見上げていた大人も結局子供のままだった話

ケーキを食べ終え、コーヒーも飲み終えた。

「すいませーん。」と高橋は手をあげた。

「少々おまちくださ~い」遠くから女性の声が返ってきた。

「呼び出しボタンあるんやから使えばいいやん。」と中川は言った。

「なんかボタンで呼ぶの慣れへんくてな。」

「いつの時代の人間や。」


「お待たせいたしました~。」呼ばれた理由を察してか、既に手には注文書を持っている。

「コーヒーお代わりお願いします。中川は?」

「あっ、じゃあ俺もお代わりお願いします。」

「コーヒーをお二つですね。」手に持ったハンディに注文を入力し「かしこまりました。少々お待ちくださいませ~。」そう言いながら女性店員は厨房に消えていった。


店員が消えたことを確認してから中川は話し始めた。

「よく考えたらさ~、お代わりかどうかの情報って、店員さん的には必要ないよな?お代わりやろうが新たに注文やろうが、コーヒーを1杯注文することには変わりないもんな。」

「なんかデータ取ってるんやない?」

「レジとか、あのハンディって機械で集計されてるやろうから、店員さんが知る必要なさそうよな。」

「でも、お代わりって伝えずに、コーヒーお願いしますって伝えたら、「え?今コーヒー飲んでましたよね?目の前にコーヒーカップありますよね?飲んだこと忘れたの?それとも、コーヒーじゃなく、別の飲み物を出してしまったのかしら?え?なんで?なんで?わかんない、どういうこと?なんでコーヒーを頼むの?意味がわからない!!店長!!!てんちょおおおおお!私この店辞めます!!!!!!」ってなるかもしれへんやん。」

「ならんわ。」


「お待たせいたしました。コーヒーお持ちいたしました。」

カチャン、カチャン。

「ごゆっくりどうぞ~。」浅めにペコっと頭を下げた後、すぐに次のテーブルへ向かっていった。

「忙しそうやな。今注文取ってるの、あの女の子ともう一人のおばちゃんだけやもんな。あの子が辞めたらおばちゃん一人になってもうて大変やから、なるべく女の子が悩まんように配慮してあげなあかんな。」

そう言い終わると高橋は運ばれてきたコーヒーを口に運んだあと、フっと大人の微笑を見せた。

「なんかかっこつけてる?」ミルクと砂糖が入ったコーヒーをじっくりとかき混ぜながら中川が聞いた。

「かっこつけてへんよ。」

「最後なんで微笑んだん?」

「微笑んでへんよ。」

「微笑んでたで。自覚ないん?こわっ。さむっ。こわっ。」中川はそう言いながら寒そうに体をこすった。そして、しっかりと砂糖とミルクが混ざりあったコーヒーを一口飲んだ。

「寒なったから、コーヒーがより美味しく飲めるようになったわ。ありがとうな。」

「お役に立てて光栄です。でも、微笑んでへんけどな。」


「いつからコーヒーを美味しいって思うようになったんやろ?」唐突に高橋がつぶやいた。

「初めて飲んだ時は絶対に苦いって思ってたはずやもんな。ビールも苦いはずやったしな。」中川が返した。


「そうやねん。わざわざコーヒーやビールを好んで飲む必要って絶対なかったわけやん。苦いねんもん。お前も苦みを薄くするためにミルクや砂糖入れるぐらいなんやしな。コーヒーよりも美味しい飲み物なんて、もっといっぱいあるわけやん。オレンジジュースやったり、コーラやったり、マンゴーラッシーやったり、やのに俺らは何故か今、コーヒーを飲んでる。不思議よな。」

「子供のころに見上げてた大人たちって、みんなコーヒーとかビールとか飲んでたよな。炭酸を飲まないってわけやないけど、炭酸よりはコーヒーのイメージが強かった。そういう、大人はコーヒーを飲む、ビールを飲むって刷り込みが多少なりとも影響してるんかもな。」そう答えながら、よく考えたらコーヒーって何が美味しいんやろ?と中川は思った。


