第5話  山賊退治

 長久保を出立する時、もう敵を欺く必要もないと思った庄二郎は武士の姿に戻っていた。

「あらまあ、庄二郎さんはお武家様だったのですか。知らずにこき使ってしまい申し訳ございませんでした」

 見送りに出た女中は困った顔をした。

「いいのですよ、何処の旅籠でもやってきたことですから。それよりおみっちゃんを湯に入れていただき助かりました。大切な預かりものですから」

 おみつは庄二郎の姿に驚くこともなく、すでに馬の背ですまし顔である。 

「おみっちゃん元気でね」

 旅籠の女衆に見送られておみつは笑顔で手を振った。


 庄二郎はおみつが言葉を覚えるようにとおとぎ話を聴かせたり、尻取り遊びをしながら歩いた。

「おじちゃん、今日は眠らないように頑張るね」

「そうだよ、居眠りをして馬から落ちたら大怪我をするからね。眠くなったらおぶってあげるから早めに言うんだよ」

 おみつは嬉しそうに「うん、わかっただ」と大きな声で答えた。

「さあ、峠を上ったらお昼にしよう」

 笠取かさとり峠の上り坂で庄二郎がそう言った時、先の方で悲鳴が聞こえた。

 何事かと急いで近づくと数人の荒くれ者たちが走り去って行く。最後の男が女人をさらって馬に乗せている。一行の奉公人らしき男がしがみついたが足蹴にされて地面を転がった。

 庄二郎が駆け寄ると中年の商人と思える男が

「お願いでございます!おくみを、娘を助けてください」

 とあえぎながらすがるように頼んだ。庄二郎はおみつを馬から降ろすと

「戻るまでこの子をお願いします」

 と言って馬に飛び乗り後を追った。

 茶屋を過ぎると男たちは山の中に入って行った。庄二郎がつけてきていることを知らない。

 やがて柵に囲まれたとりでに着いた。どうやら山賊のねじろのようだ。

 柵の一部が開き男たちが入って行くと庄二郎もゆっくりと近づいた。

 最後の一人が中に入り柵が閉まる寸前、庄二郎は一気に飛び込んだ。

 驚いたのは山賊の方だった。十数人の男たちは蜘蛛くもの子を散らしたように広場から消え去ると直ぐにまた集まってきた。

 それぞれに槍や刀を手にしている。斧や鎌を持っている者もいた。

 囲まれる前に庄二郎は真っ先におくみをさらった馬上の男に向かった。男はおくみを降ろす間もなく庄二郎の槍で脳天を打たれた。手加減をしたので男は脳震盪のうしんとうをおこしただけだったが悶絶もんぜつして落馬した。

「そのまま動かぬように!」

 おくみは腹這はらばいの状態で馬に乗せられていたが庄二郎の声を聞いてそのままじっとしていた。

 庄二郎は広場を騎乗したまま走り回り、槍の石突きで武器を払い落としては反転した穂で次々と頭をたたいた。

「もう大丈夫ですよ」

 と息も切らさぬ穏やかな声を聞いて顔を上げたおくみは、辺りの光景に目をみはった。

「これは……あなたが」

 そこら中に山賊が転がっている。

「大した手練れはおりません、さあ降ろしますよ」

 そう言っておくみを降ろすと、落馬して気を失っている男の懐を探った。

「やはりこの者が山賊の頭のようです」

 庄二郎は山賊が奪った旅人の金銭や荷物を集めて自分の馬にくくりつけた。そして一人を除き倒れている全員を柱に縛り付けた。


 庄二郎が街道に戻ると一行は茶屋で待っていた。団子を食べていたおみつが庄二郎を見つけると

「おじちゃーん」

 と手招きをした。

「お嬢様、よくぞご無事で」

 下男の久造きゅうぞうと世話係のおたけが駆け寄って涙を流した。

「おくみ、無事だったか。怪我はないか」

 父親も心配して尋ねた。

「どこも何ともないわお父様、このお方が助けてくださったの」

 おくみは庄二郎を見上げた。

「これは失礼いたしました。わたくしは江戸で蔵元くらもとをしております佐原屋吉兵衛さわらやきちべえと申します。このご恩は一生忘れません」

 吉兵衛は深々と頭を下げた。

「わたしは堺庄二郎といいます。間に合ってよかったです。さあ、奪われたものも取り返しましたよ」

 庄二郎は吉兵衛や他の旅人に金品を返した。すると横から茶屋の店主が顔を出した。

「あのう、この者はどういたしますか」

 店主が指差す先には縛られてしょんぼりと所在無げな山賊がいた。

「そうだおやじさん、どなたか代官所に知らせていただけませんか。この者は山賊の下っ端でお役人の案内役にと連れてきました。山の中に山賊の砦があり、そこに一味を縛り付けてあるとお伝えください」

 店主はたまたま居合わせた町の若者に指示し峠を下らせた。

「動いたら腹が空きました。おやじさん、昼餉に茶漬けでもお願いできますか」

「それでしたらご馳走しますよ。山賊を退治してもらったお礼です」

 そう言うと店主は店の奥に入って行った。

 おみつはすでに団子で腹を満たしたようだ。

「お父様、堺様はとてもお強いのよ。あっという間に沢山の山賊を倒したのだから」

 おくみは興奮して話した。

「それは心強いことです。堺様はこれからどちらへ向かわれますか」

 吉兵衛が訊いた。

「わたしは藩のお役目で佐久さくの田野口に参ります」

 庄二郎が答えると、

「わたくしどもも佐久です。岩村田いわむらだに参りますのでご一緒させてください」

 と吉兵衛が申し出た。


 その日は思わぬ出来事があったため、早めに切り上げて望月もちづき宿の旅籠に泊まることにした。

 吉兵衛が礼にとふるまった料理はとても豪華であった。庄二郎は堪能し満腹になると吉兵衛に尋ねた。

「蔵元というのは米問屋とどのように関わっておられるのですか」

 庄二郎は藩の実務に就いていないため流通の知識がなかった。

「各藩に納められた年貢米は藩の備蓄や家臣方の扶持米ふちまいとなりますが、残った分は江戸や大阪の蔵元が買い取ります。それを米問屋に卸すことで町の人たちに米が渡るのです」

 吉兵衛はわかりやすく説明したが庄二郎は首を傾げる。

「わたしは三河国から中山道を旅してきましたが米を大量に運ぶ姿は見ませんでした」

 吉兵衛はにこやかな笑顔を向けて、

「実際に米を運ぶのは雪解けを待って来春でございますよ」

 庄二郎はその言葉に驚き、

「それでは年越しのついえはどうすればよいのでしょう」

 と困った顔をした。

「ご心配には及びません。それをお支えするのがわたくしども蔵元です。堺様は『大名貸し』という言葉をお聞きになったことはございませぬか」

 庄二郎は真剣な視線を送りながら首を横に振った。

「藩における米の収穫量を信用して先に代金をお貸しする仕組みです」

「なるほど、それだと雪の多い山間部の藩は助かりますね」

 己のことのように無邪気に喜ぶ庄二郎の顔を見てつられて微笑んだが、そんな庄二郎の心中にある迷いのようなものを吉兵衛は感じ取っていたのであった。

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