第15話 レーシィ・スリップ~夢のまにまに…
───激戦であった。
人生のなかでも5本の指にはいるほどの戦い……。
「……う~………」
「………くるし……ぃ………」
結局、あの後もおかわりを敢行し、操はビーフシチューとケーキを多数、僕はお寿司と白金豚ステーキを追加で取得し、その後二人でアイスクリームをたらふくいただくことになった。
………結果、部屋に戻ってくる頃には、お腹の中で行き場を失った食べ物たちが、叛旗を翻そうとしていた。
「……ねぇ……みさお……漢方胃腸薬……飲む?」
僕は、持ってきていた常備薬の中に胃薬が合ったことを思い出した。
「……むり……もう、一滴も入らない」
どうやら、操も同じ状態のようだ。
何かで気をまぎらわせなければ、ずっと苦しいままのような気がして、僕はテレビをONにした。しかし、どのチャンネルを回しても、バラエティ番組しかやっておらず、興味も引かれなかったためすぐに消してしまった。
何かないかな、と思いを巡らせると、操が出しっぱなしにしていたタブレット端末が目に入った。
「……みさお~」
「なに~……?」
呼び掛けを受け、ゆっくりとトドのように身体を回転させてこちらに向き直る操。
「うっぷ………」
……かなり苦しそうだ。
「……タブレット端末、借りていい?」
そう言って尋ねると、
「うんいいよ~……あ、でもいま動けない……」
操は、持ってきてあげようと思ったらしいが、お腹が苦しくて動けないようだ。
「いい、大丈夫だから……そのままで……」
そう言いつつ、僕もお相撲さんのようにゆっくりゆっくりとタブレットのある鞄まで行き、またゆっくりと戻ってきた。
そして、再びソファーに座る……と、
「げふっ……!」
盛大にゲップが出てしまった……。
「ご、ごめん……」
思わず、操に謝る。が、
「……あ、いいな~げっぷ。……楽になったんじゃない?」
操は、そんな事を言っている。
言われてみれば確かに、先程のはちきれんばかりのお腹は、僅かな空間を得て劇的に楽になっていた。
「はー、助かった……」
僕がそう言って、一息入れると、
「……いいな~、……あたしも……歩いてみよう……かな」
操が、妊婦さんのようにお腹を支えながらゆっくりと身体を起こして、立ち上がる。そして、僕の座っているソファーにゆっくりと歩いてきた。
いつかこうなる日が来るのかな……、という思考が一瞬よぎったが、その考えは今ではないだろう、と思い直して、また操に目を向けた。
操は、ようやく僕の隣にたどり着き、ゆっくりと腰を下ろす……、と思ったら身体を支えきれずに、どすんっ! とソファーに腰を落とした。
「ふぅ~……」
そうして、背もたれに背中を預けた……その瞬間、
「…ぐぇ~……っぷ」
操も、盛大にゲップを漏らしていた。
「…ご、ごめん……ね」
両手で口を抑えて、恥ずかしそうに操も言っている。
「どう、楽になった…?」
僕も聞いてみると、
「あ、うん。すっごく楽……アイスもう一個くらいなら食べられそう」
それはやめなさい……。
さて、ふたりとも胃袋の隙間を確保したのだが、ここで胃腸薬を飲もうか、もう少し待とうか、判断に困るところではある。胃腸薬を飲んだせいでまた満腹地獄に逆戻りとなったら、昔話のような本末転倒さだ。
「漢方は、もう少し待とうか?」
操も、少し思案して、
「うん、そうだね……もう少し隙間ができたら、飲もうか」
そして、操はタブレット端末を覗き込んできた。
「何探してたの?」
と聞いてくる。
僕は、いつも見ている通販サイトを開いていた。
日課の、ぱんつサーフィンである。
「いつも見てる、ぱんつの通販サイトだよ」
「……そういえば、日課だったね」
考えてみたら、この趣味が操に知られたのは、つい昨日のことだったのだ。
あまりに多くの事があったため、もう何ヶ月も前のことのように感じていたのだ。
とりあえず、いつもの順番で……まずはボディースーツを検索する。
「いきなりそこ!?」
操が、驚いている。
「最初から、マニアックだね……」
いきなりと仰るが……、一番種類の少ないところからまず確認を終わらせていくのは常套手段と言えるのだ。
「これが、一番数が少ないからね……」
僕は、とんとんとん、と画面をタップしてトイレホール付き、ボディスーツ・ガードルを検索する。
前に言った通り、普通のボディスーツは僕には着用することが出来ない。そのため、この場合はトイレホール付き一択となるのだ。
ところが、このトイレホール付きのボディスーツというのは、圧倒的に数が少ない。主だったものだと5~6点しか候補に上ってこないのだ。その上、僕が着るにはサイズの最も大きなものしか選べない。売り切れていたら、それまでなのだ。
「……こっちは見ないの?」
操は、候補に出てきたのに確認していないボディスーツを指差す。
そこで、僕はそれをタップしてページを開いて説明する。
「ほら……これは、腰の後ろの部分しか開かないタイプなんだ。こういうのも、トイレホール付きに含まれて出てきちゃうんだよ……」
「へ~……。ていうか……つまり、全種類覚えてるわけ?」
操は感心しながら、疑問も差し挟んでくる。
僕は、頷いて肯定する。
「スーツは、特に数が少ないからね。さ~っと見て新商品がなかったら、次行っちゃうかな」
僕は、次にオープンクロッチショーツとブラジャーを検索して、同じようにつらつらと新商品が出ていないか確認する。
