第14話 操のグルメ

 全部逆だ───。

 支えてもらって……いつも、抱きしめてもらって、

 そして、恐れているのは……

 全部、僕の方だ───。



「ん~………」

 操は、敢えて微笑んだまま目を閉じて、僕にされるがままになっていてくれた。



 ────────



 食事の時間になったので、二人で一階の食堂に足を運ぶ。


 高級なホテルなので、部屋備え付けの浴衣で出ていったりしたらマナー違反かと、少し心配もしたのだが……既に来ていたお客さんの大半が浴衣姿だったため、ほっとしていた。


「結構来てるね……。座れるかな?」

「大丈夫そうだよ、テーブルいっぱいあるから……」


 隣の夫婦連れらしき男女が、そんな会話をしながら先を歩いていく。


 食堂の入り口で、手のアルコール消毒をして中に入っていく。

 すでに、何人かは食事を始めており、その目の前のテーブルには、色とりどりの料理が盛られていて、無条件で気分が高揚してきた。


「ひっさしぶり~……ばいきんぐぅ!」

 操が、楽しそうに体を揺らしている。

 バイキングとビュッフェの違いが、僕はいまいちよくわからないが、いわゆる自分で好きなものを選んで、取り分けていただくスタイルの食事だ。


「えーっと、トレイは……」

 きょろきょろと目線を振って、を探す。

 すると、給仕係の人が一人ひとりに、トレイとお皿を乗せて手渡しているのが見える。


 ……むぅ、給仕係付きか。


 僕は小心者なので、給仕の人がついている場合は、思う存分豪快に取り分けることができないのだ。これでは、ビュッフェの楽しみが半減してしまいそうだ。

 ……と、思っていたが、前を征く人たちはそんなのお構いなしで、思う存分豪快に盛り付けている。

 なんだ、高級ホテルとはいえ、お客の感じは他と変わらないな。

 と、なんだか不思議な安心感を得て、僕も思いっきり盛り付けることにした。


 さてと、

「まずは、主菜かな……」


 と、手を伸ばそうとしたところで、隣りにいた操が僕の腕を引いて興奮気味に話してきた。


「み、見てみて! お刺し身が取り放題だよ!? こんなことあるの? ど、どど、どうしよう?」


 操が、あまりの光景に狼狽え始めた。

 確かに、眼の前の深鉢には、マグロ・エビ・イカ・ホタテ・ぶり……

「あ、う、ウニ御飯もある……!」

 お櫃に入っている御飯は、白米の他にウニご飯まで用意されていたのだ。


「……あ! ね、ねぇ!? あっちでお寿司まで握ってくれてるよ!?」

 操が、震える声で僕にそう訴えてきた。


 確かに、カウンターの向こう側では、職人さんらしき人がその場でせっせと握り寿司を作っては、カウンターの上のお皿に並べている。列に並んでいるほとんどの人が、握りたてを都度自分のお皿に盛り付けては進んでいる。


 刺し身の他に、寿司まで……!

 どういうことだ、これは……!?


 ……ん!?

 2、3人前の人が、丼に盛った白いご飯に、お玉で掬ったイクラをどばーっと、ぶっかけていた。


「い、イクラ丼……! しかもセルフ!?」

「あ、あぁ…! お刺し身まで添えてる……海鮮丼だよあれ!」


 丼に盛った白米の御飯に、先程の刺し身の取り放題を組み合わせて、イクラまで盛り付け、オリジナル海鮮丼をこしらえている人もちらほら見えていた。ちゃんと、大葉とわさびを添えているところにセンスを感じる盛り付け方だった。


 こ、これは……一体どうすればいいんだ…!?


 あまりの味覚の暴力と、情報の奔流に、僕ら二人は半ばパニックを起こしてしまった。

 

 メインを海鮮丼にして、食べ終わったところでお寿司を貰いに行くか……。

 いや、ウニ丼というのも捨て置く訳にはいかないかもしれない。

 だが、今取らなかったらお寿司は無くなってしまうかもしれないし!


「あぁ……! ビーフシチュー美味しそう……」

 操が新たに見つけた刺客に、泣きそうな声を出している。


 ──いつも思うのだが、

 なんで、ビュッフェというやつは、カレーやシチューを出してくるのだろうか?

 それ食ったら、一品で腹一杯になっちゃうじゃないか!


「こっちには、白金豚ステーキまである……」

 これは、一切れから頂けるので、まだ有情かもしれない。


 そんなパンチの効いたメニューばかりかと思いきや、さり気なく、

 すき昆布の煮物、厚焼き玉子、サバ味醂、寄せ豆腐、お新香……などなど


 そんなホッとする一品もちゃんと押さえているあたり、全方位隙のない献立である。


「とりあえず……、海鮮丼メインで行ってみようかな。操は……?」


「う~ん、あたしは……。お寿司メインで、ウニご飯をちょっとだけ添える感じかな。お刺し身は単品で……。あ~でもでも…イクラ丼も食べたいよぅ……!」


 操の要望を受けて、僕は小さいお茶碗を探す……、テーブルの隅に…あった。

 人の波を縫って、僕はそのお茶碗を2つ手に取る。そして、一つには白米御飯を、もう一つにはウニご飯を控えめに盛り付けた。

 

 それを、操のトレーに乗せてあげる。

「その御飯に、イクラを乗せてミニイクラ丼を作るといいよ」

「うん! ありがと!」

 ようやく方針が固まり、二人で料理の並んだテーブルの列に突入していく……。



 ………………


 デザートまで、いっぱいあるなんて……。

 列の最後で、また惑わされた。

「全種類食べたい……」

 ストロベリー、チョコレート、ミルクレープ……、

 小さな色とりどりのケーキが、宝石のように並んでいる。

 そのとなりには、果物の盛り合わせがあり、更に奥にはアイスクリームまで用意されているのだ。


「アイスは、食後に取りに来ようかな。とりあえず、パインといちごを……」

 自分の取皿に、控えめにフルーツを取り、そして、ケーキを3種類、一個ずつ乗せる。

 今、急いで取らなくても良さそうなものだが、ここで取らずに売り切れてしまったりしたら、僕は一生後悔するような気がしたのだ。


「と、取りあえず……、一旦食べようか?」

「う、うん! そうだね……残したら申し訳ないし」


 二人で端の方の小さなテーブルを見つけて、向かい合って座る。

 二人の取ったメニューは、トレイには乗りきらず、2~3枚はみ出た皿まであった。


「あ、飲み物持ってこないと……操は何に───」

「ワインがある……! あまねっ、あれがいい!」

 ねだっているのはお酒だが、若干幼児退行してしまっているような興奮具合だ。


 僕は、操に頷いて……料理テーブルに再び向かい、ワイングラスを手に取り赤と白を一杯ずつ、注いだ。


 さて……、いざ!

 席につき、操と頷き合って、僕は赤、操は白のワイングラスを構える。


「かんぱい」

「かんぱ~い♪」


 ちんっ♪


 く~っ……

「はぁ」

「ふぅ」


 ワインで口を潤して、そして、二人の手には箸が握られた。

 また、二人で微笑み、頷き合う。

 僕らの、食卓たたかいは始まったばかりだ───。

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