第2話 雨の宝梅サーキット⭐️謎の女、ツキカゲセリナ

「ただいま」

今日も玄関は綺麗に磨いてある。

靴ばこの上には、生花だ。


「令美ちゃん、帰ってたのね、おやつ置いてるよ、

令美ちゃんの好きな大福もちと、紅茶だよ」


母は、はち切れんばかりの笑顔で言った。

「令美ちゃん模試の結果どうだった?_」

「第一志望はA判定だよ、でも先生はもっと上を目指せって」

「そう、ママは令美ちゃんのしたいようにしたらいいと思うわ」

「ありがとうママ」


テーブルの上には、大福餅2個と紅茶が、ウエッジウッドという英国王室

御用達の一個一万円以上もするカップに入れられて、しわ一つない

テーブルクロスの上に置かれている。


完璧に拭きあげられた、椅子を引いて、姿勢正しくテーブルに向かい、

私は、大福餅をマッピン&ウエッブという銀のフォークでと入りわけて口に

運ぶ。


「大福餅、美味しい?京都のおばさんが、送ってくれたの、永楽屋の大福餅」

「さすが、京都のおばさんね、すっごく美味しいよ、ほっぺたが落ちそう」

私は、顔の筋肉を可能な限り稼働させて、笑顔を作った。


「ママ、ちょっとスーパー行く用事あるから、おやつ食べたら塾でしょ。

気をつけて行くのよ」

「うん、気をつけて行くよ、ママいつもありがとう、

お姉ちゃんにも大福持って行くね」

母は、天井を見上げて少しため息をついた。


「お姉ちゃんは具合悪いみたいだから、そっとしておいたほうがいいかもね」

姉の話をするときだけ、母は自分の本音を見せる。


「うん、わかったわ、ママの言う通りにするわ」

母は満足そうに頷いて、エプロンを外して私の頬にキスしてから

リビングの扉を閉めた。


たんたんたん、

母の足音が、玄関の向こうに消えたのを確認してから、

私はため息をついた。


家はいつもピカピカ、料理は完璧。

私の欲しいものをいつも先回りして用意する。


この家は息がつまる。

私たちは本当の家族じゃないみたいだ。


永楽屋の大福餅か、なんだか知らないが、

てんで味がしないや。


私は、食べかけの大福をつまんで口に放り込んで、

食べてない方の大福を姉の部屋の前まで、持って行った。


トントン。


ノックするが返事はない。いつものことだ。


「お姉ちゃん、大福置いとくよ」

やはり返事はない。


姉の部屋の前に、大福餅を乗せたウエッジウッドのお皿を置いて、

隠れるように自分の部屋に行き、押し入れの奥を探った。

明らかに怪しい行動をしている自覚がある。背中から汗が流れる。


と、指先に本の角が当たった。


「あった!レーシング速報!」


私は、レーシング速報をいう雑誌を押入れの奥から引っ張り出して、

ベッドの上に座って表紙を凝視した。

「衝撃の開幕ワンツーフィニッシユ、まさに王者の走り」


私がみたいのはここじゃない。


”集まれ⭐️カート仲間、爽やかルーキー、ツキカゲセリナ、

雨の宝梅サーキット”


コラムはこうだ。

”スタート直前、さっきまで晴れていた宝梅サーキットの風向きが突然変わった。

26周で争われるレースは、直前に小雨が降り始めウエットコンディションになった。濡れた路面のまま各車スリックタイヤで綺麗にスタート。


4位のポジションにいたツキカゲは、

スタートで出遅れ5位に後退したが、

第2コーナで外から仕掛け、2台を同時に抜き去り、まず3番手に浮上。


次のコーナーで3位の選手の内側をつき早くも2番手。


仕上げは、ヘアピンコーナーで1位の選手をかわして、

オープニングラップのわずか数十秒で、トップに立つと、そのまま26周を走りきりトップでチェッカーを受けた”


はっきり言って何が書いてあるのか、

ちんぷんかんぷんだ。

模試の英語長文より難解で理解不能な日本語が並んでいる。


しかしそれはいい、私にとって大切なのは、

ツキカゲセリナを捉えた写真だけだから。


私は、

英語の参考書を買うために、訪れた書店で、

ひょんなことから、母から貰った本代で

全く興味のない”レーシング速報”を買ってしまい、

その中の謎の人物、

”ツキカゲセリナ”に心を奪われてしまったのだ。

続く










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