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「何かお茶会らしいお菓子でも作ろう思ったんだけど、よく考えたらお菓子作りなんてしたことなかった」


 お菓子。クッキーを作った経験は確かにある。高校生二年のバレンタイン。友達に良いところを見せようと、手作りのクッキーを渡そうとした。ネットで見つけたレシピ通りに作ったはずなのに、出来上がったのは肌色の石ころ。カチカチで子供が作った木彫りの星みたいだった。それ以来、お菓子作りはしないと心に決めている。


「作ったこと無いのに、作ろうとしたんですか?」

「はい」意気消沈でシズナは答える。

「アオイちゃんは?」

「ごめん、なさい」


 三人揃っても文殊の知恵とはならず、ただ立ち尽くす。そもそも何も知らない三人なんだから、どうしようもない。


「ホットケーキでも良いですか?」

「はいっ。賛成っ。ありがとうございますっ」


 私の提案に、シズナは大袈裟にブンブンと首を縦に振った。


 本格的なお菓子作りはしないと決めているけど、ホットケーキなら粉を卵と牛乳で溶いて焼くだけ。幸い、材料は残っている。


「やけに楽しそう」


 フライパンに熱を入れる私の隣で、生地を混ぜるシズナが嬉しそうに肩を揺らしている。


「楽しいからね。傍に誰かがいてくれて、一緒に何かをするなんて久しぶりだから」


 生地を受け取り、油を敷いたフライパンに流し込む。生地の熱せられる小気味いい音が聞こえた。


「ほら、わたしって、一緒に住んでた男には刺し殺されちゃうし、幽霊になってからも怖がられてお祓いされたり、御札で封じられたりだし」


 少しずつ生地の縁が固まっていき、甘い匂いが漂い始める。


「アオイちゃんは元々、持ち主の女の子が居たんだけど、髪が伸びたり、勝手に動いたり不気味だからって、その子の両親に置いてかれちゃったの」


 生地の表面がふつふつと粟立つ。生地をひっくり返すと、ふわっと甘い匂いが辺りに広がった。


「カノは妖精で、ほら、あんなのだから……」

「誰があんなのよっ。失礼ねっ」


 シズナの声をかき消すように、シンク下から怒声とともにドンっと叩かれた音が聞こえた。


 焼き上がったホットケーキをフライパンからお皿に移す。我ながら上出来。人に出しても恥ずかしくない綺麗なきつね色。


「わたしたちを見つけてくれたのがエマさんで良かった。除け者にされてばっかりのわたし達を受け入れてくれて本当に嬉しかったんだよ」

「そう」


 感激するシズナに対して、私は素っ気なく返す。


 そうしないと、涙が溢れそうだったから。喉の奥がキュッと締まって、うまく声が出せそうになかったから。


 彼女たちは私と同じ。居場所のない者同士。


 片や他人に受け入れられようとして一人で仕事を頑張って、片や他人に受け入れられようとして初対面の挨拶を考えたり、歓迎会を開いてみたり。でも、誰も受け入れてくれなくて、居場所がなくて。


「だから、ありがとうございますっ」


 早口で言うと、シズナは照れくさそうに笑った。


「わたしも、ありがとう、ございます」


 同時に、シンクに腰掛けさせられていたアオイも前のめりにゴロンと転がって床に落ちた。


「あはは。もう、アオイちゃんのありがとうはアグレッシブ過ぎだよ」


「ご、ごめんっ」


 我慢しきれず、涙が零れてしまう。感極まって泣いたのを見られるのが恥ずかしくて、私は洗面所へと逃げ出した。

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