一巡目
主催者・岩永清継氏の話
これは僕が百物語をやりたいと思うようになった、きっかけの話だ。
いまから二十年以上も前、20世紀末のことだ。僕が大学に入ったばかりの頃。
部室の本棚いっぱいの漫画を目当てに部活に仮入部した。何の部活かは言わない。長続きしなかったし。
ある日、1年生ばかり4人部室にいたとき、「百物語」のやり方の話になった。
怖い話を1人ずつ、話し終わったら蝋燭を消す。全部消えたら何かが起こる……という認識しかなかったけど、そのとき本式のやり方を吉見くんという人から聞いたんだ。
「本当は部屋が3つの部屋がL字型に並んでいる場所が良い。
L字の角を挟んで、怪談話をする部屋と、百本の蝋燭のある部屋……これも本来は灯芯だとか行燈だとか言われる。角の部屋には鏡を置く。話し終えた人が部屋を移動して蝋燭を消しに行き、帰りに鏡を見て、始めの部屋に戻るんだ」
こんなことを彼は、僕には再現しきれないような、どこか引き込まれる調子で話してくれた。
数少ない部員は男子がほとんどだったが、ここに女子を2人も連れてきたのは彼なんだ。
俺らみたいに安アパート暮らしじゃ無理だな、と言い合った。
「話し終えた人が灯を消しに別の部屋へ行くなんて不便だろ。そいつだけ次の話を聞けないじゃん」
なんて吉見くんも言ってた。よほど怪談が好きなんだな、と思った。
そこで鶴の一声をあげた女子がいた。青山さんという、ちょっと綺麗な子だった。
「だったら私の家くる? 私の家ここから近いんだよ。一軒家」
彼女は手近な紙に地図を書き始めた。大学の近くに住宅地で、歩いて行き来できる距離だ。
もう一人の女子の谷中さんは家が遠くて先に帰っていた。彼女が見たらさぞ羨ましがるだろうと思った。
灯心はムリでも蝋燭ならあると、やっぱり言われたよ。
とにかくすぐに話が決まった。
谷中さんには僕から連絡することにした。同じ授業をとっていたからだ。
この先は、時代掛かった話しになるが……
今ならその場で、地図の写真、いやGoogleマップのURLでも谷中さんに送っただろう。
でも、さっきも言ったように20年以上も前の話だ。今ガラケーと呼ばれているのより、もっと原始的な携帯電話が使われていた。何しろ、その場の誰のケータイにもカメラが付いていなかったんだ。
僕たちが見たのと同じ地図を、谷中さんが見る事はできなかった。
翌日、5限の授業が終わると、谷中さんは図書館に寄ってから行くということだった。
現地集合という約束だったが、僕は部室に寄った。一年男子3人は揃っていたから彼らと青山さんの家を目指すことにした。
「谷中さん、道分かるよね?」
「僕から説明したけど、大丈夫そうだった」
青山さん宅のあたりは閑静な住宅地だ。地形のせいか、思ったより暗くなるのが早い。
門の前に着いたが、門の鍵が閉まっている。
「やけに静かだな。誰もいないんじゃないか?」
「青山さん、急用でも出来たのかな」
ここまで来て、青山さんの連絡先もこの家の住所も……道順ではなく地名とか番地とかだよ……だれも教えてもらっていないことが判明した。
僕の携帯電話の着信音が鳴った。
谷中さんだ。
……LINEはまだなかったんだ。
「ごめん、みんな今どこ? 私、裏口に来ちゃったみたい。青山さんはそっちにいる?」
彼女は図書館に寄ったぶん、別の道を通ったらしい。僕の描いてみせた地図の信頼性が試される。
僕は返事した。
「みんな、表口? にいるよ。青山さんだけいない。ていうか裏口なんてあったんだね」
ピピッ、ピピッ、と耳障りなアラームが聞こえ始めノイズがひどくなった。
「……ごめん……電池が……」
谷中さんの通話が切れた。
僕たちは手分けして、谷中さんを迎えに行くことにした。
青山さん宅の敷地の周りを右回りする僕、左回りするのは高堀くん……僕同様に部室の漫画目当てだったやつだ。そして、その場で待つのが吉見くんだ。
しかし、歩いたのちに再び門の前に集まったのは、さっきと同じ男3人だけ。
こんなことなら図書館で待ち合わせすればよかった。
吉見くんが青い顔をして言うには、
「近所の爺さんが通りかかったから聞いてみたんだ。そしたら、青山さんのところはお婆さんが亡くなってから空き家のはずだって……」
「ちょっ、それって……」
「ちゃんと伝えたからな! 俺帰るわ」
吉見くんは脱兎のごとく駆け出した。
それから、女子2人は部室に来なくなった。谷中さんのことは授業で見かけたけれど。
僕を含めた男子も徐々に行かなくなった。
当時サークル自体に宗教団体が勧誘のために入り込んでいた、との噂をずいぶん後で耳にした。
この話はこれでおしまい。
* * *
「オチがいちばん怖くありません?!」
木崎さんが声をあげた。
たしかに、噂が本当ならこの人は部室に行かなくなって正解だった。
「あの、吉見って人は……」
銀髪ピアスのお兄さんがスマホを操作し出した。
「もしかして、こんな顔ですか?」
「おお、そっくりだ! この人に違いない」
「俺の父です。肝心なときにいなくなるなんて、若い頃からしょうもない男ですね」
お兄さんは一瞬寂しげな顔をした。
しんみりした空気を切り替えようとするみたいに、こんな事を言う。
「しかし自分から言い出して何ですが……失礼ですが、父と同い年にはとても……何年飛び級されたんですか」
「してないよお。じゃあ、行かなくちゃ……あ、ロウソクを消しに行くときはこれを使うといいよ。……お後がよろしいようで」
岩永氏はキャンプ用品みたいなランタンを手に、障子を開けて縁側に降りた。
(続く)
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