最初の波
突如、針の雨が来人たちを襲う。
来人は咄嗟に鎖を球体状にして自分たちの周囲を覆い、その攻撃を防ぐ。
鎖の防御網をくと、目の前には宙を浮く鬼の姿。
幾千もの針が寄り集まり翼の形を成す、巨大な
前例に倣って名付けるなら、『針』の鬼だろうか。
しかし、この針による範囲攻撃の中、美海を守りながら戦うのは難しいかもしれない。
来人の額に嫌な汗が浮かぶ。
「来人君! あなたはそこで美海ちゃんを守ってあげてください!」
「待て、相手は上位個体だ。ユウリ一人でなんて――」
ユウリは一人でこの異界の主、上位個体の鬼と戦う気だ。
来人はそれを制止しようとする。
しかし――、
「大丈夫です、任せてください。わたし、あなたの先生ですよ?」
ユウリはそう言って、結晶の双剣を手に来人達から距離を取る。
「来人……」
美海は不安そうな声色で、来人に縋る。
(ここで俺が加勢に行っても、美海を危険にさらすだけだ)
「ああ、大丈夫だ。信じよう」
美海を安心させるために、優しく笑いかける。
来人のするべき事は、ユウリが全力で戦えるように、美海を守る事だ。
「こっちですよ、蝙蝠さん」
ユウリはわざと声を発して鬼からのヘイトを取る。
「ギュオオオオオオ!!」
『針』の鬼は気勢を発し、再び針の雨を降らす。
「残念、視えてますよ」
しかし、針の雨がユウリに当たる事は無かった。
ユウリの眼鏡の奥の瞳が怪しく光る。
針の軌道を読んでいるかの様に、丁度針の弾丸が通る場所に丁度針一本分を防げる程度の小さな結晶の壁が既に用意されている。
まるで空間そのものを結晶化したような、まるで雪の結晶の様な、小さな結晶の壁。
針一本一本には大した破壊力は無い。
その小さな結晶の壁に針は阻まれ、弾かれて行く。
来人達の方への流れ弾は、全て来人が剣と鎖で防ぎきる。
そのままユウリは小さな結晶の壁を盾にしながら、するすると針の雨を抜けて行き、『針』の鬼へと接近。
そしてユウリの『結晶』の剣の双撃で、大きな蝙蝠の身体は切り裂かれる。
ダメージを負い痛みに悶える蝙蝠は暴れ回り、鉤爪で反撃。
「きゃあっ!」
「ユウリっ……!!」
ユウリは双剣で受けるも、弾き飛ばされる。
結晶で出来た双剣は、脆くも砕け散る。
来人の身体は反射的に助けに入ろうとする。
しかし――、
「駄目です、来人君! うしろ!」
その声に、来人は咄嗟に後ろに振り替える。
蝙蝠とは別の、子供台のサイズの人型をした小鬼が襲い掛かって来ていた。
来人はその鬼を剣の一人で切り伏せる。
「美海、大丈夫?」
「うん。私は平気だけど……」
見れば、来人と美海の周囲を十を越える複数体の小鬼が囲っていた。
「そうだ、百鬼夜行――」
百鬼夜行、それは上位個体が中心となった鬼の“群れ”の事だ。
これはその最初の小さな波だが、それでも上位個体一体だけのはずが無かった。
(まずい、このままじゃー―)
鬼の群れ一体一体は大したことは無い。
来人の剣の一振り、たったその一撃で粉砕してしまえる程度だ。
しかし、小鬼は更に奥からも湧いてくる。
美海を守りながらこの数を相手するとなると、少々厄介だ。
それに、いつまでも『針』の鬼の相手をユウリ一人に任せておくのも限界が有りそうだ。
流石先生、神の力を使った戦闘技術は目を見張るものが有る。
来人と比べて波動総量が少ない分を補うために、最小サイズの結晶の壁で攻撃を防ぎ、自らの消耗を抑えている様だ。
しかし、それでも戦闘時間が長引く程ユウリが不利になって行くだろう。
