第8話 レイナ視点・その1
――レイナ視点――
「お~い、レイナいるか~?」
カイアナ山脈から帰ってきて一週間。何とか生きていたことを証明し冒険者カードのはく奪は免れたが、タケルさんから貰ったゲーム機とやらにすっかりハマってしまい、引きこもりになっていた。
いつも通り家にこもってゲームをしていると、玄関のほうからそんな声が聞こえてきた。その声に思わずゲッと口元を引き攣らせる。居留守をしようと黙っていたが、勝手にそいつは玄関の扉を開けると家の中にズカズカと入り込んできた。
私はS級冒険者だ。この家も最高級の防犯をしており、周囲の結界はタケルさんのものよりも劣るが、少なくともこの国にはそれを破れる人はいないだろう。
しかしそれでもその声の持ち主が入ってこれたのは、偏にその結界を張った本人だからである。アルカイア王国お抱えの筆頭宮廷魔法使いアンナは魔法の腕は確かなのだが、好奇心が旺盛すぎていつも私はそれに振り回されていた。
「レイナ、いるんだろ~。――ほら、やっぱりいるじゃないか~」
そう言いながらアンナは私のいるリビングにやってきた。逃げる間もなかった。
「はあ……アンナ、勝手に玄関を開けて入ってこないで欲しいのですけど」
「いいじゃんか、私たちの仲だろ~」
小さな体に大きすぎる三角棒を被り、身の丈ほどある杖をいつも持っている。目は普段から死んでいて表情も乏しい。もっと表情が豊かになれば美少女と呼ばれるようになるのだろうけど、本人にとって魔法以外のことはどうでもいいらしい。
長い金髪は腰よりも下まで伸び、鬱陶しくないのかといつも思うのだが、髪を切るのすらも面倒らしいのだから、生粋の横着な性格だった。そんな常に王城の研究室に閉じこもっているような彼女が私の元にわざわざ出てきたのだから、絶対に何か面倒事だろう。そこまで思考しため息が漏れた。
「なんだよ、面倒くさそうなため息を吐いてさ~。まあ面倒事なのは間違いないけどさ~」
そう言いながらアンナは部屋の中をキョロキョロと見渡していたが、ふと一点で視線が止まる。なんだろうと思って視線の先を追ってみると、そこにはゲーム機があった。
あっ、しまった。そう思うよりも先にアンナはものすごい勢いで食いついてきた。
「なんだその面白そうな魔道具は!? 私にも見せてくれよ~!」
「嫌です。これは私が貰ったものなんですから」
そう言うが、次の瞬間にはアンナの手の中にゲーム機が転移していた。魔法を使われたらしい。
「あっ! 卑怯ですよ、アンナ!」
「ふむふむ、なんだこの精密な魔道具は。神にでも貰ったのか?」
酷く真剣そうな表情でアンナが尋ねてきた。
「いや、神ではないと思いますけど……」
「そうか~。そういえばレイナは先日、カイアナ山脈に行っていたらしいじゃないか~」
アンナの言葉に私は頷く。もしかしてアンナはタケルさんの存在に気が付いているのだろうか? わざわざ私の家に来たのも、そのことを聞くためだったり……?
「私の作った地脈地図につい一か月ほど前から異常が見られているんだ~。どうやらカイアナ山脈を中心に魔素のわずかな変質が見られるんだが、レイナは何か知らないかな~?」
疑うような視線を向けてアンナは聞いてきた。私は震える声で質問する。
「その変質って一体……?」
「ああ、別に悪いことじゃないよ~。普通の人間には関係のない程度の変質さ」
その言葉に思わず安堵のため息をついてしまう。それを見たアンナはやっぱりといった風に頷くと、もう一度聞いてきた。
「やっぱりレイナ。何か知ってるんだろ~? カイアナ山脈で何に出会った?」
「い、いや、普通のおじさんですよ?」
言っていることは間違ってない……はず。普通かどうかはいまいちなところだが、ぱっと見は普通のおじさんで間違いないだろう。
「そうか。そのおじさんの居場所は?」
「それはちょっと……」
タケルさんはあまり注目を浴びたくないタイプだろうし、居場所まで教えてしまうのは義理に反する。だから言い淀んでいるとアンナは諦めたように頷いた。
「まあそこまで教えてくれるとは思ってなかったさ。ともかく、この魔道具は借りていくよ~」
「あっ、貸すだなんてまだ誰も!」
「すぐに返すから安心しなって~。ただ安全かどうかだけ確認するだけさ」
タケルさんのことだから安全じゃないってことはないと思うが、確かに私一人では魔道具の良し悪しなんて判断できない。いったんアンナに見てもらうのも仕方がないかと思い直す。
「絶対に返してくださいね」
「安全だったらね~」
そう言ってアンナはゲーム機を持って王城に帰っていった。ゲーム機を失った私はやることがなくなったので、仕方なく依頼をこなしにギルドに向かうのだった。
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