第4話 禁忌禁術

「ニア!ギィ!いるんだろう!開けろ!」


 ダン、とドーム型の天井が鳴った。乱雑に叩かれたのだろうと分かり、俺は思わず首を竦める。


「誰だい」


 臆する事なく、青年が天井に向かって声をあげた。


「その声はギィだな?」

「だったら何だってんだ?」

「こちらはエルエ自警団だ。魔法を使えるなどと発言した者を、ニアが連れ去ったと報告があってな」

「残念ながら、ニアはまだ帰ってきてないぜ」

「しゃあしゃあと……なら今すぐこの家の中をあらためさせろ」

「嫌なこった。地図描きの家に踏み入ろうってんなら、それなりの所から書類でもとってから来やがれ」


 飄々と言ってのける青年。天井からの声は悔しそうにしつつ「分かったよ」と言葉を返し、わざとらしいため息を吐く。


「すぐに区王の証書を持ってくる。それまでこの家は包囲させてもらうからな」

「どうぞ、ご勝手に」


 会話の内容の半分程度しか理解が及ばないが、とにかく自警団がこれからこの家を包囲する、という事だけは把握できた。

 俺は思わず小声で目の前の少女に問いかける。


「あ、あのさ。魔法が使えるのって、悪い事なのか……?」

「当たり前じゃない」


 ニアはニヤリと笑っていた。それは当然の常識、とでも言いたげな口調だが、表情はあからさまに面白がっている。


「【魔法】はこの世の法則から大きく外れた存在よ。人の歴史に登場する度に災厄を起こし、人の営みを乱し、多くの人を殺してきたんだから、忌み嫌われるのも当然ね」

「ま、マジか……。なら魔法使いなんて……」

「魔法使いは、見つけ次第即投獄対象。最悪の場合は処刑も有り得るわ。疑わしきでも罰するんだから、この世で『自分は魔法が使えます』なんて発言するのは、貴方か自殺志願者くらいのものね」


 そんな事ってあるかよ。

 よくあるファンタジーなら、魔法は素養がある人なら誰でも使えて、何なら魔法学校的な学園生活を送る話だってあるじゃないか。

 まさか魔法は存在するのに、それ自体が禁忌だとは思いもしなかった。俺が恨めしげにリコリスの名前を呼ぶと、奴は「え?何?」と全く悪びれもせずに答えた。


「別に魔法自体は悪い物じゃないよ。かつて魔法を使えるようになった『ヒト』のせいで、こんな扱いを受けてるだけなんだから」

「だとしても、一言教えてくれよ!?」

「いやぁ、教える義理もないでしょ」


 親切なのか不親切なのかどっちなんだコイツは。諦めてガクリと肩を落とすと、ニアはまあまあと俺の背中を叩いた。


「良いじゃん別に。捕まらなきゃ良い話なんだしさ」

「そんな楽観的な……。……というか、それならどうしてニアは【魔法使い】を探してたんだ?」


 街の施設から放り出された彼女に、男が「いい加減突き出すぞ」と怒鳴っていたことを思い出す。魔法使いや魔法が、もはや処刑されるレベルの犯罪扱いなら、それを探すことにもかなりリスクはあるはずだ。そもそも名乗り出てくる者がいるとも思えない。それを押してなお、何故彼女は多額の報酬を用意してまで探していたのか。

 ニアは俺の問いかけを聞くなり、その笑みをこと更に強くした。


「私が【地図描き】だからよ」

「いや……答えになってないぞ。そもそもその地図描きって何なんだよ?」


 今度は、天井を眺めたままの青年が口を開いた。


「【地図描き】ってのは、この世界を探索し、魔物を倒し、人類の生存区域を広げる為に活動している人間の事だ。国ごとに十数人いてな、ある程度優遇されてる奴なのさ」

「え、寧ろ十数人しかいないのか?……ってことは何だ、……ニアは割とすごい人だったりする?」

「割とじゃなくて、とっても!」


 胸を張られても困る。俺は苦笑いを浮かべつつ、また問いを投げた。


「でも、それがどうして魔法使いを探すことに繋がるんだ?」

「それはね、果ての地【アンヘル】の到達に魔法が必要だからよ」


 アンヘル?と首を傾げる。地名のようなので聞いても分からない気もするが、一旦最後まで聞いておこう。


「地図描きは自分の拠点となる国から少しずつ【アンヘル】への道のりを描いていくの。周りの地図描き達と協力してね」

「その……どうして【アンヘル】が目的地みたいな感じなんだ?世界地図を書く、的な目標じゃないのか」

「勿論それも地図描きの使命のうちよ。でも、大抵は【アンヘル】を目指す。――何故ならそこには、【白紙】があるから」


――白紙?


