第32話 精霊化したら驚かれました

「誰、この人?」


 会議室から出てきたカイトは、腰が抜けてへたり込んでる爺さんを見て不思議そうに首を傾げる。その問いに爺さんは元気よくバッと立ち上がると胸を張って言った。


「儂こそが本物の『叡智の大賢者』アルバス・パブリックだ! こっちの偽物とは違う、本物のな!」

「…………はあ」


 アルバスと名乗った爺さんの言葉に呆れたような視線を向けるカイト。そんな視線を向けられ、アルバスはグヌヌと歯噛みをするが、ハッと思い出して俺に詰め寄ると大声で聞いてきた。


「そういえばお主、なぜ精霊が見れる!? それに精霊王は復活していたのか!?」

「ええと……精霊王は確か最近復活していたと言っていたような……。なぜ精霊が観れるのかは知らんけど」

「そうなのか! おおっ、それは良かった!」


 俺の言葉を聞いて嬉しそうにするアルバス。しかし彼の思っている精霊王と俺の知っている精霊王は多分違う人なんじゃないかなぁ……? 俺がこの世界にきてから進化したって言っていたし。


 ちなみに俺らの側でその話を聞いていた学会の連中はヒソヒソと興奮した様子で話し始めている。


「おい、精霊王と知り合いらしいぞ……!」

「いいなぁ! 私も精霊王と知り合いたい!」

「大賢者様は精霊魔法もつかえるのだろうか……?」


 そのヒソヒソ話を耳に挟んだアルバスは、思いついたように声をあげて再び俺に詰め寄った。


「そういえばそうだ! お主、精霊王に会ったのなら精霊魔法も使えるはずだ!」

「ああ、うん。多分使える」


 使ったことはないけど。全属性の魔法パックだからな。精霊魔法くらいは入っているだろう。そう思い、俺は精霊魔法の発動方法を全知全能で調べてみる。そして面白そうなのをチョイスし、試しに使ってみると——。


「おおっ、なんてことだ! これは精霊魔法レベル10で使えるようになる魔法! 『精霊化』じゃないか!」


 興奮したようにアルバスが言う。俺が選んだ魔法は『精霊化』という魔法で、己自身を精霊の姿にする魔法だ。トキをイメージした感じに擬態してみている。見た目はただの大きめの犬だが、ちゃんと精霊になっているみたいだ。しかしこの擬態では精霊でもあるにも関わらず、他の人から見えるみたいだ。現に——。


「きゃあ! めちゃくちゃ可愛いんですけど!」


 そう言ってアルバスを追いかけてきていた受付嬢が俺をモフり始めた。——って、ちょ、ちょい待って! そんな思い切り抱きついてくるんじゃない!


 俺は慌てて逃げ出そうとするが、受付嬢にガッツリホールドされていて逃げ出せない。なんだこの受付嬢、とんでもなく怪力なんだけど。


 そんな俺の元にアルバスの周囲でふわふわ浮いていた精霊が寄ってきて言った。


『犬の姿になって美少女に抱きつかれて喜んでいるおっさんの図』

『喜ぶどころか、思い切り抱きしめられてるせいで苦しいんですけど! てかいきなり何を言い出すんだ!』


 どうやらその精霊の言葉は他の人には聞こえてないらしかった。俺の言葉も自動的に精霊語になっていたのか、同様他の人たちには聞こえていないみたいだ。


『ぷ〜くすくす! 精霊王様を取り込んだ罰ね!』

『別に取り込んだつもりはないんだけど。まあ精霊化の時に犬の姿を選んだのは俺のせいかもしれないけどさ……』


 あざ笑うように言った精霊はそのままプカプカとアルバスの元に戻っていく。なんだったんだあの精霊……。


「しかし精霊化までできるとは。流石は大賢者様だ……」

「ああ、正直ここまでとは思ってもいなかった……」


 抱きしめられている俺を傍目に学会の重役たちがそう言い始めた。それにアルバスが食ってかかる。


「だからぁ! 叡智の大賢者はこの儂だ! 確かにこの若造の凄さは多少は認めなければならないかもしれないがな! しかしどう頑張っても、儂にはまだまだ追いつけないのだ!」


 そう言いながらも、アルバスの頬を一筋の汗が垂れていくのを俺は見逃さなかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る