9月の2週目の月曜日
芸能人に夢を託す話
「いらっしゃいませ~。」
愛想の良い女性店員が迎えてくれた。
「連れがいるんですけど。」
「お連れ様ですね。どうぞ~。」そう言いながら、店員は接客する必要がないと判断し、次の持ち場へ向かった。
角の4人掛けのテーブル席。そこが俺と高橋の定位置だ。
「すまん、待たせたな~。」
「大丈夫やで。」そう言いながら高橋はカップに注がれたコーヒーをゆっくりと口に運んだ。
中川は高橋と向き合うように席に座ると、テーブルの上にある呼び出しボタンを押した。
すぐにさっきの女性店員が手におしぼりと水の入ったグラスを持って現れた。
「お待たせしました~。ご注文でしょうか?」
そう言いながら慣れた手つきで中川の前に水とおしぼりをセットする。
「ホットコーヒーで。」
「かしこまりました~。少々お待ちくださ~い。」
間もなくしてコーヒーが運ばれてきた。
カチャン
「ごゆっくりどうぞ~。」
正直そこまでコーヒーの味の違いはわからない。
しかし嗅ぎ慣れた香りと飲み慣れた味というのは心に安らぎをもたらしてくれる。
だが、安らぎの時間は長く続かない。
「例えば俺とお前がここで喋ってる場面を映画化するとしたら、自分の役は誰にやってもらいたい?」唐突に高橋が切り出した。
「もうちょっとコーヒーに包まれて安らぐ時間を与えてくれへんか?」
「すまんすまん。どうしても聞きたかってん。」もちろん悪びれた態度など一切みせない。
「俺とお前が映画化するなら誰に演じてもらいたい?中学生並みの妄想やな。」
「人生何が起こるかわからんやん。俺らが喋ってるのをたまたま聞いてたクリストファーノーランが声掛けてくるかもしれんやん。」
「クリストファーノーランに映画化されたら、俺らの会話も一気に意味深そうな、伏線じみた会話になるな。あと、多分、宇宙行かされる。しかもものっすごい果てまで行かされる。もしくはコウモリ男になる。」そう言いながら中川はジョーカーの顔真似をした。
「いや、例えやん。人生何が起こるかわからんっていうのの例えやん。てか、そんな顔芸するタイプやったっけ。」そう言いながら高橋もジョーカーの顔真似をした。
「お前の顔見たら急に恥ずかしくなったわ。対面でおっさん同士しゃくれあってんのSNSの格好の餌食やで。やめよ。」
ズズズ。二人は息を合わせたかのように同時にコーヒーをすすった。
「自分を誰に演じてほしいかって話や。」
カタン。カップをソーサーに戻しながら話を結びなおした。
「まだその話続けるんか。まあ今日はでっかい仕事終わって気分ええから付き合ったるわ。そやな、やっぱり菅田ま」言い終わらないうちに高橋がカットインしてきた。
「菅田将暉はアカンで。俺とお前を菅田将暉と池松壮亮が演じたら、それはもうセトウツミや。予告の段階、いや、出演者発表した段階で大荒れやぞ。」
「関西人二人が喋ってるだけってのを映像化したら、大体セトウツミになってまうからな。何をどうしても二番煎じ感が否めへんし、パクリって言葉をものすごい短い期間でめちゃくちゃ聞くことになるやろうな。」
「そうや、設定が似てくる分、キャスティングだけはしっかり変えたいんや。」
本気で映画化を狙ってるかのような熱量で迫る高橋。
「難しいな~。俺を誰に演じさせたいかか。ん~、モーガンフリーマンかロバートデニーロかな。」ちょっといい顔をしながら中川は答えた。
「なんで寡黙な役が似合う実力派を選ぶねん。人生について深い話をするだけの映画になってまうぞ。」
「それでええやんけ。深いで~。どんな言葉を発しても深いで~。ペンパイナッポーアッポーペンって言わしても深く聞こえるで。」そう言いながらペンパイナッポーアッポーペンポーズをやって見せた。
「モーガンにそんなことを絶対言わすなよ。あと、いつもよりテンション高いな。」