「私も何があるのか具体的には知らないわ。だから、確かめたい」

「眉唾すぎる……。それに、結局魔法使いが必要な理由も分かんないし」

「それは私のこれからの旅に必要だからよ!魔物がウザいから蹴散らしてくれる魔法使いが欲しかったの!」

「最初からそう言えよ!?」


 俺のツッコミをものともせず、ニアは「さあて」と、とっとと話を切り上げてしまった。


「質問ばっかりはつまんないわ!分からない事は自分の目で見て、自分の頭で考える事も大切ってね」

「ええ……そういうもん……?」

「そう!という事で、早速アンヘルを目指す旅に出発――」

「ダメに決まってんだろ」


 拳を突き上げたニアの頭を、わしりと掴む手。俺達よりも頭一つ背の高いキャスケット帽の青年が、炯々とニアを睨みつけて目を細めた。


「鳥頭も大概にしろよ。ここの外にはコイツを捕まえる為の自警団がいるんだぜ。それに、お前はこの街での仕事がまだ残ってんだろうが」

「うっ、……そ、それはそうね……」


青年の言葉にあっという間に萎びれるニア。仕事とやらが何なのかは分からないが、包囲されているという事実に変わりはない。

一旦は青年が阻止してくれたが、話の流れ的に俺がこの場所に居続けるわけにもいかないだろう。

 ニアはじろじろと俺を天辺からつま先まで眺めると


「まぁ、彼については大丈夫だと思うわ。すぐに逃げてきたから顔を覚えられてるって訳じゃないと思うし。そのちょっと変わった服を着替えて、この家を上手く脱出さえ出来れば全く問題ないわね」

「脱出って、それが問題なのでは……。この家、裏口とかあるの?」

「無いわ。出入り口はあの天井だけよ」

「それもそれで全然意味分かんないけど……。どうすんの?」

「その辺はほら、君の魔法でちょちょいっと」

「いや、無理ですけど!?」


無茶振りにも程があるだろ。何だちょちょいって。

頭を抱える俺の隣で、いつの間にか暖炉の前でゴロリと横になっていたリコリスが気怠げに頭を持ち上げた。


「良いじゃん。ちょちょいっとやっちゃえばいいよ」

「……はい?」

「だから、魔法を使えばいいじゃない。折角教えたんだよ?使わないと損だよ」

「いや、使うったって……」


どうやって、と言いかけて、ふと口をつぐむ。

思考を巡らせ考え込む俺を、ニアと青年は暫く不思議そうに眺めていた。


「ええと……」


あまり自信は無い。魔法自体の有用性も信用に値するかは分からない。けれど、少なくとも捕まったら処刑は流石に勘弁願いたい。

 

「何か思いついた?」

「一応……。でも、この方法には、ええと……」


言い淀みながらも青年を見る。

金髪から覗く赤い瞳を瞬かせた彼は、どうやら俺の意図を汲んでくれたようで


「ギィだ。ギィ・オーステッド」


と簡潔に名乗ってくれた。


「あっ、その、……ご迷惑をおかけしてます、ギィさん」

「ねぇ、何でギィにはちょっと恭しい言葉遣いなのよ?」

「いや……それは……、何となく……」

「あ、分かった。ギィの顔が怖いからでしょ」


図星を突かれ、思わず押し黙る。

沈黙は肯定たりうると分かってはいたが、どうしても二の句が出てこない。

ケタケタと笑い出したニアに、青年はギロリとキャスケット帽の下から睨みを効かせて冠を曲げた。


「笑ってんじゃねぇ、クソガキ。……アンタも、よく分からん敬称はつけんな。ギィで良い」

「あっ、……は、はい。あざす……」


一頻り笑い終えたニアが、目元に浮かんだ涙を指で拭いながら「それで」と話を戻した。


「ギィがどうしたの?」

「あぁ、ええと……取り敢えずは、外にいる自警団?に見つからないように、俺が外に出る事ができれば良いわけだよな?」

「そうね。洋服はギィのを着ればいいだろうし、上手く街の人に紛れ込みさえすれば何とかなると思う」


どうするの?と訪ねるニア。そして興味ありげにこちらを見るギィに、俺は「上手くいくかは分からないけど……」と前置きして、簡単に内容を告げた。



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