お茶をしながら

「改めまして、皆さま今晩は。スタッフの坂田あずきと申します」

 なるほど「あずき」だからあっちゃんか。

 スーツ姿の女性も一礼した。

「同じく、齋藤初枝と申します。宜しくお願い致します」


 二人はきれいな所作で、お菓子を載せた小皿の盆を手に一人分ずつ配る。

 羊羹とカステラに、竹の楊枝が添えられている。怪談話を聞く妨げにならないよう、食べるときにさほど音が出ない配慮か。懐紙の隅に「坂田菓子店」と印刷されている。

 少しずつ遠くなる、二人の女性の横顔に見入ってしまう。

 坂田さんの縦ロールで栗色の髪も、齋藤さんの首筋で一つに結んだ黒髪も、つややかで美しい。

 お菓子を配り終えると、坂田さんは縦ロールを揺らして部屋の奥へ進む。


 約20人を収容しているこの和室はかつて宴会にも使われたらしい。

 長方形の長辺の一方は縁側に接している。短辺の一方は廊下に接する襖。反対側の短辺には大画面テレビ、隅にはカラオケセットが置かれているが今は使うあても無さそうだ。


 齋藤さんは茶器を手に、一人ずつにお茶を注いでゆく。急須は少し大ぶりで重そうだが、それを忘れるくらい変わらぬ流麗な仕草だ。

 女子校王子が敏腕執事に。

 

 ふと、姉のことを思い出した。

 インドア派としては無駄に思えるほど手足の長い香耶姉と齋藤さんでは、背丈が同じくらいでも身体能力に大きな差があるだろう。

 モデルさんみたいとお世辞を言われる姉。

 私たちの間を斜めに往復する視線。

 一目で私が妹と分かるほど顔は似ているのに、成長期を経てもたいして縮まらない身長差……。

 だから私は香耶姉と出掛けるのが苦手だった。家で一緒に音楽を聴きながらお茶するときはとても幸せなのに。

 なのに香耶姉は、日本を離れてしまった。

 それはいい。海外で叶えたい夢があるなら応援したい。それに一生一緒に実家で暮らせる訳がない。

 ただ……本当の理由を話してくれないのが寂しかった。


 私のお茶が注がれる。

 齋藤さんは整った顔立ちをしている。

 お茶は冷茶だった。冷房の弱いこの部屋に丁度良い。障子一枚隔てた外は夏の夜風だ。


「さて皆様、お茶を召し上がりながらで構いませんのでお聞きください」

 坂田さんがアニメのキャラクターのような可愛い声で告げる。背後に大画面テレビ。教室で黒板を背にして発表する生徒を連想させた。


「平坂様と鍋島様には本日最後の送迎バスに合わせて、先にお話をしていただきました。

 お泊まりになる皆様におかれましては、これからお話しされる順番を決めていただきたいと思います。


 受付のときにお配りした、くまさんのマスコットを覚えていらっしゃいますか? 失くされた方はいらっしゃいませんか? ……皆さま大丈夫そうですね。


 くまさんの背中に番号が書いてありますので、1番の方から順番に怪談話を語っていただきます。ご準備が整いましたらどうぞ」


「私……ですね。吉見虎治郎と申します」

 名乗りでたのは銀髪ピアスの吉見さん。いかにも堅い仕事に就いていそうな話し方と見た目がアンバランスだ。

「こんなに大勢の方々の前で話すのは久しぶりです。……マイクをお借りして構いませんか? 電源は入れませんので……持っているほうが落ち着きます……」

 

 おお、カラオケセットのマイクに需要が発生した。

 坂田さんからマイクを受け取ると、吉見さんの顔つきが変わった。


「じゃあ、ライブと同じ調子でやらせてもらうぜ」



(続く)





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