「確かにテンションは高いな。解放感故や。大目にみてくれあっぽーぺん。」再びアッポーペンポーズを披露した。
「もうちょっと現実的なキャスティングを考えようぜ。」あっぽーぺんをできるだけ目を入れないようにして高橋は話を続けた。
「この話題自体が現実味ないのに、現実的に考えろって言われてもな。お前はどうやねん。」
「俺は長澤まさみやな。」
「性別ちゃうやん。」
「男性をキャスティングしたら、イメージと違うだの、絶対そんなかっこよくないだの、嘲笑と誹謗の嵐や。それなら性別変えてしまった方がええやろ。」
「女性にしたらしたで、改悪って絶対言われるで。」
中川がそう言い返すと、高橋は目をまん丸にしながら
「長澤まさみやで?」とよくわからない理屈で言い返してきた。
「長澤まさみやから大丈夫って理屈はどこからくるん?」
(信じられない)と言いただげなジェスチャーをしながら
「長澤まさみは大丈夫やろ。」と更に同じ理屈を二度漬けして中川に渡した。
「それが許さるんやったら、俺はガッキーがええわ。」
「新垣隆?ピアニストの?」
「ゴーストライターちゃうわ。新垣結衣な。待てよ、有村架純がええな。」
「お前のどこにガッキー要素やカッスー要素があるねん!ふざけんのも大概にせえよ!」
「急に着火すんな。それ言うたら、お前にもまさみ要素ないやんけ。あと、有村架純をカッスー呼びする奴おらんで。」
「どっからどう見てもまさみやろ!下から見ても横から見てもまさみや。」
「岩井俊二出してくんな。お前と長澤まさみの共通点って人類って部分だけやで。」
「そうは言うてもな、どうせ自分を演じてもらえるなら、自分の好きな俳優さんに演じてもらいたいやん。考えてみ、自分を演じてくれるってことは、俺は長澤まさみに研究されるってことやで。長澤まさみの人生に少しでも入り込むことができるんやで。」
「きもっ、こわっ、きしょっ、見事3K達成や。」
「きもときしょは同じ意味ちゃうか。」
「きもっ、こわっ、くさっ、これでええか。」
くさっと言いながら中川は鼻をつまんだ。
「くさっが地味に傷つくな。きしょいこと言ってるのは自覚あるけど、それでも俺は自分を長澤まさみに演じてほしいわf喋ってるだけの映画なんか、誰がみた、、、観たいな。観たいわ。」
そう言いながら二人はどちらからともなく手を差し伸べ、握手を交わした。
「そうやろ。圧倒的な画の力と、二人の演技力を持ってすれば、ただ喋ってるだけでも十分成立するんや。しかも、関西弁。鬼に金棒、ハッカーにスーパーコンピューター、ジャッキーに木の椅子や。」
「現実の自分って理想とは程遠いからな。せめて画面の中の自分ぐらい理想の自分であってほしいよな。」中川は空中に何かを描くように目線を動かした。
「そうやねん。それが同性ってなると、どうしても現実の自分と比較して虚しくなるけど、女性やったら比較せずに済むしな。今からジャッキーになろうとかって、ちょっと現実的に考えて、無理やなってなってしまうけど、長澤まさみになろうって、遊び心で済ませられるやろ。」
「それは一理あるな。」中川はうんうんと深く頷きつつ言葉を続けた。
「でも、まさみとかすみに演じてもらうなら、もうちょっと俺らの会話にも配慮が必要になってくるな。」
「今までみたいなアホな話をまさみとかすみにさせるわけにはいかんからな。」
「アホな会話をしてるって自覚あったんやな。安心したわ。」
「最近やけどな。」と言い、何故かドヤ顔を見せた。
「まずは下ネタは一切禁止やな。」中川は威圧するような目を見せた
「まさみとかすみに下ネタ喋らせるわけにはいかんから、当たり前やな。」高橋も威圧的な目を見せた。
二人の威圧的な目は、目の前にいない、未来(妄想)の観客に向けられていた。
エロ目線でまさみとかすみを見ることは許さない、その思いは共通であった。