「大人になった部分と子供のままの部分ってない?」右手で親指を、左手で小指を立てながら高橋は言った。

「例えば?ていうか、そのポーズださっ!指で大人と子供を無理に表現しようとすんな。」

「親指と小指ってよく見たらおもろない?親指は大人、小指は子供。背丈は変わらんのに、親指の方が幅広いんやで。子供の頃と比べると確かに横に成長するもんな!」そう自分で言いながら、大きな声がでないように爆笑している。

「なにがおもろいねん。そんな顔真っ赤にするほどおもろいか?」

声を押し殺して爆笑する高橋の顔色はサラミの様な色になっている。

「だって、よこはばが、、、ひろいって、こころあたりがありすぎて、、、ブハっ」

「なにがおもろいねん。今まさに子供の部分をみてるわ。」

こいつは一回笑い出すと止まらんからな。ちょっと待っとくか。

スマホを取り出し、毎日プレイしているゲームを立ち上げた。

MMORPGというジャンルのゲームで、ゲームの核にRPGを置いたオンラインゲームである。

ゲーム内で知り合った仲間たちと冒険をし、強大な敵を倒したり、宝物を集めたり、ゲーム内のイベントに参加したりするのだが、中川の楽しみはそういった冒険譚をみんなで紡いでいくのではなく、ゲーム仲間とのチャットをすることが最大の楽しみである。

中川にとっては、面識がないイコール遠慮もいらない。すなわち、自由に発言をしてもいいという考えに至る。

心を許す高橋とでさえ、話をする時は多少なりとも遠慮をしている。遠慮というよりも言葉を選ぶようにしている。

ゲームの中ではその必要がないため、思ったことをそのまま文字にしている。

今日のチャットのトレンドは恋愛話である。

一回デートをした男性から家に誘われたけど、どうしたらいいのかな?

-いい人そうならいいんじゃない?

-もう一回ぐらい外で遊んだほうがいいんじゃない?

-いやいや、家に誘われる=手を出されるってことじゃないから、普通にいけばいいんじゃない?

こんな感じでチャットが流れている。

しばらくチャットの流れを見た後、会話に参加しようと「相手からしたらお前は簡単にヤレそうな、クソビtt」と打ったところで、

「はあ、ごめんごめん、ツボにはまってもうたわ。すまんな。」と高橋が息を吹き返したので、中川はゲーム画面を閉じて高橋の方を向いた。


「自分で言ったことにそこまで爆笑できる人生って、最高に楽しそうやな。」

「馬鹿にしてる?」

「心の底から羨ましいと思ってる。それより、大人と子供の話をもういいんか。」

「そうそう、大人になった部分と子供のままの部分の話や。そういうのない?」


少し考えてみたが思い当たる節がない「う~ん、あんまピンとけーへんな。さっきお前が自分の言ったことで爆笑してる姿は子供の部分みたいに思ったけどな。大人になるとなかなか恥ずかしくてでけへんで、自分の話で爆笑するって。」


「全然恥ずかしくないわ。そういうことじゃなくって、ちょっと逆算して考えよ。子供の時に見上げてた大人ってどんなんやった。いや、お前が子供の頃にハマってたことを聞いた方がいいか。」

「インドア極めてたからな、ゲームと漫画とテレビが親友やったな。」

「そういえば高校でも教室で漫画ばっかり読んでたな。遊ぶのもお前の家でゲーム多かったしな。高校生は半分大人みたいなもんやから参考にならんけど、小中の時って、大人が漫画読んだりゲームしたりするって思った?」

「思わんかったというよりも、大人は漫画やゲームを悪いものとして子供に伝えてたようなイメージが強いな。漫画ばっかり読んでたらアホになるでとかよう言われたな。」

こんな話をしていると、あっという間に子供の頃の記憶が蘇ってくる。家の匂い、室温、音、若かった父と母。夢中で遊んだゲームや読み漁った漫画の名場面。懐かしい。

それにしても漫画読んだらアホになるって、よく考えれば漠然としてるな。


「今は大人が漫画とかゲームに没頭する姿って目にすること多いし、youtubeとか配信とかで積極的に発信されてるから特に珍しくもないし、なんなら職業として確立されている部分もあるしな。漫画ばっかり読んでたりゲームばっかりしてたらアホになるってのは、古の考えよな。」