どう動くべきか、と来人が考えていた、その時――。
パリン、と窓ガラスでも割れたような音。
この場の全てが、その音の元へと注意を向ける。
「テイテイ! ガーネ!」
鬼の作り出した空間――異界の壁をぶち破って、外側から二人の仲間が助けに来た。
二人は『鎖』の拳と『氷』の刃で来人と美海の周囲を取り囲む小鬼たちを蹴散らしていく。
「言っただろ? 俺も共に戦う。その為に手に入れた力だ」
「らいたん! みみたんの事はネたちに任せて、ゆうりんを助けに行くネ!」
「ああ。ありがとう、二人共!」
頼もしい仲間たちの言葉を背に受け、来人は走る。
「ユウリッ!」
ユウリは立ち上がり、来人はその隣に立つ。
「来人君――ふふっ、そうですね。わたしの生徒がどれだけ成長したか、見せて貰いましょうか」
「ああ。行くぞ、先生」
来人は鎖を壁に打ち込み、ショッピングモールのホールを縦横無尽に動き回る。
それに対して、『針』の鬼は再び翼を羽ばたかせ、針の雨を降らす。
来人はその雨を掻い潜り、大きな蝙蝠の周りの飛び回る。
そして、ぐるりと一周して鎖でその巨体の周囲を囲い、締め上げた。
「ギュオ……オオオ……」
鎖で拘束され翼を広げられなくなった『針』の鬼は、もう針の雨を降らす事は出来ない。
そのまま鎖の先を壁に打ち込んで、その巨体を宙に固定する。
「先生!」
「はい!」
来人が蝙蝠の気を引いている内に、ユウリは巨大な『結晶』の弾丸を作り出していた。
「ばーん!」
ユウリは少し気の抜けた声と共に、その弾丸を放つ。
「すごい……」
「やったネ!」
師弟の合わせ技。
『結晶』の弾丸に貫かれた『針』の鬼の胴には風穴が空き、その傷口かから次第に炭のように黒くなり、ボロボロと崩れ落ちて行った。
それと同時に、両手で抱えられるほどの大きな“核”が落ちて来る。
「ネッ!」
小鬼たちの掃討を早々に終えていたガーネが一目散に駆けて来て、その大きな核を呑み込む。
異界の膜は溶けて行き、来人たちは元のショッピングモール前に戻って来た。
来人の神化も解け、髪色も明るい茶へと戻る。
「みんな、大丈夫?」
「私は何ともないよ、ありがとう来人! それにユウリさんたちも!」
「お疲れ様でした。来人君、また動きが良くなりましたね? 鎖の生成スピードも早くなってます」
「あはは……、ありがとうございます」
鬼の上位個体を相手に、全員無事。
荷物はテイテイが無言で抱えていたので、来人は手を挙げて感謝の意を示し、テイテイもしそれに静かに頷いて応える。
「らいたん、すごいネ! 上位個体を殆ど二人で倒しちゃったネ!」
「でも、多分だけどさ。『赫』の鬼と比べるとずっと弱いよね、あいつ」
「だネ。でも、異界を産み出す上位個体には違いないネ。ほら、核もこの大きさ! おひゃねいっふぁいだネ」
多分、お金いっぱいだネと言っている。
ガーネは喋りながら口の奥からさっきの核を取り出して見せる。
「半分は、わたしのですよ?」
「分かってますよ、独り占めしませんって」
「でも、そうですね――」
ふと、ユウリは真面目な表情になる。
「百鬼夜行の波が始まりました。天界に報告しておいた方が、良いでしょうね」
百鬼夜行は世界各地で起こる。
小さな波から、だんだんと大きな波が産まれ、そして最後に最も大きな波。
これはまだ、百鬼夜行の序章に過ぎない。
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