三人の先生

「『赫』の鬼について、先生は何か知りませんか?」


 テイテイと共に夢――器の世界で見た記憶。

 そこで見た秋斗の仇、『あか』の鬼。

 

 もしかすると、他にも目撃例が在るかも知れない。

 もしくは既に他の神の手によって討たれているかもしれない。

 そう思った来人は、手近な所から順に――というか神様の知り合い自体少ないので、とりあえずユウリ先生に聞いてみた。


「ごめんなさい、わたしには分かりません。元々わたしは末端も末端ですから、上位個体なんて相手した事も無いですよ」

「ネも知らないネ。でも、ジンさんが担当するくらいの大物だから、他の神に討たれたって可能性も無いと思うネ」


 話を聞いていたガーネも揃って首を横に振る。

 来神の担当している、最強格の鬼。

 きっと、来神がずっと忙しく“仕事”をしていたのは、世界中を飛び回って『赫』の鬼を探していたのだろう。


「ま、そうだろうな。俺も手の届く範囲で探し回ったが、あれ以降気配すら見せていない」

「テイテイ君も上位個体を追っていたんですね。人間なのに凄いです」


 テイテイも来人と会っていなかった八年の間に色々と頑張ってくれていたらしいが、やはり空振り。

 

 ちなみにテイテイがお泊りに来ている最中にユウリが訪れたので、流れで互いを紹介した。

 ガーネは「剣ならネが教えてあげれるネ」なんて言っていたし、ここに来人の神の力と格闘術と剣術の三人の先生が揃っている事になる。

 

 テイテイはユウリに“テイテイ君”と呼ばれる事に少し不服気で、渋い顔をしている。

 この寡黙で強面の男が君付けを許しているのは来人と秋斗だけだ。

 

「核の返還ついでに、天界に行った時に調べてみるネ」

「そうするか」


 ガーネ、テイテイ、ユウリの二人と一匹でそんな話をしていると――、

 

「“てんかい”って、どこ行くのよ?」

「うぇ!?」


 突然声がしたかと思うと、来人の後ろから抱き着くように首に腕を回す、美海の姿がそこにはあった。


「ど、どうして美海ちゃんがここに?」

「庭に居たイリスさんに入れてもらったわよ」


 道理でチャイムの音もしなかった訳である。


「足の怪我は、もういいの?」

「もう平気よ、ありがと。で、何の話?」

「あー……」


 来人はどう誤魔化そうかと悩み、視線を彷徨わせる。

 すると視界に入って来たのは「この女誰だ?」という様な表情のテイテイとユウリ。

 

 それに後ろの美海も気づいたのか、


「あ、来人の妻の宇佐見美海です。よろしくお願いします」


 と腕を首に回したままぺこりと頭だけを下げる。


「初めまして。来人君の家庭教師のユウリです。神様です」

「……テイテイ。人間だ」

「あ、私も人間よ」

「ネは犬だネ」


 突っ込み不在。

 二人は当然の様に美海の挨拶を受け入れる。


「待って、まだ結婚してないからね? ていうか、先生も神様って名乗らないで!」

「あ、もしかして秘密でした? ごめんなさい」


 天然なのか、ユウリは来人が神様の事を隠そうかと思っていた所で爆弾を投下するし、そこに男衆も悪ノリで乗っかる。

 あとガーネは正確には犬じゃなくて天使、ガイア族だ。

 

「あはは、来人も大変ね~」

「全く、誰のせいだと……」


 美海は他人事の様にころころと笑っている。

 

 

 結局、そのままの流れで美海には来人の秘密、つまり神様である事を伝えた。


「――って感じで、僕は神様の王の継承戦に参加する事になったんだ」

 

 妄想と笑われて信じて貰えないなら、来人はそれでも良かったのだが――、


「そっか、そうなのね」


 と、美海は意外とあっさり受け入れた。


「あれ、もうちょっと疑わないの? 僕の言ってる事とか、もしくは僕の頭とか」

「別に今更よ。来人、犬と喋ってるし、昔から結構変だったわよ? それに、この前あんなの見ちゃったもの」

「ああ……」


 恋人から変人だと思われていたという事実に、来人は膝から崩れ落ちる。


「それで、その天界へ行く訳ね」

「まあ、そういう事」

「それ、私も付いて行って良い?」

「うーんと……」


 神様の世界、天界。

 果たしてただの人間の美海やテイテイを連れて行っても良いのだろうか。

 と、来人が答えあぐねていると、


「来人君とガーネさんだけで行った方が良いかもですね。一応、神様の世界なので」


 と、代わりにユウリが答えてくれた。


「ちぇー」


 美海はつまらなさそうに唇を尖らせ、テイテイもユウリの言に反応する。


「む、俺も駄目なのか」

「テイテイ君は来人君の契約者なので、絶対に駄目という訳ではないですが……」

「……ふん、まあいいか」


 ユウリが少し困ったように言葉尻を濁らせれば、テイテイも渋々と了承した。

 

 唇を尖らせ不服の意を示していた美海だったが、唐突に何かを思いついたのか、声を上げる。


「じゃあさ、お弁当作ってあげるわよ」

「お弁当? どうしてまた。天界は別に遠足じゃないよ?」

「いいじゃない。最近ね、料理系動画配信者を見て練習してるのよ。ほら、これ」


 美海はスマートフォンを操作して来人に画面を見せる。

 そこには銀髪の女の子が料理をしている様子が映し出されていた。

 

「ね、料理出来た方が女の子らしいでしょ?」

「うーん、じゃあお願いしようかな。美海ちゃんの料理の腕がどれ程上達したのかも気になるしね」

「う……ちゃんと昔よりは上手くなったわよ! 見てなさい!」


 来人は昔、美海の手料理だと言う黒い塊を口に入れた記憶がある。

 それが何の料理だったのか、それは今でもよく分かっていない。

 

「ふふっ。お二人はとっても仲良しなんですね」

「だネ」


 そんなやり取りをしていると周囲の生暖かい視線が刺さり、二人はこほんと咳払いで誤魔化して、おずおずと居住まいを正すのであった。

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