学生時代の恋愛って切り抜き動画みたいですねって話
いつもの喫茶店のいつもの席。
「この前、大阪帰った時にマアちゃんに会ったで。」
「マアちゃん?マアちゃん、マアちゃん、、、、」
中川はスマホを弄りながらブツブツと呟いた。
画面には中川がヘビープレイしているMMOゲームのチャット画面が開かれている。
チャットに全ての思考と神経を向けているので、マアちゃんが誰なのかを想起する余裕はない。しかし、マアちゃんが誰なのかは気になる。
最速でこの疑問を解決する手段として高橋に質問を投げかけた。
「マアちゃんって誰?」
「はあ?マアちゃん覚えてへんの?エリちゃんの友達の、、、」
「エリちゃん、、、。」
チャットでは「鬼に筋肉」というユーザーが複数のユーザーに対して攻撃的なコメントを繰り返し行っていた。
-黙れwwwwザコ共wwwwここは俺が金策する場所。お前らは下層でゆっくりタップリ時間かけて金策してください。ザーコ、ザーコwwww
-あ?なに?そこまで言うならタイマンする?タイマンして負けたら引退な?それでもいい?
-クッソザッコwwww
鬼に筋肉はさらに煽りコメントを打とうとしたが、高橋の口からエリちゃんという名前が発せられると同時に一気に現実世界に引き戻された。
「エリちゃんって、あのエリのこと?」
「そうそう。お前の高校の時の元カノのエリちゃんやん。」
高校時代の恋愛というのは不思議なもので、名前を聞いた瞬間に当時の思い出が数時間前のことのように蘇ってくる。
「エリか~。懐かしいな~。マアちゃんって、エリの友達の色白の子やんな?」
「そうそう、二十年以上ぶりでもわかるもんやな。めちゃくちゃ美人やったで。高校の頃はちょっとふっくらしてるイメージやったけど、シュットしてボンっやったわ。」
そう言いながら高橋は自分の胸を鷲掴みにした。
「俺のイメージはふっくらよりも、ボン先行やったけどな。思春期には刺激的なぐらいボンやったわ。」
「ボンはボンやったけど、ふっくらもしてたやろ。」
「そうやったけな。あんま覚えてへんわ。で、喋ったん?」
「喋ったで。結婚して子供おるんやって。」
「へー。当時の記憶やと、明るくて友達思いでめっちゃエエ子やったけど、なんでか彼氏がでけへんかったんよな。」
「そもそも商業で出会いも少なかったのも理由ちゃう?」
エリとはアルバイト先のスーパーで知り合った。
出会った当時、中川は高2エリは高1。
中川は鮮魚担当、エリはレジ担当。
ちなみに高橋も同じスーパーの食品コーナーでバイトしていた。
中川が店内放送をしている姿に一目ぼれをしたことがキッカケで、エリから猛アプローチをかけ、交際に発展した。
1年上の先輩
アルバイト先の先輩
魚屋の先輩
店内放送で華麗に広告の品を宣伝する先輩
これらの要素が妙な化学反応を起こし中川が頼もしく見えたのかもしれない。
頼もしさが憧れに変わり、憧れが恋愛感情に変わり、エリは中川をデートに誘い、初めてのデートでエリは告白をした。
デートに誘われるまでは、バイト先のかわいい後輩の一人という認識であったが、デートに誘われた瞬間に後輩から一人の女性として急激に意識し始めた。
学生の惚れる理由は、実に単純であると同時に大人には理解が難しい部分でもある。
告白をしようと決めていたので、逆にエリから告白された時には天に上る気持ちどころか、大気圏を突き抜けて見知らぬ小惑星に移住してしまいそうになるぐらいには浮かれに浮かれた。
交際が始まって間もなく、マアちゃんがアルバイトとして入社した。
エリとマアちゃんは幼馴染であり、同じ商業高校に通っていると紹介された。
初めてマアちゃんを見た時、顔よりも先にボンに目がいった。
ボンの大小にさほどこだわりも興味もない中川ですら目を奪われるほどのボンであった。
マアちゃんが入社後、ほぼ毎日、バイト帰りに4人でマクドナルドに集まってお喋りをするようになった。
今となっては喋った内容はほとんど思い出せないほど、薄く浅い内容であったが、あの時間が中川にとっての青春の何ページかに記されているのは確かである。
そのページに記されているマアちゃんは、とにかく明るくて、よく笑う、ボンな女の子であった。
「結局、一緒にバイトしてた時は彼氏でけへんかったっけ?」
高橋は目線を上に向けて、宙に浮かぶ青春のページを読み漁りながら聞いた。
「できてへんで。片思いはしてたけどな。」
