第11話 思い出の味(大塚秋生)
アキカゼさんと一緒に行動して、いかに自分が役立たずなのか思い知らされる。
いや、わかっていたはずだ。
僕はアキカゼさんに拾われる前、絶体絶命の立場にいた。
それを助けてくれたのがアキカゼさんだ。
僕にできるのは道案内くらい。
でも、この中でそれに甘んじるのはまずい気もした。
「誰か解体やってくれる人いないかなー?」
自分一人だけでは手に余る、とリコさんが手伝いを募集する。
だけど示し合わせたように全員が一斉にそっぽを向いた。
不得意分野である、とその表情が物語っていた。
「僕、やります」
「本当? 助かるよ」
どこか周囲に対して一歩引いてるリコさんが、初めて見せてくる笑顔にドキドキする。
ただ受け取ったナイフの性能があんまりにもあんまりだった。
切れ味が増すのではなく、接触部分を溶かして切り裂く性能。
向ける相手は慎重に選ばないといけない。
指定されたモンスターの解体を任される。
最初こそ、その数に度肝を抜かされたけど性能の良すぎる解体ナイフのおかげで労せずして一匹の解体を終える。
今は夢中になってやれる作業が救いだった。
とにかく僕は悪い方に考えてしまいがちだ。
父親が犯罪を犯した。
犯罪者の子供として迫害された。
一家離散の危機にあった。
原因は僕の婚約者。
僕の家庭の事情を面白おかしく吹聴し、学校での居場所をなくした。
それで僕は思い至る。
犯罪者である父親がいなくなれば、僕たち家族は救われる。
せめて以前までのようになってくれる。
……そう、信じて疑わなかった。
「ふう、これでようやく半分」
結果、僕自身が犯罪者になり、お母さんは僕を捨てた。
父親は生死不明のまま行方不明となり、僕は保護監査施設行きとなる。
その後は、語るまでもない。
犯罪者にのみ送られる赤紙。
アビスダイバーへの資格。
僕はそれに縋るように応募した。
一度は僕の理解者も現れたのだけど、それは僕にとっていまだに心の傷となっている。
ついカッとなって力任せに皮を剥いでしまう。
おかげで他のやつよりズタズタになってしまう。
もう、過去のことを思い出すのはやめよう。
思考を切り替え、今の仕事に集中する。
数時間が過ぎた頃、ようやく指定された数を終えた。
「リコさん、指定された皮剥ぎ終わりました」
「お疲れ様。君も食べるといい」
手渡された缶詰。
磯貝さんが買い込んできた食材にこんなものはなかったはずだけど。
「こちらは?」
「飯句君の能力で出した宝箱のハズレ枠らしい」
「宝箱、ですか?」
「君の世界では出なかったかい?」
「聞いたこともないです」
「僕もさ」
リコさんが笑い、僕も愛想笑いした。
缶詰めのプルタブを開けると、芳しい香り。
付属品のスプーンで掬うと、肉のような部分がスプーンの上でぷるんと震えた。ゼリー状のようで、それとも違う。
鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがゼリーの断面から放たれる。
僕は喉をごくりと鳴らしてそれを飲み込んだ。
まず最初に来たのは極上のフルーツの香り。
ソフトドリンクのような、それでいて高級なレストランで出されるムースのような不思議な記憶が蘇る。
舌の上で溶けてしまったそれをすぐに味わいたくて缶詰めの残りを口に運べば、先ほどとは全く違う味わいが口の中に広がった。
頬を伝う熱に、自分が泣いてるのを自覚する。
あの日、父の犯罪行為によって無くしてしまった思い出。
暖かな家族の中で食べた思い出の味がした。
「泣くほど美味しかったのかい?」
「ええ、僕にとっては」
「そりゃ良かった。飯句君に言えばいくらでもくれると思うよ?」
「いえ、これは僕が僕であるために必要なものですが、たくさんは必要ないです。今回のこの一つだけで、僕は救われましたから」
「よくわからないけど、迷いが消えた瞳をしている。しがらみが吹っ切れたようだね」
「お陰様で」
「ならば、感謝の言葉を並べるついでに後輩の文を何個か貰ってきてくれるかい?」
「リモさんの分ですか?」
アキカゼさんと行動した時、モンスターである彼女はモンスターの肉しか口にしないと聞いた気がする。
けれど、この不思議な缶詰めは問題なく食べれたのだろうか。
それは僕が気にすることではないか。
お使いを頼まれ、感謝も込めて飯句さんに缶詰めの催促をしに行く。
「飯句さん」
「おお、大塚か。どうした?」
「リコさんがおかわりの申請を。後僕からも。美味しかったです」
「そりゃ良かった。普通のでいいか?」
「違うのもあるんですか?」
「あるにはあるが、そっちを食うとノーマルが薄く感じるのでお勧めしない。高級非常食っつーんだが」
「じゃあ、辞めときますね」
「あっさり引くのな。なんか、俺の周りにいないタイプかも。お前」
「磯貝さんはどうだったんですか?」
「あいつかー、迷わず手に取ったぞ? 多分やらずに後悔するより、やって後悔しない方を選ぶ人生を送ってる奴だ。ああ見えて既婚者らしいし」
「え!」
僕は思わず驚きを口に出す。
「だよなー、見えないよな!」
「ちょっと意外でした」
「お前は彼女いんの?」
「いや、婚約者はいたことありますけど……とある事件がきっかけで疎遠になっちゃって」
「俺は居るけど、章が言うにはお財布君扱いされてるんじゃないかって言われてる」
「それは……人の恋愛事情に口出しできるほど僕も経験は多い方ではないですが」
「良いんだよ。俺も急にモテ始めた。だからモテが一体何を指すのかもまるで理解してない。ずっと暗闇の中で彷徨い続けてる。今が最善と信じてな」
飯句さんは見た目の軽率さからは考えられないくらいの闇を抱えているっぽかった。
人は見かけでは判別できない。
僕だけが不幸だなんて思っていたのが間違いだったようだ。
彼の語ってくれた闇は生まれ故のもの。
「+1」と言う一見して優れたスキルのようでいて、それ以外があまりにも役立たずが故、探索者としての道を断念すべき個性。
僕の不幸が薄っぺらく感じるほどの苦渋の日々を送ってきたのだそうだ。
そこで発覚する幼馴染からの勘違いでのダンジョンのお誘い。
女子達から立場による迫害、そしてステータスが低過ぎて倒せずに離れていくレベル。
荷物持ち以外の役割が与えられず、最後には女子の身勝手な行動で分断されてしまった。
飯句さんはもう終わったことのように言うけど、もし僕がこんな目にあったら笑っていられるだろうか?
