陸VS『藍』の鬼②
(駄目だ、“僕の藍”が、消えて行く……)
そして、陸が自身の器のリソースの半分を賭して作り上げていた藍の
その
しかし、現に今目の前には本物の藍の魂が存在する。
前提が崩れ、イメージが崩壊。
陸は『藍』の鬼の攻撃を何とか凌ぎながらも、自身の内側から
(ああ、駄目だ。待って、消えないで、居なくならないで……)
そして、最後の一滴が零れ落ちる。
陸の器の半分は、空っぽの真っ白な穴となってしまった。
それと同時に、『藍』の鬼の攻撃を受けきれずに、陸の身体は炎を纏う爪の斬撃を受けて投げ出される。
心にぽっかりと虚無の穴が産まれ、その場に崩れ落ちる陸。
「陸! 陸!!」
もはや虚ろな陸の意識に、モシャの声がどこか遠く響いて来る。
ここまでか、とそう思い、陸は目を閉じかける。
しかし、その時小さく、そして今にも泣きそうな声で、『藍』の鬼の呟く声が聞こえて来た。
「ねェ、りク、たスけテ……」
薄く瞼を上げて見上げれば、『藍』の鬼は――いや、藍は藍色の炎の涙を流している様に見えた。
(ははっ……、好きな女にそんな顔されて、おちおち寝てられる訳ねェよなァ)
倒れた陸の懐の内にあった、“御守り”が淡く光り輝く。
それは幼い藍が大切にしていたという、くたびれた小さな熊のぬいぐるみだ。
陸は薄れ行く意識の中、気合いで踏ん張り、自身を鼓舞。
そして、その御守りを新たな柱として、新たな
器の空きは、幸い腐る程有った。
元々藍の
倒れた陸の身体を、“蒼い炎”が包み込む。
「陸!」
炎に包まれた陸の身体は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、炎が掻き消え、新たな姿の陸が現れた。
黒い毛皮のマントを背に羽織り、そして大鎌に纏う炎は“蒼”。
陸の
だから、これは陸の元々の色。
今まで器の半分を藍の
これが、陸の全力の『炎』だ。
王の証という一つ目の柱を大鎌とし、くたびれた熊のぬいぐるみという二つ目の柱をマントとし、蒼き炎を纏う陸。
覚醒した、愛を求める
「――なあ、藍。辛かったよな、そんな姿になって、あの日からずっと、炎で焼かれ続けて。でも、もう大丈夫だ。オレ様が、終わらせてやる」
これまで荒々しい炎を纏う陸とは違う。
静かに、揺らめく、蒼い炎。
対して、『藍』の鬼の炎は轟々と燃え盛る藍色の炎。
蒼と藍が、対峙する。
「――リクゥゥ!!」
『藍』の鬼は激しく炎を吹き荒す。
しかし、その攻撃が陸に届く事は無かった。
「言っただろ、もう大丈夫って」
陸は優しく『藍』の鬼へと語り掛ける。
『藍』の鬼の身体は、地面から伸びる『影』によって拘束されて、動くを封じられていた。
「オレ様の二つ目の柱――その
陸がマントを振りかざせば、その姿は忽然と消える。
そして、蒼い炎と共に再び『藍』の鬼の傍に現れた。
陸は足元に落ちる影の道を通り、瞬時に移動したのだ。
そして、蒼い炎を纏った大鎌を、『藍』の鬼へと振るう。
「――『
蒼き影の炎が、『藍』の鬼を焼いて行く。
それはかつて命を奪った『蒼』の鬼の炎では無い。
陸の神の力が産み出す、魂を癒し浄化する鎮魂の炎。
優しい蒼い炎に包まれて、『藍』の鬼の身体は端から炭化して――、
「――待った、まだ彼女を助けられるよ」
その時、陸の耳に知らない男の声が入って来る。
驚いて声の方を向けば、そこには片腕に
陸が初めて見る鬼だ。
『藍』の鬼を焼こうとしていた陸の炎が、すっと消えて行く。
