【四】中間世界の裁きの庭

 女神【アメリア】の白猫の神使[メリエ]がみるみる大きな黒猫になった。

すると二足歩行の[黒い化け猫]に変身して説明を引き継いだ。


「あなた方はご自分の立場が分かっていないようだ」


「猫が喋った!」

総理の放蕩息子。


「あなたたちは死んだのです。

ーー現世における罪に準じてあなたたちの前に様々な色の光の渦が出現します」


「誰も光の渦の審判から逃れることは出来ません。

ーーここは無意識の世界です。

ーー大小の光があなたたちを誘導します。

ーー拒否権はあなたたちにはありません」


 総理親子は巨大な猫に踏まれると思ったのか、言葉を失って呆然と巨大な猫を見上げている。

 

 総理と秘書官の前に突如赤黒い巨大な光の渦が現れた。


 女神アメリアが呟いた。

「あら、あれは、何の光ですか」


鬼顔の地獄門の主人あるじが説明した。


「滅多に出現しないどす黒く赤い大きな光の渦は、

ーー申し上げにくいのですが、

ーー魂浄化のための粛正の渦の光です。

ーー魂の消滅とも削除とも呼ばれている闇の光です」


「まあーー闇の粛正の光ですか。

ーー残酷なこと・・・・・・」


「霊界における最大の裁きーー魂の処刑は、

ーー記録によれば百五十年前以来の出来事です」

門番の主人が説明を加えた。



 総理親子と一部の議員たちは地獄門の主人あるじの説明に震えていた。

恐怖に震えて凍り付く総理親子の逃げ場を地獄門の主人あるじの家来の鬼が塞いだ。


 総理親子はすぐに地獄門の主人に取り押さえられた。

粛正の渦の中に順に放り込まれ永遠に続く魂の処刑が実行されるのだった。



 光の渦は、赤黒い無数の光の刃に変化して激しく回転しながら魂を粉々に引き裂いた。

魂の断末魔の叫びが幾度もこだます。

引き裂かれた魂は再び黒い光の魂に戻っている。


 黒い光になった魂を倍の無数の赤黒い光の刃が再び激しく回転しながら引き裂く。

人間としての無意識や前世の記憶のすべては粉々に砕かれた。

粉塵と変化した魂は再び黒い魂に戻った。


 悪夢のような魂の処刑は再生する度に無限に繰り返された。

魂の残骸に対する消去と再生の繰り返しに魂の痛みが消えることはない。

永遠に続く【霊界最大の極刑】に一ミリ足りと猶予は無いのだ。


 解除する方法は神ですら知らない。

終わりの無いお仕置きが永遠に続く。


 何故なら己自身の魂の自浄作用だけで光の渦の刃が動いていたからだ。黒い魂が浄化されず透明になることは永遠になかった。


 魂の死刑完了が事務的に女神に報告されたが形式に過ぎない。

処刑に終わりはなかったからだ。


 次の者の魂の前にも地獄の黒い光の渦の大小がいくつも出現した。


「いやだ、助けてくれ」


 国会議員たちの魂が叫んでいた。

中間世界は裁きの庭となった。



 地獄門の主人あるじが諭した。

「黒い光は、地獄門だから、粛正の光じゃないから心配するな」


「でも地獄だよ」

「さっさとしなさい」

地獄門の主人あるじが怒鳴った。


 残りの議員たちの魂も、魂の記録に従う。

次々に黒い光の渦に飲み込まれて行った。

抵抗する者は渦の中に投げ入れられた。


 光の大きさは罪の大きさに比例して行き先が分かれていた。

生前の審判は無言の中で下された。

それぞれの魂に相応しい地獄への道に大勢が進んだ。


 裁きは魂自身による自浄作用の結果に過ぎない。

とはいえ、神の裁きは猶予なく冷酷に実施された。


 

