第3話 龍の紋章⭐️舐めんなよ⭐️

6歳の頃から、私には休日がなかった。

学校以外に、


月曜日は、そろばん塾、

火曜日は水泳クラブ、

水曜日は、習字、

木曜日はもう一度そろばん塾、

金曜日は将棋クラブ、

土曜日は英語、

日曜日はピアノというわけ。


結局それらは全てものにならず、中学に上がるとき全部辞めて、いや辞めさせられて、全部、進学塾に置き換わった。


父と母は、いつも自分で決めていいのよ、というが、反抗なんてできるわけがない。

そもそも反抗というプログラムは私の脳には書き込まれていない。

私は笑顔で、親の意向を受け入れた。


我が家では沈黙は、罪悪のような扱いで、

常に微笑んでいないといけない、ピリピリした緊張感で埋め尽くされている。


私にとって唯一の息抜きは、参考書を買う名目で本屋に行き、さりげなく漫画や小説を立ち読みすることだった。


その日も私は、本屋を訪れていた。

レジコーナーで座っているおばちゃんは、

母とツーツーだから、妙な動きをすると、すぐ母の耳に入る


「英単語・・・英単語の本はどこかな?」


私は英単語の参考書を探すふりをしながら、じわじわ漫画コーナーにカニ歩きした。

ここは、おばちゃんからは死角になる。ミラーを設置してあるが、老眼鏡を装備して

帳簿をつけているおばちゃんに、ミラーから私が何を読んでいるかは見えないだろう。


「よし、GOだ」


私は、アディダスの白いスニーカーを履いた右足を、素速く前に出して、急加速。

見通しの良くない漫画コーナーの角を直角にターンした。


「どん!」


すると、目の前に誰かがいて、

私は接触してクラッシュして尻餅をついてしまった。


「ぐらぐらぐら」


その途端、漫画コーナー本棚が揺れ始めて、上の方の本が、

雪崩のように私の頭の上に、落ちてきた。


「うわ!!死んじゃう!」


”ツーピース”、”ド金魂”、”ときめきオールナイト”、”ガラスの洗面台”、

ありとあらゆる名作漫画が、私めがけて空から降ってくる。

どの漫画もタイトルは知っているが、忙しくて読んだことがない。


空からこぼれ落ちる、漫画の雨を眺めながら、私の思考は6歳の頃に遡っていた。

17年生きてきて、何も楽しいことはなかった。本もレジャーも親のため。

親のために生きてきた。つまんない人生だったよ。


「ザザザザザザザザ」


私は、耳を塞いだ、まるで名画”ムンクの叫び”みたいに。

その時、目の前にいた”誰か”が、私をガードして上に覆い被さってきた。


”帝都のゲン”、

”ジョンの奇妙な棒切れ”、

”ドラゴンプレイボール”・・・


私の目の前を、本が雨のように降り注ぐ。

私はこの名作たちを読まないまま死んでいくんだな。


やがて、本の雪崩は、静かになった。

耳から手を離して上を見上げると声がした。


「大丈夫かい?」


しばらくし”誰か”が私に語りかけた。

まるで鈴の音みたいな清らかで涼しいて声で。


見上げた私の真上には、蛍光灯の光で逆光になった、

髪の長い女性がいた。


「大丈夫かい?」


「はい」


そのヒトは私に、微笑みながら右手を差し出してくれた。

左手には、”レーシング速報”。


私がレーシング速報を見ると、そのヒト

、左手を隠して、”レーシング速報”を本棚にもどした。


レーシング速報を持つ、左手の甲には小さな龍の刺青が見えた。


膝まである長い白いジャケットの胸には、”特攻”の文字、

長い髪は、銀髪、

右目は殴られたと思しき青あざ、

やばい、このヒト普通じゃない。

心臓がどくどく鳴った。


「ヤクザだ!!」


私は、思わず声に出してしまった。

そのヒトは少し悲しそうな目をして、


「無事でよかった・・」


そのそのヒトそう言って、私に背中を向けて、店のそとに出て行った。

その背中には、”舐めんなよ”の文字。


しばらくして、ずいぶん車高を落とした、二人のりの小型スポーツカーが乾いたエンジン音をさせて本屋の前を横切った。

確かS660とかいうホンダのツーシーター、スポーツカーだ。



”S660《えすろくろくまる》は、本田技研工業が開発した、二人乗りオープンツーシーターの軽自動車で、S07A型、ターボエンジン搭載、エンジンを中央にレイアウトした、ミッドシップで、後輪が駆動するリアドライブ(MR)方式を採用している。


トランスミッションは、ワイドレンジ&クロスレシオに設定した、軽自動初の7速マニュアル方式で、レーシングカーのようにクイックで滑らかな走行性能が特徴だ。

加えて、路面からの視界が非常に低く、まるで地面を這うかのような、スピード感を味わえる”、

と、体育の山田先生がそう言って自慢していた。


そんなこと言うつもりなかった、助けてくれたのに、私はありがとうが言いたかったんだ。でも、刺青に、びっくりしたんだ。

ひどい、私は最低だよ。


そのヒトが買おうとして、本棚に戻した、「レーシング速報」を手にとった私は、レジに向かい、おばちゃんに「レーシング速報」を手渡した。


「セリナちゃん、昔はいい子だったんだよ、いつも笑顔でね。暴走族の頭はるような子じゃなかったんだ。漫画が好きでね、毎週少年じゃんぴおん、買いにきてた」


「セリナさん・・・・」


「ほら、ここ見て」


おばちゃんは、指に唾をつけてレーシング速報をパラパラ、めくった。


”おばちゃん・・・!”


「これを気に、セリナちゃんが、暴走族から足をあらってくれたらいいんだけど」


そこに例の記事が載っていたんだ。


”集まれ⭐️カート仲間、爽やかルーキー、ツキカゲセリナ、

雨の宝梅サーキット”


”スタート直前、さっきまで晴れていた宝梅サーキットの風向きが突然変わった。

26周で争われるレースは、直前に小雨が降り始めウエットコンディションになった。濡れた路面のまま各車スリックタイヤで綺麗にスタート。


4位のポジションにいたツキカゲは、

スタートで出遅れ5位に後退したが、

第2コーナで外から仕掛け、2台を同時に抜き去り、まず3番手に浮上。


次のコーナーで3位の選手の内側をつき早くも2番手。


仕上げは、ヘアピンコーナーで1位の選手をかわして、

オープニングラップのわずか数十秒で、トップに立つと、そのまま26周を走りきりトップでチェッカーを受けた”


「おばちゃん、お願いがあるの?レーシング速報買ったこと、お母さんに言わないで」


「なんで?」


「なんでも。私は助けてくれたお礼に、レーシング速報を、セリナさんに渡したいだけだから」


「わかったよ」


私は大人を信用していない。しかし頼まずにはいられなかった。

そのせいか、母はその後も”レーシング速報”のことは何も知らないようだった。


続く・・かな?
















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