第42話 ベリアルの妹リン

「働きたくないでござる〜」


 肩肘を立てて寝転がり、片手でコントローラーをポチポチしながら、もう片方の手で背中をポリポリかいている少女はそう言った。どうやらこの子がリンみたいだが……マジのニート気質の少女だった。


「妹よ、お前はそろそろ働け! てかこの城から出てけ!」

「私は王女やぞ! ゲームをしながらくっちゃねして生きていくんだ! 悪いか!」


 どうやらベリアル君の妹らしい。王族って変な人しかいないのか……? しかもベリアルの正論に逆ギレしてるし。


「……でもみんなも働いてなくない?」


 そこで俺はふと思ったことが口から溢れてしまった。一斉に気まずそうに視線を逸らすベリアルたち。リンはその言葉に水を得た魚のようにキラキラした目で振り返ってきた。


「え、マジ!? みんなも働いてないの!?」

「いえ、働いてますよ! まあ、うん、多少はというか、一日一時間ほどですが……」


 レイナはその言葉に反論しようとして、段々と声が小さくなっていく。ごめんな、レイナ。思わず口を滑らせちゃったよ。


「ふっふ〜ん、やっぱりみんな働いてないんじゃん。じゃあ私も働かなくていいね」

「……妹よ、甘いものが好きだったろう?」

「兄よ、確かに私は甘いものが好きだ。しかしそれがどうした?」


 何者にも心動かされん、という強い意志を感じるリンに、ベリアルはとうとう本題を突きつけた。


「ここにめちゃくちゃ美味しい甘味、パフェというものがあるのだが」

「ぱふぇ?」


 ようやくコントローラーから手を離し、こちらに振り返るリン。その視界に俺の作った最上級パフェが入る。


「な、なにそれ……。めちゃくちゃ美味しそうなんですけど」

「ふははっ! これこそが最上級パフェだ! しかもあの『叡智の大賢者』お手製のな!」


 最後の謳い文句はいらなかった気がするが、ともかくそれを聞いたリンはギリッと奥歯を噛み締める。


「私に何をご所望か! 汚らわしい!」

「何もせんわ! ともかくこれを食べたければ——」

「食べたければ?」

「働け、妹よ! このパフェを世界に広めるべく、スイーツ屋を開くのだ!」


 ガガーン! と背後に雷が響いたような気がするほどリンはショックを受けていた。それから悩むように目を瞑る。


「働きたくはない……。しかしそのぱふぇとやらはとても美味しそうだ……」

「そうだろう、そうだろう? これはとても美味しくてな。レイナ言ってやれ!」

「はい! このパフェはとろけるように甘く、舌触りも濃厚です! 口に入れた瞬間、ここが天国だと勘違いしてしまうほどでした!」


 ガリッと奥歯を噛むリン。おお、効いてる効いてる。


「私も食べたけど、凄かったぞ〜。うん、これを毎日食べられたら幸せだと思うぞ〜」

「うっ、あの美食家アンナさんまで唸らせるとは……」


 え? アンナって美食家だったの? そう思って彼女に視線を投げかけると答えが返ってきた。


「あ、私は別に美食家じゃないぞ〜。美味しいと思えるものが少なすぎるだけで〜」


 それは美食家なのでは? いや、食にこだわりがなさすぎるだけか?

 ともかくリンの心はもう少しで動かせそうだし……ここは最後の一押しを手伝ってやるか。


「まあ気になるなら、食べなくても匂いだけ嗅いでみるってのはどうだ?」

「ああ、確かにそれは有り! ちょっと匂い成分だけ摂取させてよ!」


 匂いだけで済むとは思えないがな。俺の提案を聞いたベリアル君がめちゃくちゃ悪い顔をしてリンに近づく。終わったな、リン。悪いけどスイーツのために一生働いてもらうぞ。


「ほら、匂いを嗅いでみな」

「スンスン。——な、なにこれ!? 美味しそうすぎるんですけど! え、マジで、これがお預けなの!?」


 悲痛な叫びが王城の一室に響き渡る。匂いを嗅いでしまったリンの目はギラギラしているし、お腹もぎゅうっと鳴り始める。


「たっ、食べたい……」

「よし、わかった。それじゃあ一口だけなら許してやろう」

「許してやるってのは?」

「一口だけなら働く約束しなくてもいいってことだな」


 うわぁ、ベリアル君が黒い、黒いよ。一度食べて止まれるはずがないことをわかってるはずなのに。


「本当にいいのか?」

「ああ、構わん」


 そしてスプーンを手に取ると、リンはパフェを口に運んだ。瞬間、ガツンと頭を殴られたようにぶっ倒れた。


「大丈夫か、リン!」


 慌てて俺は駆け寄るが、彼女は幸せそうな表情をしている。それを見た瞬間、俺は大丈夫だと悟る。彼女はカッと目を見開くと、


「働けばいいんだろ! ああ、働いてやるよ、このパフェを食べるためにな!」


 そう叫びながら一生懸命幸せそうにパフェを食べ始めるのだった。

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