第3話_大塚秋生(RE:錬金先輩のバズレシピ)
話す相手が見つからずに立ち往生。そんな場所に優しく話しかけてくれたのは、あろう事か一番見てくれで敬遠されがちなルリーエさんだった。
話してみると、意外に反応が可愛らしい方で、聞き上手。
僕もついついここにきた理由、そして失った仲間のことまで話してしまった。
『なるほど、それはお辛い思いをしましたね』
ルリーエさんは会話中、どこからか取り出したこたつに器用に足を折り曲げて入り込み、こたつにくっついて現れたみかんのカゴからむんずと掴み上げたみかんの皮をぺりぺりと剥いて口に入れていた。器用だな。
繊維まで一本一本取り除いてる器用さ。そんな水かきのついたトゲトゲした手でよくそこまで巧みに操れるなと逆に感心してしまうほどに自然体だ。
だからだろうか、さっきから行動にツッコミが追いつかない。
ただでさえツッコミ満載の肉体を持て余しているというのに、やることなすことツッコミ満載だ。誰かツッコミ役! 優秀なツッコミ役はいませんか?
周囲に助けを求めるが、あいにくとここには不在なようだった。
なら突っ込むのは無粋。受け入れるのが正解か。
思えば僕は周囲の感情に流されて生きてきた。
それを改めようとこんな自殺と同意ぎなアビスダイバーとしての生き方を選んだ。ここに入隊した時はいつ死んでもいいと誓っていたのに、あいにくと運命の神様は僕が嫌いらしい。
『あ、僕ったら一人だけ楽しんでしまってすいません。今お茶をご用意しますね』
これまたどこからか取り出した茶器に、同様に突然現れたポットからお湯を注ぐ。ふんふんふーんと、鼻歌を刻みながら淹れられたお茶からは潮の香りがするほどに真っ青なお茶というには無理がある飲み物(?)だった。
『粗茶になります』
「これはご丁寧にどうも」
なんか飲まないと気まずいな。すっごいこっち見てくるし。
見た感じ、不吉極まりない色合いと香りをしてるけど、せっかくだ。
それに僕は、ここに命を捨てにきてるんだ。
これを飲んで体調が悪くなろうと、それも運命。
腹を括って一息に飲み干した。
『わぁ』
「あ、ごめんなさい。そんなに大量に飲むやつじゃなかったですか?」
『いえいえ、僕の味覚って普通の人と違うから、いつも出しても敬遠されちゃうんです。でもハヤテさんは飲んでくれて……アキオさんで二人目です』
すっごい喜ばれてる。こんなことだけでいいんだ。
僕の周りにいた女子ってやっぱり変な子達が多かったんだなって改めて思う。そしてこの子はその中でもとびっきり変だ。
変だけど、反応が可愛いのでついつい興味がそそられる。
それと同時に痛感する。
やっぱりこれ、普通のお茶じゃないんだ。
でも不思議と違和感は感じない。
錬金術で出来上がるポーションに慣れてるからだろうか?
基本的にあれらは味は良くないんだ。
バカ舌だったおかげで好まれるのは想定外。
でもいいか、どうせ僕は表の世界じゃ犯罪者。
アビスダイバーのほとんどは世界中で事件を起こした死刑囚予備軍の連中が多い。死んでもいい命だなんて連中は呼ぶけど、やってることは自殺幇助。それを都合のいい言葉で誤魔化してるだけなんだよね。
【オリハルコン採掘隊】【アビスダイバー】
誰もやりたがらない作業を、立場の弱い者にやらせる。
成功報酬は無罪放免、そして自由な生活だった。
今まで当たり前にできていたことを、認めるだけの成功報酬。
送り出す方は運が良ければオリハルコンが転がり込んでくる。
僕たちだけ一方的に割を喰らう、それがアビスダイバーという役割だった。
だから本当の意味で、僕の仲間に対する意識は低い。
僕も死ぬ気できたからか、死ぬやつは間抜け。またはよくに目が眩んだアホという認識だ。
それでも、四階層まで死なずに降りてきたあの四人とはそれなりに付き合いがあった。
それが巨大な魚の化け物に認知されずに飲まれたのを目の当たりにした時、やっぱりここは人類が至るべき場所じゃないと痛感したのだ。
まるで僕たちを敵と認識しない巨大さ。
ただ口を開けて、適当に泳いでる先に、四層から降下中の仲間がいた。
僕は先行して安全に降りられるルートを確保する立場だったから巻き込まれずに済んだけど、あれを討伐してやろうという気にはなれなかった。
見上げるほどの強大さ。
上に上がれば呪いが降りかかる。