「……こういうの、じっくり見て楽しむわけじゃないんだね?」
操は、僕があっさりとページを流していく様子を見て、意外だったらしい。
「見ることもあるけど、これ全部見てたら夜が明けるまで見てちゃうから……」
操は、それを聞いて吹き出していた。
「あ、見たくないわけじゃないんだ、ふふふふっ♪」
もちろん、そんなわけは無い。
叶うことなら、ずっと見続けていたのだが……それをしてしまうと時間がいくらあっても足りないのだ。
僕が次に検索したのは、スリップ・キャミソール系。
「で、これは……流して見ようと思っても、結構目が留まっちゃうなぁ」
キャミソールで検索すると、普通の肌着っぽいタンクトップのような物が多く出てくるし、スリップで検索すると、光沢を帯びた、刺繍とレースがふんだんに施された、ヒラヒラしたものが多く出てくる傾向がある。その日の気分で、どちらに重きを置くか選んで検索するのだ。
ちなみに、今日の気分はスリップである。
画面には、光沢のある色とりどりの生地で、裾や縁にレースが施されている美しい下着の数々が流れていく……。画像での見応えという点では、下着の中でも一、二を争うほどだと思うのだ。
「あぁ……これもいいなぁ……」
「これ、かわいいね……、これとか」
操も夢中になって、出てきたアイテムを眺めている。このフェミニンな感じの被服というのは、いつの時代も女性の(そして男性をも)心を躍らせる効果があるのかもしれない。
「───あ……! 忘れてた……」
僕は、唐突に思い出した。
「え、なになに?」
操が驚いている。
僕は立ち上がって、浴衣を脱いだ。
「なんで僕たち、浴衣のままだったんだろう?」
「あ、そういえば……」
操も気づいたようだ。
せっかく、部屋で二人きりなのに、真面目に浴衣など着ている場合ではない。
二人で、着替え用の鞄に向かう。
そして、家から用意してきたキャミソールを取り出し、二人で見比べる。
「───なんだ、結局いろいろ持ってきてたんだ~」
操が、おかしそうに笑っている。
「うん……、着てもらえたら嬉しいな、って。………
僕は、昨夜の操を思い出し、少し夢見心地にそんな事を言ってしまう。
すると操は、少し視線を下に向けて恥ずかしそうに、
「……じゃ、じゃあ……また選んでくれる?」
そんな事を言ってきた。
「うん、今回はね……」
そう言って、僕が取り出したのは────少し意外なチョイスだと、自分でも思う。
これは結局、自分でも一度くらいしか着たことがなかったものだ。
デザインは豪華で好きなのだが、色が派手めで、やはり僕には似合わない気がして長い間、仕舞ったままになっていたものだ。
「わ……真っ赤っ赤!? 珍しいね、天音…赤なんて買うんだ?」
そう。
これは、光沢のある真っ赤な生地に、胸のカップ部分に濃淡のある同色系の糸でバラの花を象ったような大きな刺繍が施されているものだった。
「ゴージャスだね~……綺麗~……」
操も、興味を惹かれたようだ。
そして、手渡されたそれを拡げて自分の身体にあてがってみている。
「でも、あたしに似合うかなぁ……こんな派手めなの、一度も着たこと無いから……」
確かに。
ワインレッドなら操も着ていたことがあるのだが、ここまで真っ赤なものは一度も見たことがなかった。
実際、自分でも決して選ばないような色ではあったが、これは下着単体で見ても、とても美しかったので、似合わないのを承知で購入したのだ。
「うん、でも操、おっぱい大きいから……、綺麗なラインが出るんじゃないかと思って……どうかな?」
ちょっと戸惑いながらも、操は頷いた。
「じゃあ、……着てみるね?」
操は、まず着けていたブラジャーを外した。そして、スリップの肩紐を持って拡げ、前後を確認……そして、おもむろに足元に下ろしてから脚を上から差し入れる。
そして、肩紐をゆっくり持ち上げると、豊満な操の裸体が真っ赤なスリップで彩られていく………。
「わぁ………!」
肩紐を通して、自分を眺めると、それだけで驚いたような顔をしていた。
「な、なんか……、新鮮! こんなの初めて、わぁ…うわぁ……!」
そして操は、くるくると回りだした。
長めの裾が、回転に合わせて靡きながら広がり、滑らかな脚を一層美しく覗かせている。壁面の大きな窓ガラスに映った自分を見て、戸惑いながらも……それ以上に興奮と感動が抑えられない様子で──。
「なんか、自分じゃないみたい……! すごいね、これ……!」
光沢のある布地は、操の体のラインを反映して、てらてらとその光で身体の美しい凹凸を見せつけていた。
あまりの雰囲気の変貌に、僕まで驚き戸惑ってしまう。
「みさお……様……!」
「そういうんじゃないでしょ、もぅ…!」
つい、そんな言葉が出てしまって操に怒られる。
だが、少しの違和感というか……操は、綺麗で可愛いのだが、化粧っ気がないため素朴にも見える顔立ちなのだ。そのため、真っ赤な衣装とはほんの少し馴染みが良くないような気がした。
その姿を受け、僕の脳裏に一瞬で求めるイメージが出来上がった。……僕は、操に問いかける。
「ねぇ、操……ヘアゴムって、持ってる?」
「うん? あるけど?」
操は、再び鞄に向かって腰を曲げて手を差し入れる……。
……すると、お尻が突き出される姿勢になって、スリップがさらに……一層妖艶に姿を変え、妖しく誘っているような雰囲気まで帯びてきた。
────我慢だ、我慢だぞ、僕……!!
