ONE PIECEをみんながみんな知ってると思うなよって話
「今週のワンピースおもろかったわ。怒涛の展開や。読んだ?」
「読んでへん。そもそもワンピースを読まへんまんま、この年齢になったわ。」
そう言いながら中川は帰り支度を始めた。
「え?ちょっと待って。何をお開きにしようとしてんの?お前漫画よく読んでるやん?ワンピース読んでへんとかありえる?」
「コーヒー飲み終えてるし、ワンピースも読んだことないし、これから山場迎えるとは思われへんからな。仕事残してるしそろそろ戻るわ。」そう言い席を立った。
「待て待て待て、ちょっと座れって。ワンピース読んだことないん?」
高橋は前のめりになりながら、中川に着席を促した。
「読んだことないって言ってるやん。ワンピースについて話せることは一切ないで。だから戻っていい?」再び立ち上がる中川の腕を両手で掴みながら「ちょっと待て、座れって!」と熱と汗の込もった口調で着席を促した。
「なんやねん。これ以上話すことはないねん。」
「ちょ、なんで?なんでワンピース読まへんの?めっちゃおもろいで!」
「タイミングを逃したし、周りのワンピ熱がうっとしすぎたんよ。流行りに流されんのダサいって肩肘張る時期と、周りがワンピで盛り上がってる時期がかぶってもうたんや。そういうことやから、ほな。」
再び立ち上がろうとする中川を再び制し
「今は?今はもう肩肘張ってへんやろ?今なら読めるやろ?読も??」と高橋は熱を飛ばした。
「何巻ぐらい出てるん?」
「100巻ちょっとの大冒険や。」
「ほな。」中川は立ち上がる。高橋は制す。
「100は長いて。そんなけ続いて、映画も盛り上がってて、さぞ面白いんやろな、人気なんやろなってのは十分わかってるて。俺が読まんくても、周りに読んでる人いっぱいおるやろ。」
「お前に読んで欲しいんや。」
「長いやん。それ読んでる間、他の漫画読む時間なくなるやん。」
「他の漫画読む暇与えんぐらいワンピおもろいって!読んでくれ!」
「突撃隣の晩ごはんって番組あったやろ、あれは突撃してるから面白いし、突撃してる側やから晩ごはんが多少まずくっても文句言わずに自分の中で消化できるねん。それがもし、赤の他人が目をキラキラさせながら自分とこ来て、自慢の晩飯を無理矢理食わしてきたらどう思う?突撃されたらどう思う?美味しい肉を食べる予定やったのに、わけわからん中途半端な家庭料理を食べさせられたら文句言うやろ。」
「そんなありもせーへんこと言われてもな。」
「お前がやろうとしてる事はそれと一緒や。俺はお前のすすめる物を食べたないねん。他に食べたいもんがあるからな。でもな、それが美味しいってのは色んな人が言ってるから興味はある。でも、今は食べる時やないねん。ワンピースを絶対に読みたくないって言ってるわけちゃうねん。自己責任で読みたいねん。お前がそのキラキラした目で薦めてきて、仮に俺が折れて読んだとしよ。で、俺の口に合わかったとしたら、それをお前に伝えなあかん。もちろん細心の注意を払って言葉を選ぶけど、感想そのものが変わるわけやない。そんな辛いことしたないねん。」これだけ説明すれば納得してくれるやろ。そう思い、中川は席を立ったが、再び腕を掴まれて席に戻された。
「それはそうと、読んでくれや。」
人は時に、何がなんでも自分の要求を通したい時に決まったセリフしか吐かないNPCと化す。
高橋は今、中川に何がなんでもワンピースを読ませるためにNPCになることを選んだ。
ゲーム内のNPCは時に雑談、時にヒントを与えてくれる。
ゲームが進行するとセリフが変わる事もある。
しかし、今回中川に与えられたクエストは「ワンピースを読むこと」さらに「はい」以外に選択がない状態である。
このまま席を立っても良かったが、次週に持ち越しになるのも厄介だと判断した中川は
「じゃあ、俺が読みたくなるようにプレゼンしてくれや。」と提案してみた。
自分の好きな物は他人にも好きになって欲しいという欲求が強い輩は総じて、語りたい欲求が高い。その欲求を満たせば解放されると踏んでの提案である。
「おお、しゃーないな、プレゼンしたるわ。」
高橋は嬉しそうな顔で、渋々やってあげるという姿勢を見せた。
中川は仕事柄、プレゼンをすることが多い。
自分のプレゼンで契約に至った仕事も多くある。
プレゼンで最も重要なのは、相手のかゆい部分を見つけ、絶妙な力加減でかくこと。
もしも高橋が、かゆいポイントを見つけ、絶妙な力加減でかくことができたなら、仕事帰りにワンピを大人買いする可能性もでてくる。
