第13話 過去か現在か(磯貝章)

「いやー、しかし」

「びっくりするくらいあっさり進み過ぎて、少し怖いですね」

「本当な」


 出てくるモンスターは全て俺のカウンター転移の餌食になった。頼忠と違って、秋生は俺の欲しい情報をくれる。

 ビジネスパートナーとしても相応しい相棒なのである。

 頼忠も別に悪いやつではないのだが、単純にやれることと能力が俺の求める方向性と違ってただけだ。

 うん、まぁいろんな世界から集められた時点でそういう役割同士がかぶることはままある。


 それはそれとして、俺の立ち回りとして一番欲しいのは情報なのだ。

 この世界の情報。

 切り売りして別の世界の連中が行きたいと思わせる情報があればなおのこと。ここに住んでる人ったちから言わせれば「ふざけるな!」と思うことかもしれない。

 けど、俺はビジネスでここにきてるのよね。


 厳密には違うけど『転んでもタダでは起きない』を信条としてる俺にはタダで仕事するつもりはないのだ。

 金にならなくても、何か一つ。数日留守にして心配をかけた家族にお土産が持ち帰れたらなと思っている。


 そのうちの一つにこの貴金属を選んでたってわけ。

 問題はこれを加工できる相手が現状見つかってないことくらいか。

 正直、莉子ちゃんに頼むとそれ以上の対価を取られそうで怖いんだよな。

 リコちゃんというより、リモちゃんが。

 うちのポチも警戒してるし、別行動で内心ほっとしてるのは俺だけじゃないはずだ。


 それはそれとして、鉱石以外の珍しい宝石を見繕っておく。

 頼忠も、宝箱からいろんな装備を出してくれるが、今はそういうの求めてないんだよな。

 俺のスキルはステータスじゃないし、欲しいやつは欲しがるだろうけど、今は別にいらないって感じ。


「これとか、秋生の世界じゃ珍しいの?」


 鉱石の一つを取り上げて質問する。

 オリハルコンなんて探しに来るくらいだし、詳しい前提で聞いてみたが……


「あいにくと僕は鉱石関係には特に詳しくなくて……ただ、鍛治に覚えのあるリコさんに見せればどういう系統のものかわかるかもしれませんね」

「なるほどな」


 秋生曰く、アビスダイバーに求められるのは鉱石に関する知識ではなく、死地に飛び込む勇気と呪いを恐れない頑強な心。そしてモンスターを打ち倒す絶対的な強さなんだとか。


「そういう意味では僕はアビスダイバー失格なんですけどね」と秋生はこぼす。まるで死刑囚に与えられる任務みたいな資格条件に、この世界の政府もクソだなと苦い顔をする。


「取り敢えず、もう二、三種類持って帰ろうぜ? どんな物にせよ、リコちゃんが何かに変えてくれるはずだ」

「はい、あちらにもう何種類か見慣れないものがありそうです」


 見るからに何かありますよって感じの崖の上。

 周囲には強大なモンスターが徘徊している。

 まさに危険地帯。

 普通であれば……


「しかし、俺の転移ならどんな場所であろうと手元に引き寄せられる!」

「本当、チートな能力ですよね。早速解体にかかります」

「周囲のモンスターは俺が対応しとくよ。ゆっくり取り掛かってくれ」

「本当に、助かります。アキカゼさんだったら、あれもこれもと押し付けられてましたから」

「そういう意味では頼忠と同類かもな。あいつも普段は無害そうな顔してバトルジャンキーなんだよ」


 カンッ、カンッ


「そうは見えないんですが」


 くり抜かれた崖の一部から鉱石だけをくり抜いた秋生がやり遂げた顔で話の腰を折る。


「それを言ったらあの爺さんもだろ。秋生が言うような脳筋には見えないぜ?」

「いやぁ、結構言ってる事デタラメですよ? 息をするように嘘をつくし、正直苦手なタイプです」

「詐欺師にはみえないが?」


 秋生はなんと例えたらいいものかと首を捻り、会話を切り出す。


「なんと言いますか、本人に人を騙す意思はないんですよ。だからってホイホイ言うことを聞いてると、いつの間にか大事な仕事を任されています。口がうまいんでしょうね、ヨイショも上手で、その気にさせるのがうまいんです」

「嫌なら嫌って言っていいんだぞ? 俺たちは一時的に組んでるだけで、一生の付き合いってわけじゃない」

「ははは、いつかは直そうとは思ってるんです。でもなかなか治らなくて……性分みたいなもんです」

「まぁ、俺が意見するのもおかしいか。オリハルコン、見つかるといいな」


 どこか暗い顔で虚空を見上げる秋生に、俺はなんて声をかけるべきか迷った。

 オリハルコンを採掘しに来たらしい秋生。

 話を聞く限りではここら一体に採掘場があるらしい。

 しかし今まで見つけたものはそれとは違うと断言する。


「あいにくと。もっと下層だと思います。景色がまるで違う、もっと背景がどす黒く、まるで瘴気のようなものが漂っていました」

「あー……」


 瘴気と聞いて思い当たる節がある。


「あの、もしかして?」


 秋生の疑うような視線。


「悪い、毒素のあるマップって人気ないんだ。だから意図的に排除させてもらった」

「えぇ……じゃあここって?」

「目的の場所である可能性は高いぞ?」

「えぇ……」


 細かいことを気にするやつだな。

 今からそんなんだと将来ハゲるぞ?

