ファイナルファンタジー3って難しかったねって話
お代わりをしたコーヒーがソーサーに着座した。
いい香りと共に湯気がユラユラと立ち上っている。
高橋はカップを持ち上げ、香りを存分に味わった。
仕事中に飲むコーヒーと仕事が終わってから飲むコーヒーでは味わいが変わる。
仕事中に飲むコーヒーはいつもより苦みを感じる。
仕事終わりに飲むコーヒーは苦みが緩和され旨味をしっかり感じることができる。
高橋はここ一週間の忙しさを思い出し、達成感と優越感を感じていた。
独りよがりの優越感ではなく、現にこの一週間の仕事っぷりは周りからも高い評価を得ており、今後の大きな仕事に繋がる程の成果を上げていた。
思わず笑みがこぼれそうになるのを我慢しながら、優越感と達成感と共にコーヒーをたっぷり口に流し込んだ。
「あっつ!!」
「なにしてんの?」
コーヒーの熱さとは真逆の冷たさで中川は高橋に問いかけた。
口の中で滾るコーヒーと格闘している高橋はなかなか喋れずにいた。
グラスに入った氷を口に流しこみ、ようやく喋れるようになると
「熱すぎるやろ!!」
と当然の感想を述べた。
「そら淹れたてやねんから熱いやろ。スポドリの勢いで飲むなよ。」
「色々考え事してたら爽快な気分になってもうたんや。」
「自業自得やな。何を考えてたん。」
「先週の仕事がええ感じに終わってな、ものすごい達成感を感じててん。ドラクエ3クリアした時ぐらいの達成感や。」
「今となってはドラクエ3の達成感って言われてもピンとけーへんな。」
「せっかく苦労してバラモス倒したのに、次はゾーマ倒す旅に出なアカンっていう絶望感。やっとゾーマの所へたどり着けるかと思ったら、バラモスゾンビっていうバラモスの超強化版が出た時の絶望感。心身ともにボロボロの状態でゾーマを倒した時の達成感は他では味あわれへんやろ。」
「そういえば、そんな感じやったな。俺はどっちかっていうとFF3の方が絶望感じたな。」
「どんなんやっけ。」
「ラスボス前にクリスタルタワーっていうクソ長いダンジョンを攻略せなアカンのよ。当時は今みたいにセーブポイントに恵まれてない冒険やったから、クリスタルタワーを攻略するまで一切セーブでけへんのよ。確か。FFはセーブポイントでHPとMPを回復できるテントってアイテムを使えるんやけど、それがでけへんから、手持ちのアイテムで細々と回復しながら進んでいくんよ。」
喋りながら当時のことを思い出していくうちに、少しやつれた気分になってくる。
「準備万端にしとかなアカンな。」
「今思えばそうやねんけど、少年の心には目の前にラストダンジョンが見えてんのに、足踏みするという選択肢はなかなか思いつかへんな。」
「それはそうやな。早くクリアして自慢したいしな。」
「そうそう、ほんで、ようわからん自信もあるから、いける!って思ってまうんよな。」
高橋は目を閉じながらウンウンと頷いた。
思い当たる節がありすぎる。
「クリスタルタワー、初見なら余裕で2時間以上かかると思うわ。子供の時の記憶やから盛ってしまってるかもやけど。で、クリスタルタワーの先にボスがおって倒すんやけど、倒した後はまたダンジョン始まるねん。次のダンジョン自体は攻略簡単やねんけど、四体のボスを倒さなアカンのよ。そいつらがめちゃくちゃ強い。もちろんセーブもでけへん。初見やと前に進みたい欲求強すぎて、クリスタルタワークリア後、次のダンジョンまで一気に進んでしまうんやけど、セーブも後戻りもでけへんっていう地獄が待ってるんよな。つまり、どういうことかわかるか?」
「ま、まさか、、、」
「そう、ゲームオーバーなったら、そこまでの時間が全て無駄になるということや。またクリスタルタワーをクリアするところから始めなアカン。」
「それって、もしかして、、、」
高橋は眉間にグランドキャニオンよりも深い谷をつくった。
中川も同様、眉間にグランドキャニオンを創造しながら答えた。
「そや、オカンとの戦いが始まる。」
「どのRPGにおいても、最大の敵はオカンってことに認識の相違はないようやな。」
中川は強く頷き言葉を続けた。