そもそも、こういった提案をしたということは、心のどこかでワンピースを読むキッカケを探していたのかもしれない。
「プレゼン中でもわからんことあったら、その都度質問していいか?」
「おお、なんでも、ガンガン聞いてくれ。」
「とりあえずコーヒーお代わりしよか。」
「せやな。」
コーヒーがテーブルに運ばれた。
コーヒーから立ち上る湯気が、舞台で焚かれるスモークのように、これから始まるプレゼンを演出している
「ほな、始めるで。」
「おお。」
「始める前に確認させてほしいんやけど、ワンピースの事はどれぐらい知ってる。」
「ルフィー、ゾロ、チョッパー、その他にも仲間がいることぐらいは知ってるで。」
中川は素直に感心した。
相手の深度を事前に知っておくことは、プレゼンをする上で重要な武器となる。
深度を知っておくことで、どこまでの説明が必要か、専門用語を咀嚼する必要があるのかなど、相手に合わせた説明が可能になる。
プレゼンをする上で相手を置いてけぼりにすることはご法度である。
高橋はそのことを知っているのであろう。
「知ってた?結構間違いがちなんやけど、実はルフィーって伸ばすんやなくって、ルフィなんやで。モンキー・D・ルフィが正しいんや。口に出すと伸びてるように聞こえるから間違えやすいよなー。本読んどかなわからんよな。」
「そうなんか、伸ばさへんのか。知らんかったわ。」
相手の理解度を明確にしつつ、正確な情報を伝え、よくある間違いというフォローを入れる。
たった10数秒のやりとりで、かゆいポイントに目星をつけている。
もし「ルフィって知ってたで。」と中川が答えていた場合、「おお、知ってたんやな。」の一言で済む話。
この何気ない会話の中に高橋のテクニックが詰め込まれている。
中川は嬉しくなった。
帰り大人買いしてしまうかもな。
「じゃあ、改めてワンピースについて話させてもらうわ。」
「よろしくお願いします。」中川は少し大げさに頭を下げた。
「えっと、ルフィって奴が、シャンクスって海賊に憧れて海賊になってワンピースっていう宝物を探しに行くねん。で、その途中でゾロナミウソップサンジチョッパーロビンフランキーブルックジンベイと出会って仲間にするねん。強い敵と戦ったり空に浮かんでる島に行ったり侍に会ったり、もうな、ほんま内容盛りだくさんやねん。口で説明するには盛沢山すぎるから、実際読んでもらった方がいいと思うで。あっ、ルフィーはなゴム人間やねん。」
あえて雑に説明することで興味を引くという作戦か。
高度なテクニックやな。よし乗っかってやろう。
「今の説明やとちょっとわからん部分が多いから質問していいか。」
「おお、なんでも聞いてくれ。」
「そもそもやけど、ワンピースってのは、どんな宝物なん?」
「それはわからん。海賊王がグランドラインに置いてきた宝物らしい。」
「まあ、宝物なんやったら、見てのお楽しみか。グランドラインってなに?海賊王ってのは??」
「海賊王は海賊の王やな。グランドラインは、まあ、海やな。めっちゃ危ない海。」
「危ない海にワンピースがあるんやな。それを置いてきたのがシャンクスって奴なん?」
「シャンクスは海賊王ちゃうで。四皇や。」
「四皇ってなんや。」
「グランドラインにおる凄い海賊や。四人おる。」
「その四皇の中に海賊王がおるんやな。」
「おらん。海賊王は処刑された。」
「それ先に言えや。じゃあ、ルフィが憧れたシャンクスってのは誰なんや。」
「四皇や。」
「凄い海賊ってことやな。そのシャンクスに憧れて海賊になってグランドラインに出てワンピースを探してるんやな。シャンクスも一緒におるん?」
「四皇やのにおるわけないやん。」フッ
あれ?今、小笑いした?気のせいか。
「シャンクスとは別で冒険してるってことか。シャンクスはどっかの海賊の船長なん?」
「赤髪海賊団やな。」
「そうか。」
「おお。」
・・・・・・・・・・
沈黙が流れた。
期待していた感じと違う。これも何かのテクニックなのか。
俺の大技林には掲載されていないテクニック。
質問を引き出すために、あえて言葉少なくしてるのかもしれない。
高橋の表情は疲れているようにも飽きているようにも見える。
中川と目を合わそうともしない。
どういう状況なのか判断がつかない。
とりあえず質問をぶつけてみよう。
「ルフィはなんでゴム人間になったん?」
「悪魔の実を食べたんや。」
「悪魔の実ってのはゴムになってまうんやな。」
「悪魔の実の種類にゴムゴムの実ってのがあるんや。それを食ったからゴム人間になったんや。」フゥ。。。
ため息ついた?