 残された魂たちは、それぞれが心の中で祈りを捧げていた。

「神さま、どうかお助けてください」


 弱者イジメに加担していない罪の無い者の前には、白い光の渦が次々にいくつも現れた。

人間界への転生の扉に通じる救済の光だった。



 人間界の転生のとびら主人あるじが魂たちに注意を話す。


「あなた方の行いは魂が自動記録しています」

「転生しても心眼を磨いて頑張ってください」

「・・・・・・転生おめでとう」


 転生の手続きは、何よりも優先されて実施され完了した。

時間のない世界での出来事は一瞬で終え静寂が支配する。

時間のない異次元空間は地球時間とは異なっていた。



 地獄門の主人(あるじ)が女神【アメリア】様に報告している。


「今回は、殆どが地獄門の渦の中に吸い込まれました」

「次の裁きは冥界の主人がされる予定です」



 女神の付き人の神使[メリエ]も可愛い小さな白猫に戻り、女神【アメリア】様に報告した。


「今回も女神アメリア様立ち合いの元、公正な手続きが出来たと思います」

「転生への扉に進む魂はごく僅かで残念でした」


女神【アメリア】が答えた。

「天界に相応しい魂を探しに来ました。

ーー今回はおりませんで残念です」


「地球の神【アセリア】の決断に感謝して、あとは冥界の主人の裁きに委ねましょう」



天界の門の主人(あるじ)も呟いた。

「今回は天界に通じる金色の光の輪は見えませんでした。残念な結果です」



 女神【アメリア】は白猫の神使[メリエ]に話し掛けた。


「人間の魂、動物の魂、大きな違いはありません。

ーー人間の奢りは厄介ですから懲らしめる事も肝に銘じて対処しましょう」


「アメリア様、いつもありがとうございます」

白猫の神使[メリエ]は言うと、女神【アメリア】の膝の上に跳び乗った。



 同じ頃、現世では報道が錯綜していた。

 事件からしばらくして、アナウンサーの声が流れインターネットニュースでライブ配信が再開された。


「みなさん、ご覧になれますか・・・・・・」

「ドロンによる空撮ですが・・・・・・」


「永畑町の国会メモリアルセンタービルが跡形もなく消失しています。悪夢を見ている様です」

「国会議事堂があった場所に巨大な陥没が発生しています」


「国会議員とスタッフ、ビルの関係者の安否は不明ですが、おそらく絶望視されています」

「最新情報によれば・・・・・・深さ約千五百メートル、幅約千メートル・・・・・・」


 地下鉄丸山線は、偶然、その時間帯に通過電車がなく、被害報告はありません。



 郊外にある神聖女学園の生徒会室では徳田康代会長とメンバーがインターネットニュースを見ていた。


女子高生の一人が呟いた。

「東都、これからどうなるのかしら」


別の一人も呟く。

「これ、皇国のこれからに影響しそうね」


康代は、心の中で陛下の勅令を待とうと決心していた。


 新しいニュースが、入りましたとニュースキャスターが告げた。

「西之島東新島で海底火山の大爆発が発生しています。

ーー総理親子が搭乗した政府専用機が直撃を受け墜落した模様です。

ーー衛星カメラからの情報では、機体は粉々で絶望と思われます」


 中間世界で実施された神々の裁きを人間たちは知らなかった。



 黒猫の神使セリエが徳田康代の生徒会長室に現れた。

『セリエ様、こんにちは』


「人間界のドブ掃除が終わったのじゃあ。

ーーまもなく皇国は無政府になる」

『それじゃ、いよいよ、始まるのですね』


「そうじゃ、家康であった其方が世直しをするのじゃよ」

『セリエ様、心得ています』


セリエは消えて光になった。


 東都の陥没事件は、その後も続いた。

首相官邸、霞ヶ関周辺、東都都庁などで発生して被害が拡大して行った。


 霞ヶ関跡地は再開発中で大半は国会メモリアルセンターに移転したあとだった。

犠牲者が増えた原因となった。

交通網、通信は遮断され町は陸の孤島となって七日が経過した。


 事件から二週間後、捜索は断念され、犠牲者と行方不明は推定一万五千名と発表された。

国会メモリアルセンターと東都都庁の犠牲者が大半を占めていた。

武道館での形式だけの合同葬儀も天変地異を警戒して中止された。


 国民からの罵声が拡大して皇国の政府機能は麻痺して無政府状態になる。

陛下が臨時政府マニュアルを手に取り臨時政府宣言に署名した。


「田沼先生、先日の地震発生時の空撮映像と直前までの中継ビデオの分析結果が出ました」

若宮咲苗助手が田沼博士に伝えていた。


 若宮は手元のホログラム携帯の資料を田沼に見せながら読み上げた。

「地震は小笠原西之島東新島の海底火山の大爆発噴火とほぼ同じ時刻に発生しました」