「小学校から帰ってくるのが16:00。晩飯は大体19:00。平日は最大で3時間のプレイが可能やねん。土日祝は予定次第。とはいっても、2時間超えたあたりからオカンの無言のプレッシャーを感じ始めるんよな。」
「そうそう。勝手に感じてるだけかもしれへんけど、なんかいつもよりドア閉める音大きい気がしたり、なんとなく掃除機のかけ方が乱暴に感じたりな。」
「洗い物の音もなんとなく大きかったり、乱暴やったりな。」
母親がガチャガチャと大きな音を立てながら洗い物をしている姿が中川の脳内で再生された。
「全部気のせいやったり、気にしすぎてただけかもしれんけどな。」
高橋には4歳の娘がいる。現代っ子らしく、家にいる時は専用のipadでyoutubeを見ることが多い。youtubeを見ている時間は親との会話はほとんどない。
一人でケタケタ笑っていることが多い。
4歳からyoutube三昧させることが良いのか悪いのかはわからないが、youtubeから知識を得ることが多く、一概に悪影響だと言えない為、高橋家では特に制限時間を設けることなく、youtubeを見せている。
といっても、どこかで制止しなければ、朝から晩までyoutube三昧になってしまい、家族とのコミュニケーションが減ってしまうので、ままごとに誘ったり、塗り絵に誘ったり、おでかけに誘ったりと、youtubeよりも楽しい時間を提案することでyoutubeとの距離を適度に保つ努力は夫婦で取り組んでいる。
一見、子供の為のようにも見えるが、子供に遊んでほしい親の構図が最も正しい。
youtubeに夢中になり遊んでくれないのが寂しくて仕方ないのだ。
そう考えると、母親はゲームしている自分に腹が立っていたのだろうか。
注意を引いていただけなのではないだろうか。
もちろん、ゲームをやり過ぎて怒られることも多かったが、寂しさも含んでいたのではないだろうか。今の自分と同じように。
「オンでもオフでもプレッシャーを感じながら、クリスタルタワーをクリアして、ラストダンジョンで4体のボスを倒して、最後の最後、ラスボス様登場や。これがまた強いんよ。致死レベルの全体攻撃してくるんよな。で、初見でやられてしまうんよな。そこで気づくんや。準備をちゃんとせなって。レベル上げたり、強い武器手に入れたり、回復アイテムを多めに持って行ったりな。十分に用意して挑むと意外とあっさりやっつけてしまうんやけど、それで拍子抜けとはならんのよ。そこまでにかかった時間と労力と重圧、その全てが報われた瞬間、この上ない達成感を感じることができるんよな。それがファイナルファンタジー3や。」
「なんや、ちょっとやりたくなってきたな。リメイクあるんやっけ?」
「リメイクはあるけど、やるならオリジナル版をやれ。じゃないと、達成感の質が全然違うぞ。」
「リメイクの方が絵がキレイやんけ。」
「リメイク版を否定するつもりは全くない。リメイクはリメイクでおもろいからな。でも、俺が今喋った熱量はオリジナル版やからこその熱量やぞ。この熱量にあてられてFF3のリメイク版やった場合、あれ?中川が言うほど大変やないやん。って絶対なるで。」
「オリジナルとリメイクでそんなに変わるん。」
「変わる。不便さがだいぶ取り除かれてるわ。」
「ええやん、不便な部分ない方が。」
「ことゲームにおいては、不便さが面白さの鍵になってたりする場合があるんよ。移動が大変やったり、気軽にセーブがでけへんかったり、それって裏を返せば、冒険をしっかり疑似体験できてるってことになれへん?大変な目に合いながらモンスターをやっつけていくって体験が存在してるんよ。親からの無言のプレッシャーもゲームの面白さのスパイスとしては最高やったはずやねん。当時はうっとしくて仕方なかったけどな。限りある時間の中でいかに今日の冒険を進めて終わらせるか。大人になった今ではなかなか体験でけへんで。」
「オリジナルってことはファミコン買えってこと?」
「理想は買った方がええな。ファミコンは床に置いてプレイしろよ。自室じゃなくリビングのテレビでプレイしろよ。家族がいる時にプレイしろよ。娘が蹴り飛ばすかもしれへん。嫁の掃除機が接触してくるかもしれへん。嫁が見たい番組があるかもしれへん。そういうプレッシャーをビシビシ感じながらプレイすることで、最高のFF体験ができるはずや。」
