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――大丈夫です。私一人で出来ますので。
会社で同僚が手伝おうかと手を差し伸べてくれた時の、私の常套句。私は、自分なんかのために誰かの手を煩わせることが、心の底から嫌だった。他人に迷惑をかけるくらいなら、最初から最後まで自分ひとりでやればいい。そう思っていた。
自分一人でやり切るような能力もないくせに張り切って、失敗する。馬鹿みたい。
もしかしたら、私が手をはねのけてきたみんなも、今の私のような疎外感を感じていたのかもしれない。
私は、大きなため息を一つ吐いた。
「歓迎会、迷惑だった?」
心配そうにシズナが顔を覗き込んできた。手には伸びっぱなしだった髪を切り揃えられ、どこにあったのか服も綺麗に着替えたアオイが居た。
「ううん。そうじゃないです」
「なにかあるなら、話して。そんな暗い顔じゃあ歓迎会のし甲斐がないよ」
「……ごめん。私の問題だから」
弱気から口に出そうになった言葉を呑み込む。これは、私自身の、私だけの問題。歓迎会を開いてくれる彼女たちに懸念を与えるのは不本意だけど、愚痴を聞いてもらうのはもっと違う。
「そっか。話したくなったら、話してね。いつでも聞くから。ほら、幽霊って時間だけは沢山あるからさ」
「はい。ありがとうございます」
少し寂しそうに笑うシズナに、私は努めて笑みを返す。
「そこっ、サボらないのっ」
物音で察したのか、シンクの奥から怒声が聞こえた。私とシズナは一度目を見合わせてから、おかしくなって同時に吹き出した。
「あの、座ってればいいなんて言っておいてなんだけど、手伝ってもらっていい? どこに何があるのか分からなくて」
バツの悪そうに言いながら、シズナは頬を掻いた。ここは私の部屋。そして、彼女は昨日までどこともわからない場所に閉じ込められていたのだから当然だ。
私は態とらしく大きな息を吐いて、呆れるふりをしてから立ち上がる。
「良いよ。仕方がない」
「やった。ありがと」
嬉しそうに跳ねるシズナ。つられて私も嬉しくなってしまう。何もせずに居心地悪いまま座っているよりは、よっぽど気が楽だ。
浮かれたのも束の間、台所についたシズナの口から出た「エマさんお菓子作りってやったことある?」という言葉に私は固まってしまう。
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