炭化も止まり、ボロボロで弱々しい藍色の炎が僅かに灯る身体。
「オマエは……何者だ?」
「
その人の言葉を話す鬼は、自身を鬼人を名乗った。
そして、意識を失いもう動かない『藍』の鬼の身体を抱える。
「おい、待て。藍をどうするつもりだ」
「言っただろう。まだ彼女を助けられる、と。我々に任せてはくれないか?」
陸はしばらくの間黙り、考え込む。
相手は言葉を喋ると言っても鬼だ、信用していい物か。
そして同時に、鬼の姿でありながらも確かに自分の名を呼んだ藍の事を思い返す。
今目の前に居る鬼人程はっきりと意識が有った訳では無いが、確かに藍もまた生前の魂を呼び起こしかけていた。
もし仮に、『藍』の鬼もまたこの鬼人の様にはっきりと意志を持って会話の出来る様になるのなら、それは陸の求める物に最も近しいのではないだろうか。
例え肉体が鬼の姿であろうとも、
「……分かった。君に任せてみるよ」
陸の髪色から、白金が抜けて行く。
「でも、もし藍にまた会えなければ、その時は――殺す」
「分かった、約束しよう。こちらにもまだ死ねない理由が有る。――あ、そうそう。我々の事は口外厳禁だ、彼女は君が倒した事にすると良い」
そう言って、鬼人は一つの大きな核を陸の足元へと放る。
陸はそれを拾い上げて、静かに頷く。
「最後に、君の名を聞いてもいいかな」
「――『
そして、『顎』の鬼と名乗る鬼人は、『藍』の鬼を抱きかかえたままその姿を消した。
異界の膜が、じんわりと溶けて降りて行く。
日本の百鬼夜行は、去った。
「モシャ、行こうかー」
「陸、あれは――」
「僕たちは百鬼夜行を倒したんだよー。ね?」
「ああ、そうだね」
有無を言わさぬ陸の主張にモシャは頷き、いつもの定位置である陸の肩の上へと乗る。
いつもと違う所が在るとすれば、それは陸の腕にはくたびれた小さな熊のぬいぐるみだけ。
陸は歩いて、周囲の骸骨の姿をした鬼の軍勢を倒し終わり、疲弊し一息付いていた天界軍の元へと戻る。
その姿を見つけた神々は、陸の元へと駆け寄る。
「リク様、ご無事でしたか! その様子だと、大異界の主は――」
「うん。倒したよー。僕にかかれば楽勝だったよー」
ボロボロの姿でそう大口を叩いて、証拠に手に持った大きな核を皆へと見せつける陸。
それを見た神々は、一斉に勝利の雄叫びを上げる。
陸の率いる日本部隊は、無事百鬼夜行を討ち取って勝利した。
記録上はそうなる事だろう。
(あの『顎』の鬼が何者かなんてどうでもいい。でも、僕は藍とまた会うんだ)
もう、あの家に帰っても
陸の望みは『顎』の鬼に託された。
故に、陸は神々に嘘を吐き、鬼人の存在を秘匿する事を選んだ。
陸にとって、藍が人間の姿であろうと鬼の姿であろうとそれは関係の無い事だ。
しかし、神々はそうではない。
人間の血が混じる事さえ嫌う者がいるのだから、無暗にこの事を話してしまえば、鬼というだけで処されてしまう未来が容易に想像できる。
陸もまた
そして、人であるが故に、神であれば絶対に選ばない選択肢。
人の心に従って、鬼を見逃すという選択を取ったのだ。
そして、日本の百鬼夜行が討たれたのと同時刻。
ゼウス率いるヨーロッパ部隊は『巨人』の鬼を討ち、百鬼夜行を撃破。
ライジンが北米で『双頭』の鬼を撃破。
それぞれの一報が入った。
そして、陸は『
残すは来人の中国と、そしてティルの南極のみ。
終わりは近い。
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