虹①

 来人とイリスは不死鳥フェニックスと化し依然暴走を続けるイリスの兄ジャックを止める為、戦う。


 来人は自身のスキル『鎖』と『泡沫』を使う。

 周囲には何本もの大樹が生えており、それらの木々の間全ては“隙間”だ。

 木々の隙間から鎖を生成し、業火を纏う不死鳥フェニックスの身体を拘束。

 そして水のバブルを産み出してぶつける事で、その業火を消化しようと試みる。


 しかし、不死鳥フェニックスのごうごうと燃え盛る炎はその勢い衰える事無く、バブルの水全てをその灼熱を以て蒸発させてしまう。

 そして――、


「――くそっ。駄目だ、鎖も溶かされてしまう!」


 拘束していたはずの鎖も、不死鳥フェニックスの炎の前にはどろりと溶け落ちる。

 切断にはめっぽう強い来人の『鎖』も、完全ではない。

 炎の翼を羽ばたかせ身を捩れば、それだけで意とも容易く抜け出されてしまった。


 イリスのスキルは『虹』だ。

 自身の四肢だけを元の獣の鋭い爪に変え、そこに虹のオーラを纏う。


 『虹』とはつまり、七つの色。

 その力はあらゆる相手の色に対応し、相反する色をぶつける事でその色を中和する。

 

 その一撃であらゆる相手に対して“弱体化”のデバフを与え、じわじわと得物を追い詰める。

 そして色を中和され弱体化した果てに、他の色はイリスの虹によって塗り潰されてしまうだろう。

 ――本来であれば、の話だが。


「駄目ですわ! わたくしの色も、掻き消されてしまう――」


 今相対しているのはガイア族本来の力、翼の姿を解放したジャックだ。

 その上謎の力を受けて暴走状態、通常の数倍にパワーアップしている。

 

 イリスの『虹』は確かに七色の力を持つが、それら一つ一つの色は決して強い物では無い。

 あくまで効率的に有効な色をぶつける事で成立する。

 不死鳥フェニックスと化したジャックの圧倒的な業火、その一色を前にイリスの虹は掻き消されてしまう。

 より強いく濃い色に、塗り潰されてしまう。


 イリスはこれまで、兄のジャックに負けた事は無い。

 それはジャックが弱かったからではなく、イリスが強すぎたからだ。

 しかしそのパワーバランスも今は崩れ、イリスは暴走するジャックに対して成すすべがない。


 来人とイリスは一度ジャックから距離を取り、合流する。


「坊ちゃま、このままでは――」

「ああ。だが、殺す訳にはいかない」


 そう。決して単純なパワー負けだけが苦戦する原因ではない。

 相手は暴走状態だと言ってもイリスの兄であり、来人達の目的はその暴走を止める事だ。

 命を奪わない様に、と無意識下で力のセーブが掛ってしまう。

 

 手加減をした上で勝利を収める為には、それ相応の力量差が無くてはならない。

 しかし、来人達と暴走状態のジャックとの間にはその力量差が無かった。


 その後しばらく口を噤んで炎の嵐を吹き荒す不死鳥フェニックスと化した兄を見つめていたイリスだったが、おもむろに口を開く。


「――坊ちゃま。わたくしと、契約を致しましょう」


 その口から飛び出た意外な言葉に、来人は目を見開く。


「何を言ってるんだ。イリスは、父さんの契約者だろう」


 イリスは来人の父であり、最強の神である来神の契約者だ。

 来神から神格を与えられ、ジャガーの姿から今の人型――金髪のメイドの姿となっている。

 だから、今来人とイリスが契約する事は出来ないはずだ。


 そんな来人の疑問に、イリスは優しく、そして切なげに微笑み答えてくれた。


「ええ。ですから、旦那様との契約は破棄させて頂きますわ。元々、そうして良いよ旦那様からは言われてしましたの」

「父さんが、そんな事を……? どうして、そんな」

「『きっと俺よりもお前に相応しい男が居るはずだ。だから、好きな時に好きな所へ行け』と。それが旦那様の――、ライジン様のお言葉ですわ。その時は、わたくしもそんな訳がないと首を横に振りました。でも、今なら分かりますわ」


 本来の契約は主人たる神に主導権が有る物だ。

 しかし、来神はいつでもイリスが自分の元を離れられるように、イリスに主導権を渡すという他の神からすれば考えられない様な異例な契約をした。

 その理由も、意味も、当時誰も分からなかった。

 しかし――、

 

 イリスは来人に手を差し伸べる。


「ライジン様は、わたくしの内なる望みすら見通してらしたんですわ。――わたくしは、主人の隣で戦いたかった。一度くらい、お傍に立って共に戦いたかった」


 来神はこうなる事すら予期していたのだろうか。

 イリスは今がその時だと確信している。

 これこそが、主人の思惑なのだと。

 

 来神は文字通り“最強”だ。

 それは百鬼夜行戦でも単騎で駆り出され、その圧倒的力で二体の上位個体が融合した『双頭』の鬼を一振りで葬り去ったその力からも一目瞭然だ。

 だからこそ、イリスはこれまで来神の隣で共に戦った経験がただの一度たりとも無かった。

 イリスは最初から最後まで、来神に仕える“メイド”だった。


 それでも、それに不満が有った訳では無い。

 来神の契約者という事はイリスにとっての誇りだった。

 しかし、それでも心のどこかで、ほんの少しだけ思ってしまうのだ。


 ――“たった一度でいい。だから、あの人の隣で共に”と。


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