「古の考えやけど、言いたいことはよくわかるわ。ほんまによう言われた。」

中川は小学生の頃の父母の姿や声を思い出して、少し懐かしさに涙腺が緩みそうになりながら、更に言葉をつづけた。


「今自分が大人になって、漫画やゲームに興味ないかって言われたら、そんなことないよな。漫画も読むしゲームもする。なんやったら、子供の頃より夢中になってるかもしれへん。これを子供の部分って言うのかはわからんけど、不変ではあるな。」


「あの頃見上げてた大人たちも、ジャンプ読んだりゲームしたりしてたんやろうな。」高橋はそう言いながらコーヒーカップを口に運んだ。

既に飲みつくしていた。

音を立てながら飲んだフリをしてゆっくりとソーサーにカップを戻した。


「せやで。そもそも、ゲームや漫画を買い与えてくれたのが大人やからな。うちの場合は親父がファミコン買ってくれたわ。自分がプレイした記憶が強いだけで、記憶の隅っこの方でコソコソと親父もファミコンで遊んでたはずやねん。」


そういえば、「高橋名人の冒険島」というソフトを親父が必死でプレイしていたような記憶がうっすらとある。


「大人なりの見栄もあったんちゃうかな?大人はこうあるべきみたいな。自分が夢中でゲームやってる姿なんか子供に見せれん!みたいな。」

高橋の父親は所謂頑固オヤジである。父親の父親も所謂頑固オヤジであり、恐らく家系図の上から下までウタマロ石鹸ですら落とすことのできない頑固な血液が流れている。

しかし、眉間に皺を寄せることが多かった父親も、子から離れれば一人の男である。

高橋には父親の側面しか見せなかったが、一人の男としてゲームや漫画に興味を持つことは自然なことであるし、頑固な父親としての威厳を保つために、家族の前では興味を示さない態度を取り続け、家族が寝静まった後に隠れてコソコソとゲームをしていたのではないだろうか。

男の探究心は大人になったからといって失われるものではないはず。


「そういうもんかな。」独身の中川にはピンとこない話なのか、納得いかない表情を浮かべた。

「そういうもんちゃうかな。大人も子供に対して目いっぱい背伸びしてたんやで。俺らが憧れる大人になろうとしてくれてたんやで。仕事でも見栄張るときぐらいあるやろ。取引先や同僚とかに。」

「まあ、あるっちゃあるな。」

「話戻すけど、大人の部分と子供のままの部分って、結局は子供のままの部分は全部残ったままちゃうかなって思うねん。身の回りだけで言うと、今も漫画読むしゲームもするし、元々の性格が子供の頃から激変したかって言われたらそうでもないやろ。」

「つまり何が言いたいねん。」結末が見えない話に中川はイラつき始めた。

「わからん。」

「は?」

「わからんねん。この話をなんで始めたのかもわからん。特にオチもないし、意味もないし、教訓もないねん。今から無理やり意味づけしようと思ったけど、もう何が何かわからんねん。どうにかしてくれへんか。」

「なんか深い話しようとしてたんちゃうん?」

「浅瀬で遊んでたというか、潮干狩りしにきたつもりが、テンション上がって潜ってしまったんや。無計画に潜ってもうたから、潜水用具も持ってへんし、魚を取る道具も持ってへんし、ただ潜るって息巻いてもうたもんやから、手ぶらで帰るわけにもいかへんし、今は海中で誰かが手を差し伸べてくれるのを待ってる。もうすぐ酸素がなくなりそうや。早く助けてくれ。」高橋は苦しそうな声で中川に助けを求めた。

「見栄張ろうとして失敗したんやな。」

苦しそうな表情をしていた高橋が急に真顔になり

「そうや。それを伝えたかったんや。見栄を張ることって命がけなんや。我々が見上げた大人は命がけで見栄を張って、目指すべき大人を演じてくれてたんや。だから我々もそういった大人になれるように切磋琢磨しようってことをお前に伝えたかったんや」

そう言いながら高橋はコーヒーカップを口に運んだ。


「見栄張るな。」



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