教えたことがあるんですか?」

「ああ、昔、弟に教えたことがあったわね」

「弟さんに? 弟さんも今は薬師になっていらっしゃるんですか?」

「今は……もういないわ。三年前に両親と一緒に伝染病で死んじゃって、私だけ生き残ったの」

「え……あの、すみません……」


 思わぬ過去に触れてしまったことをリュカが謝るが、私は特に気にしていない。死とは突然やってくるものだ。


 もちろん急に一人になったことでの苦労や取り残された寂しさはあったけれど、幸い何とかやって来れたし、いつまでも感傷に浸っているわけにもいかない。一人で生きていかなければならなかったのだから。


「ううん、いいの。気を遣わせちゃってごめんね。せっかくだから話してしまうけれど、私の親も薬師だったの。薬草を作ったり、病人の看病とかもしていてね。それが、伝染病が流行り出してから、うちの親が病を撒き散らしたんだって噂が立っちゃって。私は生き残ったものの、村には居づらくて出てきたの。そして村から離れたこの場所で、ちょうどいい空き家を見つけて住まわせてもらってるってわけ」

「それは大変でしたね……。村の人たちも酷い……」

「まあ、当時は酷いと思ったけど、今なら村の人たちの気持ちも分かるし、実際うちの親から広まっちゃったのかもしれないし。気にしないことにしたわ」


 気に病んでほしくなくて明るい口調でそう言うと、リュカがわずかに瞳を揺らした。


「ソフィさんは、強いですね。……実は俺も、母を亡くしてるんです」

「リュカもお母さんを……?」

「はい、俺を産んだ日に亡くなったそうです。だから母のことは、ほとんど何も知らなくて……。誕生日もうちではずっと母のために祈る日でした」


 リュカが遠くを見つめながら語る話はあまりにも切なかった。めでたいはずの誕生日が母親の命日になってしまうなんて悲劇でしかない。


「それじゃあ、リュカは誕生日のお祝いをしてもらったことがないってこと?」

「はい」


 何ということだろう。この様子だと、普段からリュカはないがしろにされてきたのではないだろうか。

 私の家族もみんな亡くなってしまっているけれど、誕生日を祝ってもらったり、両親の仕事を教えてもらったりした嬉しい記憶や楽しい思い出があるから心を保っていられた。


 リュカにはそういった思い出はあるのだろうか? 自分が大事にされていると感じた記憶はちゃんと残っているのだろうか?


「……リュカの誕生日はいつなの?」


 ふと、そんな言葉が口からこぼれた。


「俺の誕生日ですか……? 四の月の十日です。もう二月前ですね」

「そうなの? 私の誕生日と近いわね。私は七日なの。……そうしたら、来年一緒に誕生日のお祝いをしない?」

「誕生日の、お祝い……?」

「ええ、そう。もし、リュカが嫌じゃなかったら」

「……嫌じゃ、ないです」


 リュカが照れたようにうつむいて呟く。


「よかった! 来年は盛大にお祝いしようね」


 笑顔でリュカの顔を覗き込むと、リュカがうつむいたまま「……はい」と小さな声で返事をした。


 恥ずかしがるリュカが可愛くて、私はついその形のいい頭をよしよしと撫でてしまったが、リュカは困った顔をしながらも、そのまま撫でさせてくれたのだった。

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