第31話 叡智の大賢者を名乗る爺さん

「なるほど、ここをこうすれば……おおっ、できたぞ!」


 俺は学会の重鎮たちになぜかゲームのテクニックを伝授していた。もういい歳した人ばかりなのに、少年のように楽しそうにはしゃぎ回っている。……って、そういえば一人ちゃんとした少年がいたな。


「てかカイトってその見た目で学会の学会長なんて凄いな。しかも『氷結の魔法使い』なんて呼ばれてるんだろ? とんでもない才能に溢れてるんだなぁ」


 カイトに一対一でコンボの方法を教えながら俺はぽつりとそう言った。だが言った途端、周囲の空気が凍りつく。その中で当の本人のカイトだけはニコニコと笑みを浮かべていた。


 ……なんか地雷、踏み抜いちゃった? そう思うと、心なしかカイトの笑顔も引き攣っているように感じる。


 そんな空気の中、皆はぎこちなくゲームの練習を再開する。え、やっぱり触れちゃいけない話題だった感じ?


 恐々としながらカイトとゲームを再開するが、やっぱり心なしかプレイが攻撃的になってる気がする! 絶対怒らせちゃったやつだよ、これ! いきなり覚醒したカイトにフルボッコにされた俺は、その後すぐにアンナに引きずられて外に出た。


「あ〜、ごめんな〜、タケルさん。カイトの見た目の話は厳禁なんだ」

「どうしてだ?」

「いやね〜、あれでももう三十四歳なんだよ〜。それでも見た目が成長しなくて、それを凄くコンプレックスに感じてるみたいなんだ〜」


 さ、三十四歳!? じゃあ俺と二歳差くらいしかないじゃないか! それであの幼さは確かにコンプレックスに感じてもおかしくはないか……。だって知らない人に『ボク? 真夜中にお酒を飲んじゃダメだよ?』とか三十四歳にもなって言われたら誰だってトラウマになるだろうし。


「だから見た目のことは触れないであげて欲しいかな〜」

「ああ、それは了解した。しかし俺は一体いつまで彼らにゲームを——」


 そう言いかけた時、一階のロビーの方から怒声がこっちまで聞こえてきた。


「儂こそが本物の叡智の大賢者だと言っておるだろう! なぜ誰も信じてくれないのだ!」


 ……おおっと、やはり思っていた通り、本物の大賢者が現れてしまった。確かに俺は偽物だ。いつ本物が現れて怒鳴りにきてもおかしくはないと思っていたのだ。勝手に祭り上げられているだけだからな。俺はこの称号は彼に返上して山の中のマイハウスに戻るとするか。


 そう思いアンナの方を見ると、なぜか彼女はやれやれと呆れたように首を振っていた。


「最近、こういう連中が多いんだよね〜。俺こそが、私こそが本物の叡智の大賢者だと言ってくる人がね〜」

「そ、そうなのか……」

「まあ大体証明しろって言ったら、何もできずにスゴスゴと帰っていくんだけどね〜」


 確かに今まで俺は表に出てこなかったからな。いくらでも叡智の大賢者だと偽ることは可能なのか。う〜ん、俺の代わりになってくれる人はいないものか……。そう思っていたが、どうやら今回の人はかなり強引らしく——。


「あっ、ちょっと止まってください!」


 受付嬢にそう呼び止められているのも関係なしにどうやら奥に進んできているらしかった。その話し声と足音は徐々に近づいてきていて、三階の会議室の前までやってきた。


「むっ! そこを退け! 儂は叡智の大賢者の名を勝手に使っている奴に用があるのだ!」


 そうして目の前までやってきたのはボロボロの古めかしい衣装を着た爺さんだった。周囲にプカプカと光の球体が浮かんでいるが、あれは精霊だろうか? もし精霊を従えているのなら、本当に彼は叡智の大賢者なのではないだろうか?


「だから、退けと言っているだろう!」


 そう言って爺さんが手を出してこようとしたところ、なぜか浮いていた精霊が間に割って入ってきた。


「……なっ!? アルルが止めに入るだと!? そんな馬鹿な!?」


 そのことが意外だったのか、爺さんは腰が抜けそうなほどビックリしていた。もう歳なんだからそこまで驚くと本当に腰が抜けてしまいそうで心配だ。


「ええと……」


 事情が全然飲み込めない受付嬢が困惑の声を上げると、爺さんはコホンと小さく咳払いをして口を開いた。


「お主、何者だ……?」

「何者とかでもないと思うんだけど……」

「そんなわけあるまい。気まぐれな精霊が他人を庇うなんて、基本精霊王くらいなものだぞ」

「ああ、精霊王とは知り合いというか、友達というか……」

「な、なな、なななな、なんだと!? 精霊王と友達だと! というか、精霊王は復活していたのか!?」


 俺が遠慮がちに言うと、さらに爺さんは驚いた。というか、今度こそ驚きすぎて腰が抜けていた。


「……大丈夫か? 爺さん」


 俺はそう言って手を差し伸べて、彼を引っ張ってあげる。なんとか爺さんが立ち上がると同時に、ようやく外の騒ぎを聞きつけた学会の重鎮たちがゾロゾロと様子を覗きにくるのだった。

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