「え?そうやっけ?してたみたいじゃなくて、してたって断言できるってことは、そんな話を四人でしてたってこと?」
「四人というか、まあ、お前がおらん時にちょいちょい集まって喋ってる時はあったな。」
「え?そうなん?」
「ちょいちょいというか、結構三人で集まることもあったな。」
「バイト終わりのマクドって、だいたい俺も一緒に行ってたけど、それ以外にも三人で遊んでたってこと?」
「遊んだというか、飯食って喋るぐらいやけどな。ファミレス行ったり、マアちゃんの家行ったり、、」
「・・・・・・!!!!!?」
高橋は白目を剥きそうになった。何か発しようとしたが、言葉が出てこない。
「なんや、その顔。もっすごいビックリしてるやんけ。」
高橋は淡々と言葉を発している。
明らかに温度差がある。あり過ぎる。
水風呂と熱湯風呂ぐらいの温度差がある。
「マ、マアちゃんの家に行ったん?」
なんとか言葉を発した。
「おお、何回も行ったで。マアちゃんのお母さんが料理うまくて、色々ごちそうになったわ。」
「俺行ってへんねんけど。」
「誘ってへんしな。」
誘ってへんしな
誘ってへんしな
誘ってへんしな
言葉がこだまする。
「そ、そっか、ははは、誘われてないのに、い、行けるわけないよな、はは、ははは。」
高橋の空笑いが宙でこだまし続けた。
「20年以上前の話やのに、ようそんなにショック受けれるな。」
高橋とは長い付き合いである。
今の様子から、どういった心情なのかぐらいは容易に想像できる。
「20年以上知らされてなかったんやぞ!あの時、あの青春の1ページに俺の名前が抜けてる瞬間があるってことやろ?ショックやわ!」
「さみしがりか。」
「さみしがりや!!俺が家で一人で過ごしてる時に、お前らは三人で仲良く飯食ってたんやろ?さみしすぎやろ!」
昨日のことのようなテンションで、今日を生きることができる高橋を少し羨ましく思った。
「マアちゃんの家行ってみたかったん?」
「マアちゃんに限らず、当時の思春期真っ盛りの男子にとって女子の家って、未知の領域、禁断の地、サンクチュアリなんやぞ。誰もが訪れたい、しかし、限られた人間しか足を踏み入れることのできない場所なんやぞ。行きたかったに決まってるやんけ。」
鼻息に色があるなら、今の高橋の鼻息は真っピンク色だろうと中川は思った。
「エリと二人で遊んでる時に、マアちゃんから連絡があって合流するってパターンが多かったな。」
「なんでお前は俺を誘ってくれへんねん。てか、お前とエリちゃんが遊んでる時になんでわざわざ連絡してきて、三人で遊ぼうってなるんや。デート邪魔すんなよって思わんかったん?」
「別に思わんかったな。そもそも俺ありきで誘ってくれてたしな。」
「その数になんで俺を入れてくれへんのよ。なんでマアちゃんは俺を誘ってくれへんのよ。切な!悲し!寂し!」
高橋の鼻息がピンクから黒に変わった。
「マアちゃんはエリの友達やし、エリに電話して遊びに誘うのは自然なことやろ。」
「そうやなくて、高橋君も呼ぶ?って話にならんのがおかしいねん。四人仲良かったよな?」
「仲良かったな。」
「それやったら、お前とエリちゃん誘った時点で高橋君も呼ぼう!ってならんのおかしいやん。あー、絶対嫌われてたんやわ。お前ら三人で俺の悪口を前菜にして飯食うてたんやろ。」
「お前の悪口言うんやったら、前菜やなくて、メインに持ってくるわ。」
「やっぱりや、やっぱり悪口言うてたんや!うわー、俺の青春の数十ページはキラキラ輝いてるページじゃなかったんや!三流週刊誌の妄想を垂れ流すだけのページやったんや!」
高橋はそっと目を閉じ、瞼の裏をキャンパスに、四人で過ごした楽しい時間を描いては消し描いては消しを繰り返した。
「例えの話やんけ。真に受けんな。お前を誘わんかったのには理由があんねん。」
「悪口言われへんくなるからやろ。」
「ちゃうわ。悪口なんか一回も言うたことない。いや、そんなこともないか。悪口は言うたことあるけど、それがメインの集まりやないねん。」
「悪口は言うてたんやな。」
「話の流れで冗談っぽく悪口出ることあるやろ。話の流れ的に。」
「じゃあ、なんで俺を呼ばれへんねん。」
少しの間、沈黙が流れた。
言うべきかどうか。中川はジャッジに苦慮していた。
高橋に聞かれたくない話だからこそ、当時の集まりに高橋を誘わなかった。
20年以上経ったからと言って、三人で話していた内容を高橋に話してもいいのか。
既に時効を迎えているのか。
今話すことで、高橋の人生に何か影響を与えてしまうのか。