ちょっと深めに呼吸しただけよな?
「悪魔の実は色々あるんやな。他にどんな実があるん?」
「ヒトヒト、ゴロゴロ、バラバラ、、、色々ある。とりあえず・・・・め。」
「ん?最後なんて?」
「ま、、、よめ」
「ん?」
「まんが、よめ。」
中川は言葉を失った。
薄々というよりも、ほぼほぼわかりきっていたが、信じたくなかったが、こいつ、プレゼンに飽きてる。
プレゼンに飽きてるというよりも、こいつはただただ、一方的に語りたかっただけなんや。
計画性もなく、ただただ本能のままにワンピースを語りたかっただけなんや。
最初にルフィーをルフィって訂正したのも、ただただマウントを取りたかっただけなんや。
プレゼンでもなんでもない、自分の好きなように書いた落書きを、街中で無差別に配布してるに過ぎへん。
俺にワンピースを読ませたい理由は、自分の欲望のはけ口を作りたいに過ぎへん。
だから、途中で口を出されるのが嫌で仕方なかったんや。
「プレゼンしてくれるって言うたよな。」できるだけ冷静に問いかけた。
「まんが、よめ。」
「魅力伝えてくれたら読もうと思ってたで。」
「まんが、よめ。」表情と声には一切の感情を出さずに高橋は答えた。
NPC化している。このセリフ以外言わんつもりか。
ついに中川はキレた。
「お前、いい加減にしろや!そんな態度で薦められて読むはずないやろ!プレゼンやなくて、お前がただただ語りたかっただけやろ!お前の欲望に巻き込まれかけたわ!適当に質問流しやがって!しかも俺の無知っぷりを小馬鹿にしてたよな!フッて笑ってたよな!」
周りに配慮して声量こそ抑え気味だが、あまりの剣幕と迫力とテンションに高橋は単純にドン引きした。
ドン引きした高橋の様子を見てさらに中川の怒りはゴムのように膨れ上がった。
「てか、お前テンション上がってたんかしらんけど、ルフィーって言うてたからな!!ルフィーちゃうねん、ルフィや!わかったか!!しかも、説明下手すぎるやろ!なんの魅力も伝わらんわ!お前の話だけ聞いたら、ゴム人間が宝さがしに行くだけの話や!宝よりもゴム人間の方がよっぽど珍しい状態になってるわ!お前より俺の方がもっとうまく説明できるようになったるからな!100巻?そんなもん直ぐに読破したるわ!!プレゼンがどういうもんかをお前に勉強させたるわ!!二か月や、二ヶ月で完璧にプレゼンしたるわ!」
「二ヶ月で?」
「そうや!二か月後キャメダコーヒーで!」
そう言い終えると中川は席を立ち自分の分のコーヒーとケーキ代をきっちり置いて去っていった。
「二か月後、キャメダコーヒーで!って。ワンピの名言引用しても打てるやん。あいつ、絶対ハマるやん。」
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