第9.5話 ベージュの詰問

 だが、下着を選んでいると、ラインナップの中には必ずといっていいほどベージュ色が含まれている。そういうことからも、需要は多いであろう事は想像ができた。


 だが、それでもしばらくの間は僕自身でそれを選ぶことは無かった。


 ──ある下着を手にするまでは。


「……さすがに、ベージュのぱんつ穿いてる天音は、イメージ湧かないなぁ……。」


 やっぱりそうだろう。

 僕もそう思っていたのだから。


「でもね、ブラだったら……どう?」


 みさおは僕に問われて、少し考えている。

「……ありかな、ブラだったら。」

 考えの末、操はそう答えた。


 ベージュのブラというのは比較的ポピュラーだ。

 特に、スポブラ界隈ではおなじみの色とも言える。

 ど真ん中のベージュではなくても、ベージュっぽい淡い色合いで暖色系のものは数多くあるだろう。


「ベージュのブラは、持ってるんだ?」

 操が重ねて僕に聞いてきた。


「う、うん。ある…よ……」

 問われて、妙に歯切れの悪い答えになってしまった。

「む……?」

 そして、その含みのある反応に操はすかさず食いついてくる。


 頭に思い浮かべていた下着の存在が、僕の反応を鈍らせていた。


「……まだ、あたしが知らないものが、あるのね?」

 操がそう言って、僕に意味ありげな視線を向ける。


 その通りだ、でも……。

 これは流石に、操にも知られたくないというか……。

 でも、歯切れの悪い受け答えをしてしまった僕の、潜在意識は……本当は知ってほしい、と願っているのだろうか……?


 いやいや! これは本来、ひとに見せるものではないはずだ。

 これを見せたい人がいるなら、正真正銘の特殊性癖だろう。

 これは……、身に付けている人のためだけのもの……のはずだ。

 操にだって、これは……見せられないよ。


 変な葛藤を抱えながら、車は北上JCTをくぐって東北道を北へ向けて進路を取る。


「………」

「………」


 車内が、静寂に包まれている。

 沈黙に耐えかねて、僕は一瞬操の顔を伺う。


 操は、僕の顔を凝視していた。

 その顔は、疑いと共に強い興味と僅かな加虐嗜好を感じさせた。

 なにか、……嫌な予感がする。


 そして、いきなり操が声を上げた。


「アキネーター・チャレンジ~!」


「え??」

 僕は、当然戸惑う。


 しかし操は、有無を言わさず、

「ほら!『いぇ~い』って言いながら拍手して!」

 僕は、そのペースに乗せられてしまう。


「い、いぇ~い!」

 僕はハンドルを握っているので、拍手の代わりにハンドルを持つ左手の甲を叩いて、ぺちぺちと音を出す。


「いくよ?」

「え……あの…?」


 しかし、戸惑う僕を無視して、操はこの強引なチャレンジ?を始めてしまう。


「女性下着ですか?」

 彼女が問いかける。

「◯…はい」


 これは当然そうだろう。


「上半身に身につけるものですか?」

「△…部分的にそう、またはそうとも言える」


 操は、三角という答えを聞いてわざとらしく顎に手を当てて、悩んだ表情を浮かべる。

「△……、なるほどね」


 操はニヤリとする。

 僕は思わず、操を制止しようとした。

「……ね、ねえ? アキネーターチャレンジって、さ?」


「下半身に身につけるものですか?」

 しかし操は、僕の遠慮がちな問いは無視して、強引に設問を捩じ込んでくる。


「△…部分的にそう、またはそうとも言える」

 ……反射的に答えてしまってから、これはまずいと焦る。


 ますます、にまにまとしながら操は嬉しそうに設問を続ける。

「ベージュ色ですか?」

「◯…いや、△…かな。そういうものもある」

 乗せられっぱなしの僕は、逆らえずに設問に答えてしまう。

 たまらず、僕は一時中断をさせようとする。


「み、みさお…! アキネーターって、誘導尋問する時に使うものじゃない……」


「布面積が広いですか!?」

 設問に力が入ってくる。

 にかかっているようだ。


「◯…はい!……じゃなくて!ねぇ、止めないこれ!?」

 だめだ……

 このままでは、自白させられてしまう……!!


 頭が混乱してくる…!

 ちらりと目に入った、花巻PAの案内標識の文字に救いを求めて、僕はウィンカーを左に上げる。


 車を停止させて、落ち着かねば……操に攻め込まれてしまう。

 僕は、必死の思いで車をパーキングエリアに向けて走らせた。


 しかし、操は容赦してくれない。

「締め付けが強いですか!!??」

「◯…かなり強いです!!」


 精神的にも締め付けが強いです……!!!


 車はパーキングエリア内に滑り込む。

 縋るような気持ちで、車を枠線の中に止めて、乱暴にパーキングブレーキペダルを踏む。

「はぁはぁ……!」

 シフトレバーをPに入れて、エンジンを切る。


「みさ…おっ! 僕、トイレ!!」

「さっき行ったばかりでしょ?!」


 操は、逃げ出そうとしてシートベルトを外そうとする僕の手を妨害する。


「も、もう!だめだって!」

「うふふふふ、観念しなさい!」


 操は目をらんらんと輝かせて、最後の設問をする。

「鉤ホックが付いてますか!!??」

「◯…めっちゃいっぱい付いてますっ!!!」


 がしっ!

 操は両手で僕の両腕を押さえつけた。


「答え言っていいですかっ!!!???」

「だめぇ~~!!!!」

 僕は悲鳴を上げてしまう。




「──────!」





 ………残念ながら、正解。





 ──────────




「しくしく……」


 僕は、両手で顔を覆って、さめざめと泣いている。

 ……もちろん、ポーズのみで本気で泣いているわけではない。


「わざとらしいです……。ていうか、別に恥ずかしいことじゃないじゃない?」

 彼女は平然とそんな事を言う。


 僕の前には、ゼロ・コーラが置かれている。

 操が、自白した御褒美に買ってくれたのだ。


 ……僕の哀しみの価値はコーラ1本分のようだ。


「ひどいよ……」

「そんなに恥ずかしいの?」


 僕のちょっとした抗議を、彼女は疑問で返す。


「まぁ……、いずれ見つかっちゃうとは思ってたけど……」

 まさか、こんなに早く知られてしまうとは、想定外だったんです。


 僕は、コーラの蓋を捻る。

 ぷしゅっ!

 という、心地よい音を立てて蓋が開く。


「隠されてたら、あたしが寄り添えないじゃない……」

 操は、逆に少し不満そうにそんな事を言う。


 言いたいことは分かるけど……

「でも、あれはやっぱり人に見せるものじゃないと思うんだ」

「……まぁ、そうかも知れないけど」


 むぅ……。

 ちょっと、腹が立つ。


「僕の秘密を暴いたんだから、操の見られたくないものも、一つ権利ちょうだい」

 僕は、ダメ元でそんなことを操に提案する。


「いいよぉ。そんなことでいいなら♪」


 え?

 意外にも、操はすんなり承諾した。

 そうなると、話は別だ。


 ……むふふ~、何にしようかなぁ……。


「顔がちょっと、やらしい」

 おっと、いかんいかん。

 僕は、自分の頬をぺちぺちと叩く。


「さて……と、ここからはあたし運転しようか?」

 操が提案してくる。


「うん、じゃあ……お願いしようかな」

 僕は、そう言って鍵を手渡す。

 そして、ベンチから立ち上がる。


 ここ花巻PAは、交通量の多いところにあるが施設としては非常にシンプルだ。

 トイレと自動販売機だけという、最小限のものしか置かれていない。

 だが、駐車場は広く綺麗に整備されており、休憩用のベンチも数多く設置されている。ベンチのあるエリアは広くはないが、樹木がふんだんに植えられており、夏場だったら良い憩いの場になっていることだろう。


 今はもう秋が深まろうとしているため、緑は鮮やかな色ではなくなっているが、それでも疲れたドライバーには良い休憩場所なのだろう。大型車両もたくさん止まっている。


「花巻JCTで曲がって、遠野・釜石方面だよね?」 

 操が道順を確認してくる。

「うん、そうだね。で、花巻空港IC越えると、すぐに本線料金所あるからね」

 僕はそう答えた。


 鍵を開けて、再び車に乗り込む。

 今度は、操が運転席、僕が助手席だ──。

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