「そんなに話したくないんやったら、もうええで。」
寂しい表情を浮かべながら高橋は言った。
まずい、このままでは陰口を叩かれていたという忌まわしい妄想に憑りつかれて、高橋のまばゆい青春のページから輝きが消えてしまう。
「お前の相談を受けてたんや。」
「俺が嫌いって相談か?」
「その逆や。」
「逆?」
「嫌いの反対は?」
「好き」
「せや」
「好き?誰が?お前が俺を?」
少しずつ高橋の情報処理能力が低下していくのが見て取れる。
「ちゃう。」
「エリちゃん?」
「修羅場になるな。」
「え?じゃあ、誰が?」
「一人しか残ってへんやろ。」
「え?ん?マアちゃん?マアちゃんが?」
「せや、当時お前に片思いしとって、その相談を俺とエリが受け取ったんや。」
「お前が俺に片思い?」
高橋が処理落ちした。
「よく聞け。マアちゃんはお前のことが好きやってん。これは理解できるな。」
「マアチャン、オレスキ、ワカル」
「よしよし、その調子で一つずつ処理したらいい。お前のことが好きなマアちゃんの友達は誰や。」
「エリチャン」
「そうや、エリちゃんや。じゃあ、お前の友達は誰や。」
「ナカガワ」
「マアちゃんは、お前のことが好きやねん。で、誰かに相談をしたかってん。誰に相談する?」
「トモダチニソウダンスル」
「せや。友達はエリちゃんやな。じゃあ、エリちゃんは友達の為に高橋の事を知る必要があるな。高橋の事を知る為にはどうすればいい?」
「トモダチニキク」
「そう、つまり俺に聞くのがええよな。偶然にもエリの彼氏が俺や。マアちゃんに相談を受けた俺は、高橋の友達である俺に相談を一緒に乗ってもらった方がいいんちゃうかってことになってん。だから、三人で集まって、マアちゃんの恋愛相談を受けてたんよ。」
「マアチャン、オレスキ」
そう言いながら、しばらく黒目がキョロキョロキョロキョロと動いていたが、急に我に返ったかのようにいつもの高橋の顔と口調に戻った。
「マアちゃん、俺のこと好きやったん??まじで!!??俺、告られてへんで??」
先ほどまでのバグった高橋とは一転して、ハイテンションな高橋となった。
「俺とエリで告白を後押しはしてたんやけどな、アカンかった。一歩踏み出せんかったんよ。」
「なんでや!もっと頑張ってくれよ!告白されてたかもしれへんやん!そうなったら、俺の青春の1ページがもっともっと輝かしいもんになってたかもしれへんやん!!俺のこと好きやったんやろ?あー、今思い出したら四人でマクドで喋ってる時も俺の恋愛話に興味持ってたような気がするわ!え?なんで告白してくれへんかったん?」
昨日のことのようなテンションで詰め寄ってくる。
「いよいよ明日告白するって日に急に俺とエリが呼び出されてな、やっぱりやめとくって言われてん。」
「なんで?」
「一時、お前ビリヤードにハマってたやろ?その時期にマアちゃんと二人でビリヤード行ったの覚えてる?」
「ああ、バイト終わりに行ったわ。お前とエリちゃんが二人でどっか行ってもうた日や。マアちゃんからビリヤードやってみたいって言われてな。」
「で、そのビリヤード場で急に冷めたらしいで。」
「え?なんで?楽しく遊んだで?」
「キューの持ち方が気持ち悪かったんやって。」
「え?」
「もっと言うたら、ビリヤードやってる姿そのものが気持ち悪かったらしいわ。特に球をポケットに入れた時のニヤって顔がキモかったらしいわ。」
「はあ?お前、フォローせんかったん?」
「フォローしようと思ったけど、言われてみれば、確かにビリヤードやってる時のお前は自分に酔ってて気持ち悪いなって思って、フォローどころか、高橋あるあるで大盛り上がりしてもうたんや。」
当時の事を思い出しながら自然と笑みがこぼれる。
「なあ、さっき悪口言うてへんて言うたよな?」
「おお、言うてへんで。」中川が真剣な眼差しを向けながら答える。
「高橋あるある一個教えてもらっていい?」
「重い物持つときにわざわざ腕まくりして、力が存分に入った状態の筋肉を見せてくる。ビリヤードの時もキューを持つ時に腕まくりをして、必要以上に力入れてたって言うてたで。それが無理やったらしいわ。」
「悪口は言うてへんねんな?」
「おお、悪口は言うてへんで。」
高橋はすっかり冷めたコーヒーを口に運んだ。
いつもより苦く感じた。
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