「ゲーム、アニメ、漫画の話題もできるだけ避けたいな。」そう言いながら高橋は、テーブルに置かれた自分のコーヒーカップを持ち上げ、ソーサーの横に置いた。
「そうやなー、せっかくまさみとかすみに演じてもらうんやったら、偏った話題は避けたいな。そうなると、どんな話題がいいやろ。万人受けする話題となると、、、。」
「仕事の愚痴とか?」そう言いながら高橋は中川のカップを自分のソーサーに置いた。
「観客に学生多かったら共感してもらわれへん。」
中川のソーサーに置かれた自分のカップを元の位置に戻した。
「老若男女に共感してもらえるような話題ってなんやろな。学生時代の話とか?」
「ジュネレーションギャップで年代によっては共感してもらわれへん。」
そう言いながら、高橋のカップに砂糖とミルクを流し込んだ。
「確かにな。難しいな。」
自分のカップと中川のカップを交換した。
しばらくの沈黙のあと「ご飯の話は?」と恐る恐る高橋が聞いた。
「それやったら、万人受けするやろうし、無難やし、荒れなさそうやな。」
「よかった~。頓挫寸前やったわ。まさみとかすみに頭下げにいくとこやったわ。じゃあまずは、俺とお前でご飯の話してみやなな!」
「俺らで会話が成立せな意味ないもんな。よし、ご飯の話しよ!」
「昨日何食べた?」
「家でとんかつ食べたわ。お前は?」
「昨日は吉野家で牛丼食べたわ。」
「吉野家派なんか。俺はすき家派やねん。」
「すき家もいいんやけど、やっぱり吉野家が好きやな。やっぱツユの味が」
そう言いかけたところで中川が制止した。
「待て。この話って、スポンサー入ってたらアウトよな。もしスポンサーに松屋入ってたら終わりやで。まさみとかすみがスポンサーに文句言われるぞ。固有名詞出すのやめよ。」
「わかった。じゃあ、やりなおすわ。・・・昨日は外で牛丼食べたで。」
「美味しかった?」
「美味しかったで。」
「そうか。」
「あんまり外食せーへん?」
「外食はあんまりせーへんな。この喫茶店ぐらいかな。基本、妻が飯作ってくれるからな。」
「奥さん、料理得、、」
再び中川が制止した。
「この話って、結婚してない人に配慮できてないよな。あと、妻が料理することに対してフェミニストを唱える方々から何か言われるかも知れんからやめとこ。」
「まさみとかすみが演じる時は女性視点になるから大丈夫ちゃうん?」
「マスキュリズム唱える方々もおるから、リスク高くなるからやめとこ。」
「わかった。」
「仕切りなおすわ。・・・家でご飯が待ってくれてるから外食はあんまりせーへんな。。。この表現大丈夫かな?妻をご飯製造マシーンみたいに捉えてるって思われたりせーへんかな?」
「誤解は生まれやすい表現かもな。」
「やっぱりそうよな。自分で言いながら危うさを感じてたわ。表現の自由って、自由であるが故に難しいな。この話題そのものがアカンかったんかもな。」
「中川」
高橋が呼びかけるも、中川は自分の世界に入り込んでブツブツとひとり言を呟いている。
「中川、中川、中川!!」
中川はハッとし、こちらの世界に戻ってきた。
「すまん、まさみ。あっちの世界に行ってた。」
「中川、俺の顔を見ろ。俺は誰や。俺は誰や。」高橋は中川の肩を揺らしながら語気を強めた。
「まさ、、、たか、、、たか、はし。たかはしや。たかはしや。」
そう言うと中川はふぅと息を吐き、
「この話題、どうやってオチつける?」と問いた。
高橋はテーブルに備えられている紙ナフキンを一枚抜き取り、ペンを走らせた。
書き終えた紙ナプキンを巻物状に丸めて、中川に差し出した。
中川はゆっくりと巻物をスルスルと開いていく。
するとエンドクレジットが流れ出した。
高橋役ー高橋
中川役ー中川
脚本ー高橋と中川
制作→高橋と中川
監督ー高橋と中川
THE END
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