あれを相手にするにはそれこそ死を覚悟しなければならない。
でも僕は、それをしなかった。
逃げたんだ。
失恋した時、彼女の前から逃げて、学校も辞めて。
アルバイトをしながら生活した。
それでも行く先々で特定班が現れては晒された。
向こうは正義を振り翳し、僕は働くことも許されないのかと非常に悔しい思いをする。
そんな時に届いたのがこの赤紙。
アビスダイバー入隊希望書だった。
これに参加するなら、今まで犯した罪は帳消しにされ、成功すれば勝ち組が約束される。
けど、それは口からのでまかせ。
ほとんどがこの地獄の過酷さを知らずにやってきた。
僕だけが知っていた。そこはある意味で僕が一番慣れ親しんだ地獄だったから。
誰が呼んだかアビス。
僕は舞台の中でいちばんの適性を見せていた。
けど、それも脆くも崩れ去る。
五層にたどり着いた人も、無事に帰ってきた人も、公式では一人もいない。成功率0%のミッション。
実は非公式でなら四人該当するんだけど、彼らは政府の仕事を請け負わないので公式扱いされないのだ。
「やぁルリーエ。すっかりその子と仲良くできたみたいだね」
『あ、ハヤテさぁん』
シュタッっとこたつから飛び出ると、秋風さんの元へ駆け寄るルリーエさん。不思議と僕の座ってた場所からこたつと座布団、湯呑みが消えた。
面妖な。僕は今まで彼女にばかされていたのか?
それほどまでに綺麗さっぱり消えていた。
「っと、驚かせてしまったらすまないね。この子は固有結界を持っていて、周囲3メートル内に自分の妄想したものを自由に取り出したりしまったりできる魔法が使えるんだ」
ああ、だから僕から離れた時に全部消えてしまったんだ。
便利なのか不便なのかわからないな。
だが本人は一切困らない。
関わった相手だけが不便になる。
そんなところか。
「なるほど、納得しました。ある意味で僕の変身も同様です。範囲はぐっと狭まって、周囲一メートルですけど、このカードを使って同様の現象を起こすことができますから」
「話が早くて助かるね。私の扱う魔法もそんなところだ。自分の腕の届く範囲内で様々な現象を引き起こす。とは言っても、この魔導書がないとただの足手纏いなんだけどね」
「僕の変身ベルトみたいなもんですか」
「そんな感じ」
ルリーエさんの時も思ったが、この秋風さんも話していて気分が悪くならない人だった。聞き上手で、ついついこちらの事情を話してしまうのだ。
しかしもう一組は、手の内を見せたら利用してきそうなタチの悪さを見せてくる。
「諸君、立ち話は終わったかね? お客さんだ」
「こんな僻地にお客様ですか?」
対応するのは秋風さん。僕だとすぐに話を誘導されてしまう恐れがあるから、危機に徹する。対してこの人なら、百戦錬磨。
なんせルリーエさんに恐れず接することができる唯一の御仁だ。
ルリーエさんの思い出話で、この人になら背中を任せても大丈夫な武勇伝を聞かされ、僕の中でも勝手にすごい人と変換されてしまっている。
「君たちの知り合いかね?」
リコさんは促し、リモさんから投影された映像を僕たちに見せる。
そこにはファンタジーを想像させる金髪碧眼で長い耳を持つ少年と、なぜかウサギを六匹従える少年がこの家の前でどっちが先に入るかで言い争いをしている場面だった。
「ああ、いえ。僕たちはこんな軽装でこの場所に入り込まないので違います」
僕はアビスダイバー専用スーツがいかに高価でモンスターに対処するのに向いているのかを説明する。それ相応の危険を理解してくるのだ。
そこら辺を散歩するような普段着でくるわけがない。
少年たちはまるでここが危険地帯だと知らないかのような立ち振る舞いだった。
「私にこんな若い知り合いはいませんよ」
『僕も知らないですぅ』
「ならおかえり頂くか」
『もしかして、私たち同様に迷い込んだ人たちかもですよ?』
その中でリモさんだけがワクワクした様子。
「なら保護するかぁ? ロック解除。開けゴマ!」
「うわっ勝手に開いた!」
「ふはははー、俺の男漢解除の賜物だな!」
「それ絶対口からでまかせだろ」
「そうとも言う」
映像越しでは見た目も全く違うと言うのに、十年来の親友のような仲睦まじさが投影されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます