011 軍での初めての朝

 一体いつぶりだろうか。

 程よく固い、しっかり厚みのあるマットレスに身を預ける。


「何このふわふわ感!」


 腰が痛くならない。しっかり体が支えられている感じがする。

 不快な臭いは一切しない。カビの臭いも、誰かの体臭も。

 枕は少し柔らかすぎる気もするが、好みが大きく変わってくるものなので仕方ない。


 感動でため息をつく私。


「寝具は大事ですことよ。しっかりお休みできなければ戦いに支障が出ますもの」


 そういう理念なんだ。軍隊の寝床といえば、大量に用意できるような最低限の寝具だと思っていた。

 今日だけでいくつもの先入観が打ち砕かれてきたが、おそらくまだまだあるのだろう。


「そうだね。私たちはたくさんの人の命運を握ってるんだもんね」

「ええ、明日からよろしくお願いいたしますわ」

「こちらこそ。じゃあおやすみ」


 ベッド横のナイトランプを消す。あまりの快適さに、いつ眠りについたか覚えていなかった。



 ◇  ◆  ◇



 真夜中、ハッと目を覚ましたのはティアだった。花恋かれんはティアに背を向け、静かな寝息を立てながら眠っている。

 また今日も途中で起きてしまったようだ。このせいで日中は寝不足で食欲もない。

 ティア自身、理由はわかっていない。花恋のいうとおり、この寝具の質は良く、ティアにぴったりなはずである。


 起き上がり、ベッドのヘッドボードにはまっているコミュニカに触れる。時刻は午前二時ごろ。


 ナイトランプをつけてベッドから静かに降り、一人用ソファを窓際に持っていった。片側だけカーテンを開ける。窓の外を憂いのある表情で眺めている。


「お父様、お母様」


 ささやき声でティアはつぶやく。


「次こそは……うまくやれるかしら」


 ちらりと花恋の顔を見る。トラウマを抱えた人とは思えないほど、穏やかな表情をしている。


「いえ、やってみせるわ」


 この寝顔を自分のような苦悶くもんした表情にしてはいけないと、ティアは握りしめた拳を胸に当てる。


「花恋が安心できるところに……ですわね」


 そう言うと、ティアはカーテンを閉め、ソファを元に戻し、再びベッドに横たわった。今夜はすぐに寝直せそうだ。


 ナイトランプが消え、再び部屋は真っ暗になった。数分して、寝息は複数に増えた。



 ◇  ◆  ◇



 ピピピピッ、ピピピピッ


 懐かしい電子音がして、私の脳は脊髄反射で覚醒した。

 電子音の正体は、コミュニカのアラーム機能だった。停止と表示されたところをタップして、アラームを止める。

 ……目覚ましを設定した記憶はない。


 時刻は朝の六時ちょうど。質のよさそうな寝具のおかげでぐっすり眠れた感覚がある。


「ふわぁ……おはよー」


 隣のベッドで寝ているティアに呼びかける。が、反応が薄い。ふにゃふにゃと何かはしゃべっている、私と同じくらいのタイミングでアラームは止めている。


「ティア、起きなきゃいけないんだよね?」


 もう一度呼びかけて、ようやくティアは言葉を発した。


「ええ、わかっておりますことよ……」


 昨日のティアの話によると、点呼は六時半。その時間になると寮の全部屋にラッパの起床音が流れ、その音とともに部屋から出て点呼をするらしい。

 点呼までの三十分の間に、身支度と体調確認をするのだという。


 ティアがゆっくりとだが起き上がってくれた。


「……ごきげんよう」


 さすがはお嬢様。生でごきげんようだなんて初めて聞いた。

 というか、目が開いてなくてちょっと可愛い。


「ねぇティア。私目覚ましセットした記憶ないんだけどさ」

「……アラームは自動で設定されますわ」

「おぉ、便利だね」


 眠いのか、答えるのにラグが出る模様。

 それより早く身支度しなくちゃ。


 カーテンを開けると、気持ちのよい日光が差し込んできた。部屋が明るくなったところで、とりあえず制服に着替える。


 顔を洗って、髪を整えて……あ、ここに寝癖が。

 私のこのストレートな髪に、寝癖が存在するのは許せないことである。

 寝癖の部分を根元から水でらし、ドライヤーで乾かして元通り。


 起きてから十五分で用意できたので、そこまで急ぐことはなかったようだ。


「あら、もうご準備ができましたの?」


 やっと着替え終わったティアが話しかけてきた。


「うん、点呼に遅れるといけないって思って。体調は大丈夫?」

「…………問題ございませんわ」


 なんか、寝起きだからとはいえないくらいの間があったような。


「あなたこそ、お加減はいかがで?」

「もう大丈夫! 昨日はありがとね」

「とんでもございませんわ」


 一応お礼を言っておき、ティアの支度ができるまでソファに座って待つことにした。


 私と違って、髪型を作るのに時間がかかるようだ。横髪の縦カールは巻いているらしいが、そこ以外のゆるいパーマは元からの髪質なのだろう。

 点呼まで残り十五分で横髪にカーラーを巻き始めたが、毎日やっているであろうこともあってテキパキしている。


 ティアの用意が終わったのは、なんと点呼の一分前。


「ごめんあそばせ。コミュニカをお持ちになってちょうだい」

「オッケー」


 テーブルの上に置いていたコミュニカを取って数秒後、天井についているスピーカーからラッパの起床音が流れた。本当にギリギリで間に合った。


 私たちは廊下に出る。昨日ティアに教わった点呼のやり方を思い出しながら、点呼の順番が来るまで待つ。階段に近い部屋の人から点呼をするようなので、先輩たちのお手本も見ておこう。


 数分して、白いリボンタイをつけた女性が私たちのところまで来た。白タイだから……ドミニオンズの人か。先鋭部隊を直接指揮するくらいのすごい階級の人だ。


「点呼!」


 さぁ、始まった。まず二人で組番号を言い、次にフルネームを一人ずつ言って、最後に二人で体調の報告をする。


「「第四〇四よんまるよん組!」」

「セレスティア・フィオナ・ウィザーソン!」

月城つきしろ花恋!」

「「健康状態異常なし!」」


 ドミニオンズの人は腕を組んでうなずいた。


「昨日組まれたばかりだそうけれど、大丈夫そうね。このあとは即 中庭に集合し、朝礼と体操をしてから朝食ね」

「「了解」」


 特に問題なく点呼は済ませられてよかった。


 今日から本格的に、軍人としての日々が始まったのだとみしめた。

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