第39話 映画上映開始です

──アイザック視点──


 俺はしがない底辺冒険者のアイザックだ。どうやら一週間後、俺の住む街アリーモフに新しい建物が建つらしい。詳しくは知らないのだが、ゲームとやらを作り出した『叡智の大賢者』が作ったものらしい。


「ハンッ! 要するにそいつのせいでゲームが流行って冒険者の数が減ったんだろう? そんなやつ作るものなんて信用できるか!」


 バーのマスターからその話を聞いて、俺は憤るようにそう言った。しかしマスターは苦笑いをして彼を擁護する。


「まあまあ、今回のは決まった時間しか拘束されないらしいから、問題ないと思うぞ」

「問題ある。どうせ碌なもんじゃないんだ。可愛かった女冒険者のルミネちゃんもゲームにハマって転職しちゃうしさぁ!」

「そっちが本音だろ、どうせ」


 呆れたように言ってくるマスターに俺は怒りを隠せない。確かにルミネちゃんのことは可愛いと思っていたし、もっと仲良くなりたいと思っていたし、あわよくば付き合いたいとも思っていた。でも別に彼女が冒険者を辞めて、安全な職業に転職して、会話できなくなってしまったことが、ゲーム嫌いの根本の原因ではないのだ。うん、ないったらない。


「ともかく、今回のはやばいらしいぞ。すでに建っている街で過ごしていた奴に話を聞いたんだが、メチャクチャ興奮してたぞ。まあ興奮しすぎて何言ってるか分からなかったが」


 そうなのか……。俄かに信じがたいがそこまで言われたらちょっと気になってしまう。でもどうせまたくだらないものなんだ、きっと。どうくだらないか分からないが。あんな『叡智の大賢者』なんて呼ばれてるやつが作るものなんてそんな凄いわけない。


「まあともかく、一度見てみて感想を教えてくれよ。どうせ俺も見に行くだろうがな」

「はあ、分かったよ。いったん見にいけばいいんだろ? 見てからバカにしてやるさ。ゲームもやったことないが、どうせくだらないものなんだから、話すこともないと思うがな」


 俺はそう言ってそのバーを後にした。そして新しい建物、映画館とやらが建つ一週間後に俺は渋々そこに向かうのだった。



+++



「おい! ヤバかったぞ! 映画というものは素晴らしいな!」


 映画館に行ったその日の夜、俺はバーに行ってマスターに興奮したように話した。マスターは生温かい目でこちらを見てくると言った。


「どうせくだらないものだと言ってたのにな」

「ああ、それは訂正する! あれは間違いなくこの世で一番最高な時間を提供してくれるものだ! 俺はあれを見て子供の頃に英雄譚を聞いた時を思い出したよ! いや、それ以上の体験かもしれないが!」


 映画というものは素晴らしかった。ド派手なアクション、ストーリーの感動要素、封建のワクワク感。子供の頃に夢見て憧れた冒険者という職業がそこにあった。あれこそが理想の冒険者だ。今のルーティンみたいなお金のためだけにやる底辺冒険者の仕事とはわけが違う。


「メチャクチャハマってるじゃねぇか」


 マスターに呆れたように言われたが、あれは体験してみたものにしか分からない興奮なのだ。マスターにはまだ分かるまい。


「そんなことより。俺は明日、ギルドで仲間を集めて旅に出るぞ。パーティーを集めて冒険する。これこそが冒険者だったと思い知らされたからな」

「……そうか、それなら勝手にしろ」


 そして俺はマスターに散々語り尽くした後、次の日の夕方、ギルドで仲間を募集しようとした……が、すでにギルドでは映画に感化された人たちによるパーティー募集に溢れかえっていた。ちなみにその中にルミネちゃんもいて、彼女も映画に感化されてパーティーメンバーを募集してるみたいだったので、勇気を出して誘ってみたが簡単に断られてしまうのだった。

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