第47話 怠惰すぎる日常

 冬になった。俺の住む山にもパラパラと雪が降り始め、完全に辺りは新雪に覆われている。その寒さのせいもあり、最近は暖房の効いたリビングでゴロゴロしてばかりいた。家事全般は全てユイに任せてるしな。食料もちゃんと蓄えがあるし、それに加えて素材変換もある。外に出る理由がなかった。そうなっているのは俺だけではなく、レイナたちも同じ感じで──。


「もうこの家から出られる気がしません……」

「ホントだな〜。こんだけ暖かいと家には戻れないよな〜」


 レイナとアンナも俺と同じ部屋でゴロゴロしていた。部屋を暖める魔道具は元々この世界には存在しないらしく、今までは暖炉に薪をくべて暖めていたらしい。しかし部屋の中で薪をくべれば当然二酸化炭素で空気が悪くなるし、細かい調整もできない。それで二人は俺の家に居座り続けているみたいだ。


「二人とも。流石に体を動かさないと鈍るぞ」


 その中でも一人、部屋の中で木剣を振って運動している人がいた。ベリアルである。彼は王族だがもちろんある程度の剣術を学んでいるらしい。ベリアル自身は護身術レベルだと言っていたが、レイナ曰くそこそこ戦えるみたいだった。


「えー、面倒くさいです」

「ベリアルは真面目だな〜。別にちょっとくらいダラダラしてても問題ないだろ〜」


 ベリアルの小言にボソボソと文句を言い出すレイナとアンナ。でも横になりゲームしながら甘味をつまむ姿は流石に怠惰の極み。色々せがまれてチョコレートやらクッキーやらを作ってしまったせいで、余計に二人の怠惰が進んでしまった。


 ちょっと責任感を感じずにはいられない。ゲームを作ったのも甘味を作ったのも、過ごしやすい空間を作ったのも俺だ。それでだらしない体になり何もしなくなったら問題だし、自然に運動に誘える方法を考える必要がありそうだ。


 忠告を跳ね返されたベリアルは呆れたようにため息をつくと言う。


「はあ……。別に二人がどうしようと勝手だが、春になって動けなくなってても助けないからな。俺はちゃんと忠告したからな」

「大丈夫ですよ。明日には本気出しますから」


 なんの危機感も感じてない声音でレイナが言う。それに対してベリアルは呆れたような、悲しいような様子で肩を落とした。


「それ、絶対明日も同じこと言ってるだろ。……ああ、俺が好きだったはずのレイナは何処へ」


 最後、ポツリと小さな声でベリアルは何か言い、レイナはそれを聞き直す。


「何か言いました?」

「いや、何にも」


 しかしベリアルは首を振ってそう言うと、無言で素振りを再開する。しかしこればっかりはベリアルと同意見だ。多少の運動は必要だろう。と言うことで俺は立ち上がると言った。


「スキーをしに行こうか」

「スキーってなんだ〜?」


 俺の言葉にアンナは首を傾げる。この世界にはスキーはないらしい。レイナもベリアルも不思議そうに首を傾げている。俺はとりあえず簡単にみんなに説明する。


「スキーってのは滑る板を両足につけて雪の坂を滑っていくスポーツのことだよ」


 俺が説明するとダラダラしていたレイナやアンナも上体を起こしてこちらを見た。案外食いつきがいい。もちろんベリアルも素振りをやめ、興味ありげにこちらに視線を向ける。


「そんなのがあるんですね。知らなかったです」

「それって雪山を滑る板で下っていくだけなのか〜?」


 アンナの問いに俺は頷き答える。


「ああ、そうだな。ちゃんとスキー板が作れればかなりの速度が出るはずだぞ」


 大学時代、よく中央道を車で走ってみんなでスキー場に行ったものだ。大学内でもスノーボード派とスキー派で分かれたが、うちの大学ではスノーボードは陽キャが好み、スキーは隠キャが好んでいたイメージだ。もちろん俺は隠キャだったので、スキーしかしたことない。親世代が完全にスキー派だったというか、時代的にスノーボードが流行ってなかったはずなので、教わるのはスキーだったしな。


「でも板で滑るだけだろ? そんなに運動になるのか?」


 今度はベリアルがそう尋ねてくる。まあ直滑降するだけならあまり運動にはならないかもしれないが、スキーにはターンという技術があり、それを行うのに体力を使うのだ。俺はそのことをみんなにもわかりやすいように説明していく。


「スキーってのはそのまま真っ直ぐ滑るとめちゃくちゃ速度が出るんだ。それこそ転べば怪我では済まないレベルで」


 まあこの世界の住人は丈夫そうだからな。スキーで転んだ程度で死ぬかと聞かれると少々首を傾げるが。普通に魔物やらなんやらに襲われる方が危険度が高い。しかし直線で滑るだけだとスポーツとして面白くないからな。みんなには是非ともターンを覚えてもらいたいところ。


「そんなに速いんですね。じゃあどうやって速度を調整するんですか?」

「おっ、レイナはいいところに気がつくな。スキーで一番大事なのはその速度を調整する技術で、それをターンって呼ぶんだ」

「ターン、ですか?」

「そうだ。スキー板の底面は周囲の角を鋭くすることによって、体重移動で方向転換ができるようになってるんだが、それをうまく使いこなして斜めに降りながら速度を調整するんだよ」


 俺の説明を聞いたベリアルが納得したように頷く。


「なるほど、体重移動か。それは確かに体幹を使うから、ちゃんと運動になりそうだな」


 流石はベリアルである。俺の説明でちゃんと汲み取ってくれたらしい。


「というわけで、今からみんなのスキー板を作ろうか」


 俺がそう言うと、レイナやアンナも立ち上がり、みんなで地下室に向かうのだった。

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