その、あまりに魅力的なお尻の曲線に、僕の野生が膨れ上がり、思わず飛びかかりたくなってしまったが、理性を総動員して必死に堪えた。
「はい」
それを取り出して、手渡してきた。
「うん、ありがと。……ちょっと後ろ向いてみて」
そして、操に後ろを向かせる。
僕はヘアゴムを手にくるっと巻きつけるように通して、それから操の髪をまとめてヘアゴムで束ねた。
首の真ん中ではなく、少し斜めのずらした位置で留めて、まとまった髪の束の先は少し遊ばせながら身体の前、胸に少しかかるような位置に持ってくる。
「どうかな……?」
僕がそう言うと、操は振り返った。
すると、操の雰囲気が一段と色を帯びて……夜の街の女性を思わせるような、少し淫靡さを帯びて感じられるようになっていた。
普段なら、ともすれば下品な雰囲気を感じさせる佇まいかも知れないが、真っ赤なスリップを着ている今は、その姿がむしろ調和となって操を彩っていた。
「うん……! 似合う……素敵だよ、みさお……」
操は、やはり少し照れていたが、恥ずかしそうに頷いてくれた。
「な……んか…、えっちっぽいね、これ……えへへ」
それでも、新たな感覚に高揚しているようでもあった。
そして……、操は改めて僕に言った。
「……じゃあ、今度は……天音の番だよ?」
「うん」
僕も、自分用のスリップを取り出す。
最初は、黒と茶の単色で地味な二枚しか入れていなかったのだが……。
取り出したのは────。
丈のかなり長い、膝を越えるほどの長さを持つスリップ。
刺繍などは縁に施してあるだけで控えめだが、色はシャンパンゴールドで光沢があり、その丈の長さも相まって、こちらも中々のゴージャスさだと思う。
「わぁ…これもすごいね。やっぱり、珍しい色だけど」
「うん。下着って……普段選ばないような色まで楽しめるのが、いいよね」
肩紐を持って広げる。
そのロングドレスのような長さを持つこのスリップは、身につけるとスカートを履いているような感覚も味わえて、とても気に入っているものだ。
「早く着てみて」
「うん」
操が急かしてくるので、僕も早速身につけることにする。
先程と同じように、足元に下ろして、脚を差し入れる。
丈が長いので、裾を踏まないように注意しながら、身体に通して肩紐を持ち上げ身体を包んでいく。胸を覆う辺りまで持ち上げて、ようやく裾が床から離れた。
そのまま、肩紐を通して装着を完了する。
「わぁ……、なんか……不思議と似合うね? 背が高いからかな、なんかしっくり来てる感じ……!」
操もそう言って喜んでいる。
初めてじゃないかな、女性下着が似合ってるって言われたの。
「うん、なんか……いいね」
「うんうん♪」
二人で……、漆黒の景色の窓ガラスにお互いを並べて映して、変貌を遂げたその姿を……しばらく僕たちは、じゃれあいながら楽しんでいた。
…………………
色っぽいスリップに身を包んで、再び、ソファーに二人で座って、通販サイトを眺める。
先程の続きで、スリップの品定めだ。
……今度は、僕たちも写真のモデルと同じ姿だ。
「──やっぱり、胸周りに刺繍がふんだんに施されてるのが、いい感じなんだけどな~」
僕が、操のスリップの胸元に手を添えながら、そう感想を述べると、操は、
「あたしは、太ももの裾の部分に幅広のレースが使ってあると、すごく「えれがんと」な気分になるかなぁ……♪」
僕の裾のレースを脚で弄りながら、別な感想を述べていた。
そこで、はたと気づく。
「両方付いてるのって、案外少ないね?」
「ほんとだ」
操の意見で、その事に気づいた。
確かに、その観点で検索したことは、今までなかったのだ。
「それ、ちょっと探してみよう」
「うん───!」
───意見者が増えると、新たな発見も増えるものだ。
下着というのは、なるべく二人で楽しんだほうがいいのかもしれない。
そう、着るときだって、一人より二人。
それで楽しければ、他に何も要らないじゃないか───。
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