第4話 突然の別れ その1    

10月23日月曜日はとてもよく晴れた、

気持ちの良い朝だった。

一年のうち春と秋のほんのわずかな日、

私のはく息、と世界の空気が同じ暖かさになる時がある。


普段なら、月曜日殲滅を叫ぶくらい、月曜日を憎んでいる私だけど。

朝、目が覚めたとき今日がその日だと確信した。


窓を開けて、向こうに見える広い平野に太陽が降り注いでいる。

深呼吸して、月曜日への恨みが1ミリだけ消失していた事を知った。


そんな奇跡の月曜日に、突然の別れはやってきた。


「令美ちゃん、朝ごはんできたわよ」


ママが一階のキッチンから、私に声をかけた。私の部屋は2階にある。


私はすでに起きていて、押し入れの奥に隠した”レーシング速報”を苦労して取り出し、パソコン用のハードケースに、厳重に保管して学生鞄に放り込んでいる最中だ。


「完璧」


パジャマを脱いで、学生服に着替えてから、ママに返事をした。


「はい、今着替えたよ、今から行くね」


ママには内緒だが、学校の都合で、今日の授業はお昼までで、

給食を食べたら、もう学校は終わりなのだ。


それから、宝梅サーキットへ向かうんだ。

カートシリーズのスケジュールが、”レーシング速報”の端に書いてあった。


それによれば、今日の午後、宝梅サーキットでカートのレースがあるしい。

そこに行けば、ツキカゲセリナに出会えるはずだ。


ツキカゲセリナに、”レーシング速報”を渡してこないだのお礼を言うのだ。


「令美ちゃん、こないだ渡した参考書代、お釣りは?」


リビングに行くと、ママがいきなりそう言った。


「え?」


私は固まった。


清廉潔白、真面目を絵に描いたようなママに、参考書ではなく、

自動車レースの雑紙を買ったなんて言ったら、

怒りを通り越して、気絶するだろう。


ママは、ロックとレースする人間は、不良だと決めつけている。


「ああ、ママごめん、お釣りいま、私服のポケットだよ、帰ってからでいい?」


はっきり言ってお釣りなんてない。ガリガリくん買ったし。


「参考書は、何買ったの?英語?世界史?」


私はママと視線を合わさないように、右上を見ながら言い訳を探した。

ここで返事を間違ったら、ママはパニックになって、

私が暴走族の不良になったと、大騒ぎするだろう。


「え・・と。世界史」


頑張れ令美、明鏡止水だ、漫画「鉄アンド珍味」でも言っていただろう。

心を、風のない泉の水面のように平らに保つのだ。


私はこころの泉に満たされた、水面のさざなみが、止むのを待った。


「世界史だよ、ほら、今大河ドラマやってるし」


「大河ドラマ??」


ママの表情が曇った。

間違えた、大河ドラマは日本史だ!


世界史ならば、”イングウェーマルヌスティーンの失われたアーク”か、

”パイナップル・カクテル・オブ・カリビアン”の方がましだった。


「そうか、大河ドラマは勉強になるわね、で、お釣りは?」


お釣り・・・。


ママは、私の学校カバンをひったくり、留め金に手をかけた。

だめ、その中には”レーシング速報”が入っている。


体の細胞の中に流れる何かが、今まで私を閉じ込めていた、理性よりも強い何かが、私の心のどこかから黒い雲のように湧いてきて、血管を逆流していく。


「マ、ママ・・それは・・私のものだよ・・」


ママは表情ひとつ変えない


「カバンくらいいいじゃ・・・・」


「やめて!!!!!!!!!!!」


ばん!!!!!!!!!!!!!


私は、テーブルを両手でで思い切り叩いた。

涙が、心の底から湧いてきた。泉は決壊した。


そのまま、靴も履かずに、私は玄関から外に飛びした。

続く










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