虹すら霞む程の
「――おう。ただいま」
そう言って、自分の家の壁をぶち破って豪快に登場した、半裸のライジン。
普段の贅肉に固められた丸々とした姿ではなく、隆々とした筋肉の鎧をまとった引き締まった肉体。
それは、在りし日の最強の姿を思わせた。
「おのれ、貴様は……ライジンッ!!」
電流を纏う巨大な“矢”に穿たれ、窓を突き破って庭に放り刺されていた赤い女は、自身の血でその体と衣服をさらに赤黒く染め上げながらも、ふらりと立ち上がった。
「お前は――確か、“ヘラ”だったか」
赤い女の名は十二波動神が一柱、ヘラ。
「貴様はアーク様が殺したはずだッ! 何故、何故――」
「うるせえな。殺して死ぬなら最強とは言わんだろうよ」
瞬間、ライジンの姿が消える。それと同時に、庭に立っていたヘラの身体が宙を舞った。
そして、ライジンが庭へと現れる。
誰も認識出来ない一瞬の間で、ヘラの元まで移動し、蹴り上げたのだ。
ライジンは庭に突き刺さる“矢”を引き抜く。
「俺の女に手ェ出したって事は、それなりの覚悟は有るんだろうな?」
ヘラの身体が、地に落ちる。
「かはッ……」
ライジンはふんと鼻を鳴らして、“矢”をぶんぶんと振り回す。
そこへ、イリスもリビングを飛び出して庭へと出てきた。
「旦那様!!」
「おう、イリス。どうだ? これでお前にデブだのなんだの言われんだろ?」
「それは、まあ……。って、そうではなくってですね! わたくしも、共に戦いますわ」
これまでライジンの契約者でありながらも、隣に立って戦うことの無かったイリス。
この一大事、千載一遇のチャンスだと勇み出る。
しかし、ライジンは何か面白い冗談でも言われたみたいに笑って手を振った。
「うん? いらんいらん。お前はそこで照子に着いていてやってくれよ」
「ですが――」
「どうせ、すぐ終わるから――さっ!」
そう言ったライジンは、キャッチボールでもするかの様な軽い動作で、手に持っていた“矢”を投擲した。
その“矢”はふらりと立ち上がろうとしていたヘラの胴を貫き、そして遥か彼方へと飛んで行く。
胸にぽっかりと空洞の空いたヘラはどさりと再び地に落ち、庭に鮮血の華を咲かせた。
(――ああ。やはり、貴方はわたくしを隣には置いてくださらないのですね)
淡い想いを秘めていたイリスは、僅かに目を伏せる。
(そんなだから、わたくしを坊ちゃまに取られてしまいましたのよ)
そして、庭から背を向けて、リビングへと戻った。
もう、戦いの行く末など見るまでも無い。
ライジンはもうイリスの方を気に留めるでも無く、辺りをきょろきょろと見まわして何かを探している。
“矢”がそのまま何処かへと飛んで行き、戻って来ないのだ。
「あれ? おっかしいな。“ゼウスの雷”、いつもなら戻ってくるはずなんだが……。もしや、新たな主を見つけたか? ま、それはそれで面白いから良いか」
しかしライジンは自分の得物が無くなってもあっけらかんとして、至極どうでも良さそうにそう言い捨てる。
すると、ヘラの身体がピクリと動く。
「まだ生きてんのか」
「憎い、憎い、ニクイ、ニクイ……」
ヘラはぶつぶつとうわ言の様にそう繰り返す。
「しぶといな。それじゃあ、もう一撃――」
と、投擲の構えをするが、その手にはもうあの矢は無い。
「おっと、帰って来てないんだった」
そうしている内にも、ヘラの身体から漆黒の波動が溢れ出す。
その“黒”はヘラの身体を包み込み、蝕んで行き、そして『破壊』する。
「ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイニクイニクイ……アアアあああぁぁぁぁ!!!!」
ヘラの喉が裂ける程の絶叫が、天野邸の庭中に響き渡る。
漆黒の光の柱が立ち昇り、まるでその空間だけがぽっかりと切り取られたかの様。
やがてその光の柱も収束し、そこには二本の足で立っているヘラの姿が有った。
「――“再臨”、ですわ」
再臨。アークから受け取った
自身の魂を一度破壊し、そして再構築する事で一段高みへと昇り詰める。
「あぁ……憎い、全部、全部が憎いわぁ……」
全身を漆黒の炎で焼き焦がすヘラの姿がそこには在った。
ヘラは恍惚とした笑みを浮かべ、手には二本のナイフを生成する。
刃先には漆黒の『破壊』の炎を纏わせ、ライジンへと襲い掛かる。
「ライジンッ!! 神の血を汚した大罪人ッ!! ここで、殺すッッ!!!」
ナイフの刃がライジンへと迫る。
しかしそんな状況であっても、ライジンは揺るがない。
「ほいっと」
足元に転がっていた木の枝を足先で蹴り上げ、それを右手で掴む。
そして、その木の枝をまるで剣でも扱うかのようにして、ヘラのナイフを受け止めた。
「――何ッ!?」
「驚く事は無いだろう。お前が相手してるのが誰なのか、忘れた訳ではあるまい」
そのまま手首の動作でヘラのナイフを弾き、腹部に蹴りを一撃叩き込む。
「ぐあッ――!!」
蹴りの衝撃で吹き飛ばされるヘラ。
「じゃ、終わりだ」
ライジンは木の枝をひょいと手首のスナップで回転を効かせて宙へと投げ、その手でパチンと指を鳴らす。
「――『
瞬間。ふっとヘラの姿が消えた。
その直後、先程までヘラの居た空間に、僅かな血飛沫だけが吹き上がる。
そして、それ以降何の音沙汰も無く、天野邸には静寂が訪れた。
圧倒的だった。アークの
虹すら霞む程の極彩色。鬱陶しい程に主張する原色で塗り潰した
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