第54話 味覚音痴のベリアル
それから一週間が経ち、ベリアルもそこそこ料理が上手くなった……かと思いきや、全く成長していなかった。ユイによるスパルタ式訓練を受けても料理は一切上達していない。それは単にベリアルが味覚音痴というのがあった。
「今日も食事の時間がやってくるのですね……」
恐々とレイナが言った。食事時になるとよく見るいつもの光景だ。この光景は見慣れたが、この後に来るベリアルの料理にはいまだに慣れる気配がしない。一週間、毎日二回も食べ続ければいつかは慣れるものだと思っていた。しかしベリアルの料理は慣れすらも超越してくる恐ろしい料理だった。別に変な材料は置いてないと思うんだけどなぁ……。なぜあんな味になるのか。逆に才能かもしれない。天才と馬鹿は紙一重って言うしな。……ベリアルが馬鹿だって言いたいわけじゃないよ?
キッチンの方からドカンとかバコンとか聞こえてくるのもいつものことだ。その後にユイの怒鳴り声が聞こえてくるのも、いつものことだ。これにも慣れた。その後の恐怖を考えなければ、だが。そして運ばれてくる毒物。今日も味蕾の死亡が確定した。
「……ううっ。これは早急にベリアルの味覚音痴をなんとかする必要がありますね」
「そうだな……。流石にこれが後三週間続くなんて考えられない」
「しかしどうすれば味覚音痴を治せるでしょうか……?」
「そうだなぁ……美味いものと不味いものを交互に食わせて、美味いものの味を覚えてもらうしかないか……?」
「それってそもそも味の違いがわからなかったらおしまいですよね?」
それを言われてしまったらそうだとしか言いようがない。だがやってみないことには何も変わらないのだ。俺がそう伝えると、レイナもアンナも納得した。ちなみにエルンは次の日から来なくなってしまった。おそらく一ヶ月は戻ってこないだろう。レイナもアンナも家に帰ればいいと思うのだが、彼女らはずっとここに居座っていた。この家の暖房で暖まるか不味い飯をやめるかで葛藤した結果、僅差で暖房が勝ったらしい。ずっと泊まり込んでるし、よほど暖房が気に入ったのだろう。てか仕事はしなくていいのか、二人は。
「それじゃあ美味しい料理担当はユイさんで、不味い料理担当はベリアル自身で、食べ比べをしてもらいますか」
そうと決まったらいまだキッチンでユイから指導を受けているベリアルにその話をしに行く。そして夕食はユイとベリアルで初回に作ったカレーを作ってもらうことになった。リビングに戻ってきたレイナとアンナと俺はホッと一息つく。
「これで一先ず美味しいカレーにありつけそうです……」
「ホントだな~。まだ生きてるのが不思議なくらいの地獄だったもんな~この一週間」
ぐだっとカーベットに突っ伏しながら二人は言う。本当に同感だ。ご飯が美味しくないと、いくら他の楽しそうなことを思いついても、一日が盛り上がらないと言うか、楽しみきれない感じが凄い。やっぱり食事は大事よ。そんなことを思いつつ、午後はいつも通りダラダラと過ごし、湯色の時間がやってくるのだった。
***
「おっ、美味しい……」
「これ! これが本物のカレーですよ……っ!」
「はあ~、生き返るな~これ」
俺たちは夕食時にユイのカレーを食べてその美味しさに思わず涙を流していた。ベリアルのカレーも食卓に並んでいるのだが、誰も手をつけようとしない。そりゃそうだろう。しかしそれにベリアルは不服に思ったのか、ムスッとした表情で言った。
「罰ゲームなのだから俺のも食べてもらわなきゃ困るぞ」
それにアンナが視線を逸らして返事をする。
「いや〜もうベリアルのカレーは食べ飽きたと言うか〜」
「罰ゲームだから飽きたもなにもないだろ。てかカレーは最初の一回しか作ってないし」
確かにベリアルはこの一週間色々な料理を試していたが、尽く失敗していた。ステーキすら上手く作れないってどういう事だよ……。神様がイタズラで運命を捻じ曲げたとしか思えない。
「そっ、それよりも、今回はベリアルの味覚を正すのが大事なんだから、そっちをしっかりしてもらわないと困るよ」
「……確かにそうだな。じゃあ食べ比べするか」
そしてベリアルの前にユイのカレーと自身のカレーが並ぶ。最初にユイの方に手を伸ばして――。
「……ん? 本当にこれが美味しいのか?」
キョトンとした表情で首を傾げた。これには俺たちもキョトンだ。唯一、結だけがピキピキと額に青筋を立てて足を組み、人差し指で机をトントンし始めた。
「それはどういう意味ですか?」
「あっ、いや! これは正直な感想なんだが、俺の作ったカレーの方がまだ上手くないか?」
おおっと、これはもしや……。あのカレーを不味いと思って作ってない……? そもそも味覚の基準が大幅にズレてる可能性が出てきたぞ。
「じゃあ自分のカレーも食べてみてくれ」
俺はすぐにベリアルにそう促す。彼は俺の言葉に頷くと自分で作ったカレーを一口パクリと食べて――。
「やっぱりこっちの方が美味い」
そう言ったベリアルにレイナが頭を抱えて叫んだ。
「ああもうっ! そういうことですか! おかしいと思ったんですよ! あんな不味いものを平然と出してくるなんて!」
それに対してベリアルは腕を組んで考えるように言った。
「もしかしてあのリアクションは俺をバカにしたものじゃなくて本気のリアクションだったのか……?」
「そうですよ! てかただのリアクションであそこまでやりませんって!」
そう言われてベリアルはショックを受けたようにヘナヘナと膝をついてしまった。
「あれが本当なら俺はなんてものを作ってたんだ……」
こうして自分の作ってたものが恐ろしいものだったことにようやく気がついたベリアルは、罰ゲームを即刻中止し、こうして我が家に平穏が持ってくるのだった。しかし妹のリンの味覚は正常だったのに、どうしてベリアルはこんな味覚になってしまったのだろうか……。
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