「地震発生時刻は、一四時四四分、震源は国会メモリアルセンターの真下深さ約千五百メートル」


「推定地震規模はマグニチュード五、最大震度は五強」

「地震発生前に水蒸気のような靄が確認されています」


「震度五の地震の被害とは思えない。

ーー陥没との因果関係も調査が必要かも知れない。

ーー地震規模の割に被害規模がデカ過ぎる矛盾を考慮すると、

ーー深さと陥没事故を重ね合わせるとマグマの可能性があるかもしれない。

ーーだとすれば、危ないのは、これからか・・・・・・」

田沼は言葉を濁した。



 某インターネットニュース配信局では、天体地震学の専門家の田沼博士がインタビューを受けていた。


「先生、永畑町の大陥没事故は、富士山大噴火の前触れですか」

「そんなことは、あり得ません。ただ・・・・・・」


「箱根山火山は大丈夫ですか」

「調査してみないとお答えできません」


 田沼は、再び言葉を濁した。

「推測が正しければ、大江戸二十三区全域と、

ーー特に永畑町の周辺区からの緊急避難を要請したい」


 ライブ配信は爆弾発言で中断されたが、ニュースの一部がSNSで拡散され炎上した。



 神聖女学園の校内食堂では、能力者である女子高生が騒いでいた。


「神さまの天罰が降ったのよ」

「東都がアトランティスになるかもしれないよ」

「皇国大丈夫かな」


 不安が憶測を呼んでいる。



 永畑町大陥没事件からしばらくして町は平静を取り戻した。

東都の大江戸二十三区の別の区で、同規模の大陥没事件が発生した。

連続で起きた陥没事件は都市の交通網を遮断した。

幸い、鉄道や高速道路への大きな被害は報告されていない。


 自然災害かテロかと噂された。

そんな噂が無意味な事を田沼博士の爆弾発言が覆す。



「大陥没と異臭騒ぎと水蒸気爆発のような熱風と靄を録画から分析した結果。

ーー永畑火山の前兆です」


 後に【大江戸火山】と改名される永畑火山だった。



「先生、火山と言っても、あそこは山じゃありませんよ」

「火山噴火が山の山頂や山腹からとは、限らないの知らないの」


「先生、大室ダシ海底火山は大江戸湾の南にありますが、今回の事件と関係ありますか」

「小笠原西之島東新島の海底火山噴火がほぼ同じ時刻に起きている」



「だから、その延長線上が無関係とは言いがたい。

ーー我が国は国土が狭いので、人間感覚で自然の動きを見誤ることがある。

ーー地球の神さまから見れば、同じ場所の出来事なんです。

ーー先はわからないですが、今ある巨大な平野は、大昔の火山活動の結果なんです」


田沼博士は持論を展開して続けた。



「みなさんは、偶然、平野と山があると思っていますか。

ーー大昔の天変地異の結果が大江戸平野だと、お考えになってみては」



 田沼は、言葉を切りながら続けた。


「数千年ぶりに列島の真下で眠るマグマが目覚めた可能性があるかもしれない。

ーー人類の自然破壊に対する地球の怒りかも知れない。

ーー大江戸湾は、大昔の大江戸火山の火口ですが。

ーー前政府の意向で今日まで秘密にされていました」


「臨時政府が箝口令を解除しましたので言及していますが。

ーー問題なのは、大江戸湾ではありません。

ーー最初の大陥没地点こそが、永畑火山の新火口と思われます。

ーー最悪の場合、永畑町の新火口と大江戸湾の旧火口がーー」


「同時噴火することも視野に入れた危機管理が必要になるかもしれません。

ーーその場合、東都の山崎線内全体がカルデラ化する可能性があります。

ーー大江戸湾の海水が噴き上げられた場合、

ーー想定外の大津波が東都と首都圏を襲うこともあるかもしれません」


「被害規模が大江戸平野全体になった場合、生存率は下がります」

「先生、大江戸平野全体ですと人口は約九百万人ですが」


「これ以上は、調べてみないとわかりません」


 田沼博士の発言を受けて、毎日ゲンダイ、日刊フジが、大見出しでネットニュースが速報を発信した。


【大江戸火山噴火、東都首都圏推定被害、死者三百万人規模】


 大江戸二十三区の地価、株価、為替が、一夜で大暴落になった。百六十年前の経済危機以来の悪夢と揶揄された。



 地震学の主流はマグマ天体理論に変わった。

田沼博士を筆頭に若手地震学者が集結した。

助成金に群がる地震利権は摘発されメディアとの癒着が判明した。

多くの者が新政府発足後に捕まって職を失った。


 南海地震や東海地震は百五十年以上起きていない。

しかし、別の大地震が繰り返されていたのだ。


 皇国に全国の勇者が立ち上がり徳田幕府復活の導線が引かれる。

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