第15話_栽場有樹(異世界アルバイト生活)

 上空から星々が下の世界へ落ちていく。

 それを見上げながら、俺、栽場有樹はぼやく。


「また新たな戦いの兆し? だったら勘弁して欲しいところだが」


 アルバイト先の裏庭。

 見渡す限りの畑が俺の持ち場。


 俺の固有スキル【超健康】によって、ただのトマトが動き出した『マトマ君』と一緒に、水やりをしている時のことだった。


「栽場君!」

「洋か、どうした?」


 汗を拭い、なんとなく思い当たる予報を待つ。


「僕のスキルに新たな反応があったんだ! よくわかんないけど、緊急事態だよ!」


「お前のスキルに?」


 固有スキル【ウェザーリポート】の天城洋。

 俺の【超健康】と同様、この世界に召喚されるも戦力外通告を受けた16歳。


 もう一人、俺たちと一緒に追い出された奴がいるんだが、そう言えば姿を見せない。

 あいつどこ行ったんだ?


 今日のシフトでは出勤予定だったはずだ。

 まぁ、あいつの能力なら移動は一瞬なんだが……


 それよりも洋が話を聞いて欲しそうに俺の言葉を待っている。あまり待たせても悪いなと思い、促した。


「予報はなんて?」


「晴れ時々邪竜降臨だって」


 意味がわからんぞ。


「なんだそれ」


「僕だってわからないよ!」


「とにかくだ。レオのやつを見つけて作戦会議を開くぞ」


「持主君ならさっきお姫様からの使いが来て出て行ったよ? アルバイトの時間までには戻るって」


「姫様に?」


 俺達は戦争に巻き込まれた先、味方についた国の姫様と親交を深めていた。


 その敵の件でもう一人の男、レオはお姫様から信用されており、何かとお願いを受けているのだ。


 だから今日に限って特別という感じではない。


「さぁ? お城の立地に不備が出たんじゃない? 僕もついていこうか? って聞いたけど一人で平気って言ってた」


 レオの固有スキル【ストレージ】

 たった一つしか物を入れられない代わり、規模のデカさが随一のそれは、なんとこの世界の半分が入っている。


 アルバイト先から友好国、街、景色、ダンジョンに至るまでやりたい放題。


 それを世界地図からカット&ペースト。

 気分次第で付け替えしてしまうのがあいつの能力なんだが……あいつは頭があまり良くないんだ。


 そこで洋のウェザーリポートでこの世界の全体図をデータとして算出し、まるでゲーム感覚に付け替えができるのだ。


 もし、大規模な付け替えをする場合洋の存在は必要不可欠。

 でもそれが必要ないのであれば、大した用ではないのかもしれないな。


「どっちみち、俺たちは後手に回ることしかできんさ。何が起こっても、レオの管轄内に居るうちは平和だ。そうだろ?」


「それもそうなんだけどね。樹果ちゃんはなんか言ってない?」


 樹果。

 旅の道中で妖精により託された次代のマナの大木。

 その化身だ。


 妖精から見れば上位精霊なのだとか。


 その守人の役目を担うハメになった俺をお父さんと呼んでは懐いている。


 お陰でうちの畑はマトマ君以外の下位妖精がわんさか住んでいる。


「特には何も。まだ子供だからな」


「それもそっか。古代遺跡でも遊んでばかりだったしね」


「米の籾種を手に入れた場所な」


 アレのおかげで大陸が浮上して、上層世界と下層世界に分かれてしまった。


 俺たちの住むたちは上層。

 落ちてった流星は下層。


 災が起きるのなら先に下層で起きるのは確実だ。

 