僕がそこまで心が大きくない。
けど彼は過去を笑い飛ばす。
それが誰にでもできることじゃない。
「そのエピソードは、すごく僕の支えになります」
「大塚も大変な目にあってるんだろうなって気はしてた。でもさ、いつまでも昔のことばっか気にしてたって気が滅入る一方だぞ? 楽しいことを考えようぜ? そうすりゃ向こうから楽しいイベントはやってくるもんさ」
「はい!」
すっかり長話をしてしまった。
缶詰を受け取りに来たのに、単純作業もできないのかとリコさんに怒られてしまうかと思ったら、仕事に熱中してて僕を使いに出してたのも忘れていたみたい。
「ああ、貰えた? じゃあそこ置いといてくれる?」
「順調ですか?」
「こればっかりは出来上がってみないことにはね」
「僕も少し錬金術を齧っていたことはあるんですが」
「付け焼き刃程度の技術じゃお手伝いは頼めないかな?」
「ええ、見ていて何をしてるかさっぱりですし」
「そうだろうね。僕の錬金熟練度は420。駆け出しから見れば天上の存在だ。真似しようと思って、できるものではないよ」
400越え?
僕の世界の最高峰、槍込聖さんでもそこまでは……
そう言えば僕以外はみんな違う世界線からの招待客か。
想像を絶する能力を持っててもおかしくない。
僕だけがこの中で一番役に立たないくらいで……落ち込む瞬間に飯句さんにもらったメッセージを思い出す。
〝暗い過去を思い出すより、明るい未来を想像しろ。そうすりゃ向こうからやってくるはずだ〟
僕はすぐに前を向き、後ろ向きすぎる自信を恥じた。
「それは素晴らしいですね。完成を楽しみにしてます。研究頑張ってくださいね」
「うん、君もあんまり無理し過ぎないように」
あまり周囲を見てないようで、しっかり周りを気にしてる。
こんなに小さい子なのに、僕も負けてられないな。
『アキオさん、ここに居たんですね』
「ルリーエさん。僕に何か用ですか?」
『実はハヤテさんから伝言をいただきまして』
なんだろう?
身構えて聞けば、次の探索は飯句君と組むことになった。
磯貝君が君と組みたがってるので、あまり物同士で仲良くするからよろしくね、と言うものだった。
「わざわざ伝言ありがとうございます」
『いえ、ハヤテさんも気にしてましたので』
「ルリーエさんも、お気をつけください」
『ふふ、僕はこう見えても結構頑丈さが取り柄なんですよ?』
胸を叩く姿は、なんとも誇らしかった。
見た目でこそか弱い……とは程遠いと思ったが、メンタルも強くて驚いている。
その日のうちに休息を取り、翌日は磯貝さんと組んで探索に取り掛かった。
「悪いな、頼忠と組むも、あいつは戦闘特化で探索機能は皆無で、俺の能力を活かしきれなくて」
「転移でしたっけ?」
「そうそう、上に行かなくても空間を切り取って手元に持ってこれるんだが、あいにくとどこに何があるのか判別ができなくてな。でもお前はそれを索敵できる装置を持ってるんだろ?」
磯貝さんは僕にアビスダイバーとしての能力を求めていた。
「それは可能ですが、接敵戦闘はなるべく避ける装置しかありませんよ?」
「ああ、それなら……」
彼は上空で旋回するモンスターを指差し、空中をなぞるだけでそれらは姿を消した。
何をしたのか? 考えるまでもない。
消したのだ。
どこに? 彼の知る世界にだろう。
「それならば必要な戦闘をしなくて済みます。アキカゼさんの場合は、なんと言うかゴリ押しで」
「そういう意味では章と組んでもらった。あいつも脳筋でなぁ。肉は向こうに任せて地質調査といこう」
「はい!」
僕はここに来て初めて頼れる存在と出会った。
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