 俺の周囲、主に教員連中はわがままの権化だったからな。

 反面教師みたいな人でも教師になれるんだから、子供が細かいこと気にする必要ないって!


「ともあれ、ここに目当ての鉱石がなければ出るまで付き合うぞ? どうせ帰りは一瞬だ」

「あの、上昇の呪いは?」

「俺は頼忠ともっと奥まで一緒に行動したが、あいつは特に変化なかったぞ?」

「えぇ……」

「俺はそもそも状態異常を無効化するポーションを持ってる。まぁ、扱ってる奴が友達にいてな? リコさんほどのものじゃないが、おおよそはこいつで治る」


 下野に作ってもらったポーションだ。

 異世界アトランザでそこそこの価値を持つ品だが、友達割引で融通してもらったんだよねー。

 そん代わり面倒ごと押し付けられたけど。


「なんというか、別の世界でもポーションてあるんですねー」

「俺は異世界で入手したのを使ってるんだけどな」

「なるほど、現代で手に入れたわけではないと」

「そ。だから俺はこっちの世界に関わる気は無いんだよね。俺の能力ってほら、いろんな人が欲しがるから。出来るだけ動くなら秘密裏に動きたい」

「その方がいいでしょう。なんならオリハルコン採掘にこき使われる未来が見えます」

「もしそんなことしたら、お偉いさんごと異世界に飛ばすけどな」


 そんなことできるのか? という顔。

 できるんだよなぁ、これが。

 俺の転移は大陸規模で異世界への転移が可能なのだ。

 今は細かくピンポイントで細分化


「もしよかったらお前もうちの世界に遊びに来るか?」

「どうして、僕なんか……」

「見てられないんだよね、弱ってるやつを放っておくのって。まぁ、俺の場合は奥さんの受け売りだ」

「ありがとうございます、でも僕は、アビスダイバーとしての責を果たしてから赴きたいです」

「そうだな。過去に背中を向けて逃げるのはお前のやり遂げたいこととは違うか」

「はい、せっかく誘ってくれたのに申し訳ありませんが」

「そう畏るなって、俺の気まぐれだ。あ、先に名刺渡しとくな?」


 会社の電話番号が記載された名刺を差し出す。

 俺の見た目からは想像できないくらいに、日本の様式で秋生は驚いていたな。


「あの、異なる世界でも電話って届くもんなんですか?」

「木村って奴を派遣すれば可能になるな」


 まだ納得してないようだな。

 正直、あの男を秋生に引き合わせるべきか悩む俺もいる。


「磯貝さんの世界ってびっくり人間の巣窟ですか?」

「言い得て妙だが、変なのはそいつくらいだよ。あと桂木」

「その方もお友達で?」

「いや、教師なんだけどさ、異世界で盗賊してるんだ」

「なんでそんな人が先生とかやってるんですか?!」


 信じられないような顔。

 

「それは俺も知らん。今世紀最大の七不思議の一つだよな。ちなみにスキルはマジックバッグ系列なんだけど、拳法と掛け合わせて近接最強の二つ名持ちだ。マジで教師にあるまじき存在だよ。存在自体がバグっていうの?」

「あはは、正直、今でも理解できません」

「実際世界はそんなもんだぞ? いろんな世界を回るとさ、自分の生きていた世界がちっぽけに見えるんだ」

「ですね」


 笑いが取れたことで、少し険がとれた気がする。

 

「ほらポチ、そんなところでマーキングしてないで行くぞ」

「そういえばそれってなんなんです?」


 クソでかい毛玉にリードがついてるのを今更になってツッコミを入れられる。


「え、犬?」

「なんで飼い主が疑問視してるんですか?」

「わんわんって鳴くし、犬かなーって」

「その鳴き声してたら、コボルドも犬って言いそうですよね」


 秋生が毒検知用に召喚してたコボルドを指す。

 緑色の肌に鷲鼻をしたそいつが、秋生に指を差されてわんわん鳴いた。


「名前に猟犬ってついてるし、多分犬だよ」

「フルネームを教えてくださいよ」

「え、ティンダロスの猟犬」

「ヤバい奴だーー!!」


SAN値消失はしなかったが、やたら毛玉を恐れる秋生。

別に噛みついたりしないのに。


「なんでそんな地球外生命隊を普通に散歩してるんですか?」

「こいつと出会ったのは異世界だし、なんなら俺はマスターとして認められちゃってさ」

「マスターってどんな人なんです?」

「イ=スの民って知ってる? どうも俺がそれの子孫だとか言っててさ。何回弁明しても認めてくんねぇの。おかげで時間旅行も堪能できちゃうってわけ」

「それは……悲しい過去も無かったことにできるんですか?」

「お前が納得しても、それ以外の誰かにとってのハッピーエンドかもしれないだろ? お前一人だけが得する過去改変は認めらんねぇな」

「そう、ですよね」

「それに俺が気に入ってんのは今のお前だ。過去をどうにかしてお行儀の良くなったお前じゃねぇ。でも、お前がどうしても過去に飛びたいっていうなら協力するぜ。二度はないがな。あとで戻りたいって言っても聞く気はない。それを前提とするなら送ってやってもいいぜ。まぁ頼むにしろ頼まないにしろ、よく考えることだな」

「はい……」


我ながらクサい事を言ったか?

秋生はより一層深く落ち込みながら採掘業務に打ち込んだ。


自分は知ったこっちゃないとばかりにポチがその場にフンを落とした。

こらこら、始末するのは俺なんだぞ?

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