 ただしレオが不用意に扉を開けなければとつく。


 あいつの力は、あいつが思っているより便利で、そして扱い方を間違えれば一転危険な目に遭う。


「どっちにしろ、持主君が帰ってこないことには何もわかんないか」


「だなぁ」


 店に戻ろうとする洋にもぎたてのトマトを手渡し、俺は農作業に戻る。



 そして悪い予感というのは当たるものだ。


「お前ら、新しくこの世界に召喚された奴らを連れてきたぜ!」


「ここが新しい世界か。磯貝君、ここは君の知る世界かい?」


 レオの釣れる相手は白衣を纏い、スカートを履く理系の少女。

 ただし強烈に印象付けるのはその頭部に存在する猫耳か。

 普通に尻尾も生えている。

 アクセサリーにしては真に迫る造形をしている。

 普通に動いているしな。


 獣人か。この国では見ないこともないが、少しばかり系統が違うように思う。


「いやぁ、知りませんねぇ」


 もう一人はエルフ。

 金髪碧眼で、長い耳。


 ただなんというか、この世界にいるエルフに比べて随分と俗っぽい顔立ちだ。


 しかも今、磯貝って言ってなかったか?

 そんな日本風な名前、あり得るのだろうか。


「この二人はお城の庭先で意識不明で倒れていたらしいんだ。それでお姫様から相談を受けてな、引き取ることになったんだ」


 なるほど。洋のウェザーリポートの邪龍とは一切関係なさそうだ。

 しかしレオの管轄内に直接召喚されるなんてありうるのか?


「君ぃ、それでは困るよ。みんなとも分かれてしまったじゃないか」


「お仲間さんをお探しですか?」


「む、君は?」


 猫耳お嬢さんが値踏みするような視線を送ってくる。


「俺は栽場有樹。そこに居るレオと同じく王国から召喚されるも戦力外通告を言い渡された三人のうちの一人って言えば分かりますか?」


「ああ、聞いているよ。なんでも植物の成長を促すのが得意だとか。僕は槍込聖。こう見えて30歳のおじさんだ」


 冗談だろうか?

 それにしては随分と貫禄のある語り口調。


「聖ちゃんの世界ではそういうロールプレイが流行ってんの?」


「事実だが?」


 レオのツッコミに、譲る気はないと槍込さん。

 きっとそれが事実なんだろうなぁ。


「俺は磯貝章。こっちの槍込さんとは終わる世界で出会った。一応異世界への旅行会社を運営してる」


「何かの冗談ですか?」


 一概には信用できない情報のオンパレードだ。


 一人はおじさんと自称する女の子。

 そしてもう一人は日本人のような名前で、異世界を行き来する固有能力を持つエルフ。


「事実なんだよなぁ」


「取り敢えず、ここじゃなんだから洋を交えて作戦会議だ」


「それが良い。俺もちょっと頭がこんがらがってきたぜ」


 そりゃ、理解できないことのオンパレードだもんな。

 それにもし、元の世界に戻れるのなら、返してやりたい奴らも多い。


 けど、すでに失ってしまった命に対してはどう償っていけば良いのか見当もつかない。


「え? 死体があるなら蘇生できるよ」


 そんな懺悔にも似た俺の言葉に、猫耳少女は理解不能の言葉を投げかける。


「え、蘇生できるんですか?」


 脳みそが理解を拒み、一瞬何を言われてるのか理解するのが遅れる。

 俺の【超健康】でも不老くらいだ。

 

 死者相手にはてんで無力。

 それでもすごいと喜んでくれる仲間はいるが……


「僕はこう見えて錬金術師だ。この世界で僕の錬金術師がどこまで通用するかはわからないけど、協力するよ」


「死体は……もう」


 随分と過去の話だ。

 せめて何年か前に戻らないと無理だ。


 現実の残酷さを語る俺を嘲笑うように、もう一人のエルフはこともなげに言う。


「過去に飛ぶことなら可能だぞ? いつまで遡る?」


「え?」


 異世界に転移するだけでもとんでもないのに、未来や過去までいけるという。


 もしかして俺たちは、とんでもない客人を迎え入れてしまったんじゃないか?

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