両手に花

 天界から帰って数日後。

 今日はユウリのお休みの日なので、来人は先日の約束通り、ユウリの付き添いで地球の案内をする事になった。

 地球というと主語が大きい。

 正確には日本だし、もっと言うなら漫画に興味を示したユウリを本屋やアニメショップに案内する予定だ。


「やったー、来人君とデートです」

「からかわないでください」

「うふふ~」


 ユウリはご機嫌だ。

 本当に全くこれっぽっちも、ユウリから来人への好意が無いのを来人もよく分かっているので、来人は適当にあしらう。

 

「それよりも、いいんですか? 彼女さん――美海ちゃんもやきもち焼きませんか?」

「あー……」


 確かに。

 最近神様として忙しかったのもあって、あまり美海に構ってやれていなかった。


「美海ちゃんもお誘いして、一緒に行きますか?」

「いいんですか?」

「はい、構いませんよ。みんな一緒の方が楽しいです!」


 という訳で、来人は美海にも連絡してみた。

 メッセージを送るとすぐに返事は返って来て、そのまますぐに来た。


「――来人! 浮気は駄目よ!!」

「だから、違うって!」

「うそうそ、冗談だって。ちゃんと誘ってくれたもんね?」

「う、うん」


 ユウリに言われて誘った事は美海には秘密だ。


「ユウリさん、お久しぶりでーす」

「お久しぶりです、美海ちゃん!」


 美海はぺこりとお辞儀をして、ユウリも手を振ってそれに応える。

 いつの間にかちょっと仲良くなっている二人。


 そんな二人の様子を見つつ。

 そうだ、折角女の子ばかりだし世良も誘ってみようか。と、来人は思い立つ。


「ちょっと二人共お茶飲んで待ってて」

「はーい」

「早く行くわよー?」

「はいはい」


 二人を置いて来人は世良の部屋へ。


「世良、起きてるー?」

「なあに、らいにぃ?」

「美海ちゃんとユウリ先生とお買い物行くんだけど、世良も一緒にどう?」

「んー? 僕はパス、ハーレム作ろうとしないで」

「違うって! ていうかお前もかよ!」


 女性陣みんなして来人をからかってくる。

 出不精の世良は置いて、美海とユウリの二人を連れて行く事にした。


「二人共お待たせ。じゃ、行こうか」

「はい!」

「あれ? ガーネは?」

「あいつは弟に会いに行くってさ」


 ガーネの口の中をおもちゃ箱に改造したらしいガーネの弟。

 昔は身体が弱かったらしく、感知した今でもガーネは度々様子を見に行ってるのだとか。

 兄弟想いの良い奴だ。


「ふーん、そっか。じゃあ、今日は両手に花だね、来人?」

「そ、そうだね……」


 

 そんなこんなで、来人と美海とユウリの三人は、駅前のショッピングモールへやって来た。

 中にはフードコートや服屋、本屋にアニメショップ、ゲームセンターと割と何でもある。


「じゃあ、早速先生のお目当てから行きますか」

「はい! お願いします!」

「ユウリさん、本屋はこっちですよー!」


 美海が率先してユウリの手を引いて本屋の方へ。

 

「すごい……! ここは天国ですか!?」


 ユウリは目を輝かせながら本の山を物色している。

 とても楽しそうで、連れて来た甲斐が有ったという物だ。


 しかし、ユウリと美海、二人の女の子が作り出す空間に、来人は入るタイミングを見失ってしまった。

 来人は後方腕組み彼氏面(実際に美海の彼氏では有るが)でうんうんと頷いて二人の様子を眺めていたのだった。



 ユウリは悩みに悩んだ末に、数冊の漫画と小説を買った。

 

 その後、美海が服を買うのにも付き合って、昼食時。

 三人は適当なファストフード店に入った。

 

 来人は両手一杯に持った荷物を降ろせて、やっと一休みと言ったところだ。

 服はともかく本は結構重い。

 今日の来人は財布兼荷物持ちである。


 ハンバーガーとポテトを摘みつつ、三人は雑談に興じる。


「――え? ティルさんとも揉めたんですか? もう、来人君はやんちゃですねぇ」


 話の流れで、天界であった事を話した所、ユウリに呆れられてしまった。


「いや、違うんですって。僕が何もしなくても向こうから突っかかって来るんですよ」


 来人は弁明するが、揉め事を起こしているのも事実である。


「来人、大丈夫? 怪我とかしてない?」


 その話を聞いて、美海も心配そうに来人の身体を確認する。

 

「大丈夫大丈夫。その時も腕が取れたけど、美海ちゃんのおかげで治ったよ」

「えっ、腕取れたの!? それで治ったの!? えっと、私何かしたっけ??」

「あはは……」

 

 来人がありのままを話した所為で、美海は混乱を極めていた。

 

「まあ、お弁当美味しかったよって話かな?」

「そ、そう? ならよかったけど……」


 褒めてあげれば、美海は少し頬を赤くしてジュースを啜って誤魔化す。

 ちなみに、お弁当の中身はおにぎりとおにぎりとおにぎりとおにぎりだった。

 全部おにぎりだ。

 それでも具としておにぎりの中には来人の好きな唐揚げと、他にも卵焼きなんかの定番のおかずが入っていて、男子のツボを押さえた来人も大満足のお弁当だった。

 

 その後、ゲームセンターで遊んだり、来人が甘い匂いに誘われてクレープを食べたりしつつ。

 そんなこんなで、もう夕方が近づいていた。


 三人はショッピングモールを後にする。


「んー、楽しかったねー」


 ショッピングモールを出ると――、


「――って、あれ?」


 気づけば、ショッピングモールの中に居た。

 外へ出たはずが、逆戻り。

 

 そして、いつの間にかショッピングモールの中の人が居ない。

 怖い程に静かだ。


「来人君、この感じ――」

「ああ、異界だ」


 異界――鬼の上位個体が創り出す、特殊な空間。

 あろうことかショッピングモールにその異界が発生し、気付けば来人達はそこに足を踏み入れていた。

 

「あ、来人、その髪……」


 来人の髪が、白金の輝きに染まる。

 ユウリは『結晶』の双剣を構え、来人も荷物を置いて王の証と十字架を金色の剣へと変える。


「美海、俺の傍を離れるな」

「う、うん」


 美海は胸の高鳴りを抑えながらも、言われるがままに来人にしがみつく。


「でも、どうしてショッピングモールに突然異界が……?」


 以前に来人が対峙した『あぎと』の鬼がビル群の中に作り出した異界は森の中だった。

 しかし、今回辺りの景色はショッピングモールの物そのままだ。

 少し壁の色や模様なんかが違っている気はするが、それでも空間の構造はショッピングモールの内部と変わらない。

 

「きっと、百鬼夜行が近づいている影響ですね。鬼の活動が活性化しています」


 天界で聞いた話、百鬼夜行の前に小さな波が幾つか起こると言っていた。

 これもその一つだと言う事なのだろう。


「それよりも、今回の相手は上位個体です。どこから現れるか分かりません、気を付けてください」

「ああ、分かって――」


 言いかけた、その時。

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