第16話 帝国の願い(大塚秋生)

「ようこそお越しいただきました、勇者よ。私はこの帝国を預かるアズリエルという者」


 広大な空間、そして豪華な調度品。

 周囲には武装した武人がこちらを注視しており、眼前には値踏みするように僕らを見下ろす権力者が鎮座していた。


 まさか転移を失敗したのか?


 当事者の磯貝さんの姿は見当たらず、見知った顔はよりによって一緒に行動して一番ソリの合わなかったアキカゼさんとリモさんだった。


 貧乏くじどころの話ではない。大ハズレもいいところだ。

 この二人を御することができるのは、リコさんぐらいだろう。


 どちらも自分勝手の権化で、僕のアドバイスに聞く耳を持たないタイプである。


 よりによってなんで僕がこんな貧乏くじを引いてしまうのか。

 運命の神様はきっと僕のことが嫌いなのだろう。


 そして勇者。

 勇者って何? ゲーム的なそういうの?


 あいにくとそういうジャンルに詳しくないのでノーコメントを貫く。


 しかし無言を貫くだけでは事態は進展しない。


 ここでは真っ先に空気を読んだアキカゼさんが行動を起こす。


「これはこれはご丁寧に。私はアキカゼ・ハヤテと申します。以後お見知り置きを」


「アキカゼ・ハヤテ殿か。しかと覚えた。他の方達も名を教えてくれぬか? なんと呼べばいいのかわからぬでは困るでな」


 どこかお願いをしてるようで、それとは別に圧力を感じる。

 僕以外は一切動じないが、自白を誘導する尋問のような圧力を周囲から感じた。


 まるで犯罪者に対する警察官。

 どちらが主導権を握っているのか、立場を教えるような圧力だ。思わず屈してしまいそうになるが、僕以外は涼しい顔で立っている。


「わたくしはリモ。見ての通り獣の特徴を持つ獣人ですわ」


 僕の前ではスライム姿しか見せなかったリモさんが、狐獣人の姿を取る。

 どこから調達したのか、十二単まで纏って。

 意外に似合っているが、あなたの本質はスライムではなかったのか?


 僕だけさっきから挙動不審だ。


 そして二人が名乗ったのに僕だけ名乗らないのは失礼だ。

 しかし本名を名乗るのは怖い。


 後で何をされるかわかったものではないからだ。

 ここはアビスダイバーのコードネームで通すとしよう。


 うっかりアキカゼさんが僕の本名を漏らさないと信じて。


「僕はオーク、ダイバーです。ダンジョンなどに潜って生計を立ててます」


 嘘は言ってない。

 本当のことを話してないだけだ。


「アキカゼ・ハヤテにリモ、オークか。三者とも良くぞわが国に参られた。まずはごゆるりと休んでいただきたいところだが、今は時間がない。早速わが国に起こった異変を解決してくれぬか? 我々も突然のことに困っておるのだ」


 なんともまぁ、こちらに会話の優先権を与えぬトークだ。

 あれよあれよと流されるうちに、断りきれない

状態に持っていくのが狙いだろうか?


 僕だけならば、非常にまずいが、アキカゼさんはある意味で空気を読まないところがあるからなぁ。


「ほぅ、どのようなお困りごとですかな? 私でよければ相談に乗りますよ?」


 えぇ、そこで寧ろ話に乗るの?

 その行動は意外だった。


「わたくしも興味がありますわ」


 リモさんまで、変な演技をしてるし。

 寧ろこっちが素か?

 リコさんといる時だけ演技してる?


 そんなわけないか。

 

「僕も微力ながらお手伝いしますよ」


 こうして僕たちはこの国、バルムンク帝国の食客となるのだった。



 王様、いや帝国だから皇帝か? は話す、突如としてこの世界を覆った闇について。


 平和に暮らしていた帝国に覆い被さる闇。


 人々は魔王の復活を噂し始めており、帝国側で否定しても収拾がつかないのだそうだ。

 

 それを裏付けるように度重なる地殻変動。


 地図のほとんどは意味をなさなくなり、バルムンク帝国は闇の世界に完全に取り残されてしまったと。


 再び光を取り戻すべく世界中を回って原因を探しているが、捜査の手は空回る一方。


 闇のマナが集まり、モンスターも活性化して明日の食事もままならないと──それなりに同情すべき点も多いが、帝国側の話を一方的に飲み込んでしまうのも危うい気がした。


 何せ、知恵を借りるという意味合いでの召喚の儀式。

 帰る手段は一切提示されていない。


 最初から片道通行で、呼んだらその後も何かと面倒を見てもらうき満々の欲張りセットみたいな感覚。


 王様は僕らにフレンドリーに接してくれるが、周囲の騎士の態度が明らかにこちらを舐めている。

 現れたのがおじいさんに子供、女。


 ここに戦力らしい戦力がないから、与するのは容易いとか考えてるんだろうな。


 正直、その考えは甘いという他ない。

 アキカゼさんのペットが暴れ出したら、この国はお終いだ。

 

 それこそ魔王復活が真実味を帯びてくる。

 勇者どころか魔王の手先として今後活動させるのは考えるだけで今から頭が痛い。

 

 はてさて、ここから先僕はどう立ち回るべきだろうか?


 一方的に帝国の話を鵜呑みにするのは危険だと思う一方で、ゴリ押しで世界を壊せる実力を持ってるアキカゼさん。


 リモさんもなーんか怪しいムーブしてるし。

 この一団がやらかさないためにも僕が目を凝らさなきゃだ!



「いやはや、なんとも難しい問題ですな。太陽が欲しいというのであればすぐに代わりのものをご用意できます。しかし欲しいのはそんなまやかしではないと、そういうことなのでしょう?」


「その通りでございます。アキカゼ殿は話が早くて助かりますな。我々が欲しているのは太陽だけにとどまりません。世界はマナを失い、急速に魔法も途絶えつつあります。魔法なき世界で我々が生き延びる術はないでしょう」


「少し宜しいですか?」


 話に割って入るように、挙手するリモさん。


「ああ、リモ殿。何か妙案がおありですかな?」


「人々を苦しみから解放する手立てが一つだけ心当たりがあるのです」


「ほぅ、非常に魅力的な案ではありますが、我々の自由意志を奪うのはあまり望ましくありません」


 皇帝がその提案に何かを察したのか、即座にリモさんの提案を棄却した。


「あら、それは残念ですわ」


「なら私からも一つ。絶海を自由に行き来する能力の付与をご提供できます」


「それは空を渡るものでしょうか?」


「いいえ。海域を地上と同じように渡り歩く手段ですよ」


 とてもにこやかに、恐ろしい提案をするアキカゼさん。


「あらぁ、わたくしの提案も似たようなことができるんですよ。どうです、ここは一つどちらの案がこの帝国の石杖になるか試していただいては?」


 なんだろうか?

 ものすごく嫌な予感がする提案だ。


 帝国に感じる不安感を上回る提案を、身内がする。


 この恐怖を僕以上に表せる人はいないんじゃないだろうか?

 

 まるでどちらが先にこの国を手中に収めるか、競い合ってるかのような不安感が僕の胸中を占めていた。

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