第53話 死屍累々
「さて……誰が一番乗りする?」
俺のその一言で場の空気は緊張感に包まれた。一番乗り。それは勇気のある行動であるが、同時に無謀な行動とも言える。またの名を人柱。生贄とも言う。
「ここは平等に、ジャンケンにしましょうか……」
俺の言葉にレイナがそう提案する。ジャンケンの概念は俺が幾度となくみんなに教えてるから、それなら滞りなく一番乗りを決められるだろう。ちなみにジャンケンを初めて教えた時は朝までジャンケンだけで盛り上がっていた。何が楽しかったのか、今ではよく分からない。そういう深夜テンションってあるよね。
「そうだな〜。それしかないか〜」
「私もそれで賛成です! ……まあ、私が参加すること自体には心底反対なんですけど」
アンナとエルンの同意も得られたので、ジャンケンで一番乗りを決めることに。……え? エルンは参加自体は反対だって? 知らん知らん。おそらく人質が増えることへの賛成は三票だから、多数決でエルンは強制参加となります。異論は認めません。
「じゃあ、行くぞ……!」
高まる緊張感。早くなっていく鼓動。俺は唾を飲み込んで――。
「じゃぁああん、けぇええぇえん、ぽぉおおぉん!」
俺はグー。三人はパー。…………なぜに!? もしかして計られたか!? そう思って三人の表情を見るが、みんなして驚いていたからこれは間違いなく偶然なのだろう。……呪うぞ運命。
「じゃあタケルさんが一番に食べるということで決まりですね」
「ぐぬぬ……仕方がない。食べるよ、食べますよ」
俺は若干不貞腐れながらそう言った。そして居た堪れない表情で突っ立ってジャンケンの様子を見ていたベリアルが、ようやく出番が来たと嬉しそうな表情をしてお皿に毒物を盛り付ける。……なんか嬉しそうなのが腹立つが、最初にこの罰ゲームを提案したのは俺なのだし、間違いなく責任は俺にある。ここは腹を括って食べるしかない。
「タケル。――これが俺の渾身の作だ」
そうドヤ顔で言われ、差し出される毒物。俺は皿を受け取り息を思い切り吸い込み、覚悟を決めると、パクリと一口――。
それからのことは余り記さない方がいいだろう。なぜなら決して人にお見せできるような有様ではなかったからだ。阿鼻叫喚というのが相応しいか。百鬼夜行が通ったってこんな惨状にはなるまい。想像しうる最悪の地獄だって生温い世界を味わった気分だった。
「ベリアルさん」
台風が通り過ぎた後。死屍累々の中でユイが腕を組んで仁王立ちしていた。そして怒鳴るでは無い、しかし煮え滾るような怒りのこもった低い声でベリアルの名を呼んだ。
「は、はい……」
それに項垂れたベリアルが答える。どうやら反省はしているみたいだ。結局、俺だけではなくみんなも一口食べて倒れ伏した。余りの惨状に逆に好奇心を刺激されたらしい。自分ならそこまでならないだろうと高を括って食べて、地獄を見たらしかった。ちなみに俺はそこら辺の過程をあまり知らない。意識が朦朧としてたからな。しゃぁない。
「キッチンも酷い有様。食事も人を殺しかねないレベル。これを一ヶ月も続けるつもりですか?」
「しっ、しかし! これは罰ゲームで決まったことでして……!」
「そうではありません。もっと向上心を持とうとかは思わないんですか? それでも貴方、王族なのですか?」
「はい……すいません……」
正論を言われ、思わず謝るベリアル。まあこればっかりは言われても仕方ないよね。最悪人が死んでてもおかしくなかったんだから。
「それではベリアルさん。今晩の夕食から私が徹底的に指導しますので、覚悟しておくように」
ユイにそう畳み掛けられてしまい、反論できなかったベリアルはガックシと肩を落とすのだった。
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