第43話 労働環境が地獄だったんですが
「これはおいしくない!」
リンがスイーツ店の店長になることが決まってから二週間後。新しく建てたスイーツ店のキッチンで集めた部下たちのスイーツを試食しながらリンはそう叫んだ。
「はっ、はいぃい! 作り直してきます!」
どうやらリンはすごくスパルタらしい。自分はついこの間まで無職だったくせになかなか肝が据わっている。でもそこまでスイーツに魂をかけてくれるならこちらも嬉しい限りだ。
「やあ、リン。調子はどうだい?」
「おお、タケルさん! みんなにも言ってやってくださいよ〜! うめぇもん作りやがれって!」
ゴマをするように寄ってくるリンの頭に俺は思わずチョップを入れる。
「いてっ」
「確かに美味しい方がいいけど、働く人のことも考えないとダメだぞ」
「は〜い。すいません」
テヘッと舌を出して謝ってくるリン。謝る気なんてこれっぽっちも感じないが、一応申し訳ないとは思ったのかスイーツを作っている部下たちに声を掛ける。
「みんな〜、一旦休憩にしていいぞ〜」
その指示を聞いた部下たちは切り詰めていた表情を一斉に表情を明るくすると両手を上げ始めた。
「やったぁ! ようやく休める!」
「二十時間耐久スイーツ作りなんてもう嫌だ!」
「ありがとう、叡智の大賢者様!」
……なんてブラックなんだ。確かにスイーツ屋のパティシエってハードスケジュールだと聞いたことがあったが、流石にここまでブラックな職場はなかなかないだろう。二十時間耐久とか普通に死んじゃうって。
俺がジト目でリンの方を見ると彼女は視線を逸らして口笛を吹いた。
「流石にやり過ぎは良くないぞ」
「ええぇ〜、でもぉ〜、タケルさんのスイーツにはまだまだ及ばないしぃ〜」
……俺のせいか? 俺のせいなのか? 確かにみんなの練度が俺に達していないのは分かるが、そのレベルをいきなり強要するのは無理だというものだろう。
「というわけで! 後でタケルさんのスイーツ講座をしてもらおう! それがいい!」
リンはそう叫ぶと納得したように頷く。
「勝手に自己完結するな。誰もやるなんて言ってないだろ」
「え? じゃあやっぱり二十時間耐久スイーツ作りを……」
「ああもう! 分かった、分かりました! スイーツ講座でも何でもしてやるから!」
「やったぁ! タケルさんのスイーツ食べ放題きたぁあああ!」
絶対それが一番の目的だろ。思わず呆れた視線を投げかけてしまうが、彼女は意に介していないようだった。
「それで。オープンはいつ頃なんだ?」
「う〜ん、すぐにしたいんだけど、やっぱり味に満足できないんだよね」
俺が尋ねると悩むようにリンは言った。どうやら彼女が味に満足できていないのは本当らしい。こだわりがあるのは良いことだが、やっぱりこだわりすぎるのも身が持たなくなる。
「そうか……。それじゃあ、やっぱり俺が何とかするしかないか」
「おおっ! タケルさんが何とかしてくれるの!? 助かる〜! これで私はオープンまでは働かなくて済むな!」
……うん、やっぱりこだわりは大事だな。俺はもう一度彼女の頭をチョップするとこう言うのだった。
「もちろん、リンは強制参加な。てかリンだけは二十時間耐久スイーツ作りしてもいいかもな」
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