中川がそう言い終えると、しばらく沈黙が流れた。
高橋の中で、葛藤と問答が繰り返されていた。
しばらくの沈黙の後、高橋は問答の末に到着した結論を中川に伝えた。
「そこまでしてFF3やりたいわけちゃうで。」
「そんな気がしてたし、俺もなんでFF3をここまで強めに押したのかがわからんところまで来てたわ。引くに引けん状態になるとこやったわ、ありがとうな。」
「ええで。」
再び沈黙が流れた。
「でも、今の話聞いてたら、仕事とロープレって似てるよな。レベル上げて敵を倒してとか、必要な武器や仲間や道具を準備してボスに挑んだりとかな。仕事に置き換えることもできるもんな。仕事って、不便な環境や状況下で地道に色々準備を進めていきながら会社のみんなで協力しあって成果を上げていくもんやしな。仕事で何か大切なことを忘れそうになったり、つまづいたら、不便なロープレをプレイしてみるってのもアリなんかもな。原点に立ち戻れそうな気もするしな。」
再び沈黙が流れた。
なぜか中川の顔からは表情が消えている。
「あー、なんかFF3やりたくなってきたなー、今日帰りにでもファミコン買って帰ろっかなー。ファミコンって今でも売ってるんかな?とりあえずファミコン探すとこから始めよー。買ったらリビングでお菓子食いながらやろーっと。」
高橋は中川に聞かせるための独り言を放った。
その独り言を聞いた中川はニヤリと笑った。
高橋は知っていた。中川は自分の好きなものを人に勧める性分であることを。
言葉に出さないが、中川は高橋にFF3をプレイさせたい。感想を聞きたい。
引いたように見せて、心の中では「FF3やれや。買えや。プレミア価格であっても買えや。俺に感想聞かせろや。」となっているはず。
期待している感想は「難しかった。」である。
ここでもし高橋がFF3を買うと言わなければ、徐々に説得モードに入る。
ありとあらゆる角度からFF3についてを語ってくる。
黒ひげ危機一髪状態である。
黒ひげが飛び出るまで10本でも100本でも1000本でも剣を刺し続けるのが中川である。
高橋にとって最も厄介な強敵は、ゲームの中ではなく、こじらせている時の中川なのである。
攻略方法については、20年以上に渡って蓄積したデータを応用していくしかない。
応用することである程度の予測は立てることができる。
今回のようなケースはイージーであるが、収穫は大きかった。
今後中川の前でドラクエ3とFF3の話題は禁止。
大きな収穫だ。
禁止事項を踏むことで、中川はとてつもなく面倒くさい饒舌家になる。
話が終わるまで軟禁状態になる。
これまで幾度となく禁止事項を踏み、軟禁を味わったのか数知れない。
クリスタルタワーの攻略がどれほどの物かわからないが、中川を攻略することに比べれば何てことはないだろうと高橋は思った。
今日は饒舌家になる前に食い止めることができたので、さっさと退避するのが吉である。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか。」
「せやな。俺はまだちょっとコーヒー飲んでから帰るわ。」
「わかった、ほなな。」
「FF3やったら、感想聞かせてな。」
予測した通りの行動である。
中川は高橋を熟知していた。
中川の態度が高橋の心にどのような影響を与えるのか。
高橋的には自分のことを熟知したつもりでいるのかもしれない。
しかし、高橋の対中川における行動パターンや心理パターンは既に膨大なデータとして蓄積されている。
今回もまんまとFF3をプレイさせることができそうだ。
と中川が考えていること高橋は予測していた。
そこまで予測した上で、結果として好き勝手に喋らせずに話を終えることができたのだから俺の勝ちだと高橋は思った。
と高橋が思っていることを中川は予測していた。
と、と、と、
∞
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