会場へ 岩永邸
バスは岩永邸に近づいてゆく。
これまでとは違って田畑の間に集落が見え、私が電車を降りた無人駅周辺より拓けている。
坂を登り始めたらまた暗い山道となる。
ふたたび車体が夏日に照らされるとき、岩永邸の立派な門構えが見えてきた。
案内係のホイッスルに導かれ、バスが門に入る。
敷地内は賑やかだ。
アクセスが送迎バスだけではないこと、百物語会のほかにも催し物があったこと、そして山のふもとで見かけた幾つかの集落のことを改めて思い出した。
私たちが下車するころには、案内係の後ろにこれから同じバスに乗って帰ろうとするらしい人々が列をなしていた。
地域でいちばんの豪邸といえども集まった来客のほとんどは普段の私と変わらない庶民的な人々で、少し気が楽になる。
広い庭ではバーベキュー用のテーブルと椅子が片付けられてゆくところだった。これも今日のイベントだったのだろう。
誘導されて「受付」と書かれたプレートの見えるほうへ歩いてゆく。招待状を片手に、受付のときに言うことを頭の中で繰り返していた。
八田亜耶です。招待状を受取りました
「亜耶ちゃん! 来てくれたんだね」
私を一目で気づくのは、ここではこの人だけだろうと見上げれば案の定、姉の友達ナベカッつぁん。いや私がそう呼ぶ訳には行かないだろう……渡辺克雄氏だった。何やら大きな荷物を運びながら受付の脇を通りかかったところだ。
「渡辺さん、お世話になります」
「おう。ゆっくりしていきなよ」
忙しいのか、姉のことはとくに何も聞かれなかった。
受付には一対のテディベアが"WELCOME"と書かれたボードを支えている。ピンク色のロリータファッションに身を包んだ少女が席についていた。
私の番になった。
「こんにちは」
「八田亜耶と申します。よろしくお願い致します……」
「あっちゃん、香耶さんとこにチェックしといて」
渡辺さんが告げると、あっちゃんこと受付嬢が出席者のリストに印をつけた。
「今日はお運びいただきありがとうございます。こちらをどうぞ」
小さなテディベアが差し出された。
「わあ、可愛い」
私が喜ぶと受付嬢もニコッと笑う。
「手作りの記念品です。百物語にご来場の方に一つずつ差し上げております」
「魔除けになりますかね」
先に受付を済ませたデニムの男性が冗談めかして呟くと
「なると良いですね」
受付嬢もいたずらっぽく返した。
ふと見るとフォーマルなスーツ姿の男性が二人並んでいて、却って目を引いた。
議員など務めていそうなスーツ姿の年配の男性が、その息子ほど若くみえる男性に話を聞いている。
「……この土地を建物ごと甥に譲ることにしたんですよ。
彼は歴史的な趣ある建物を活かした宿泊施設を思い描いていましたが……」
どうやらこの若いほうの男性が、招待状の送り主で屋敷の所有者である「岩永の旦那様」こと岩永清継氏らしい。
起業を考えるような大人の甥御さんのいる年に見えない……と思いそうになるが、そもそも甥や姪は親子ほど歳の差があるとは限らないのだ。
強いていえば、木崎さんと同世代くらいに見える。
「……現代の防災基準をクリアするための大幅な改修や建て替えが必要です。解体してそれきりになる物もあるでしょう。
趣を残すよう工夫するにしても、まあ……別物になってしまいますね。
そこで、まだ健在な建物を公開し、広く皆様の思い出に残してもらおうという訳です」
「なるほど。大旦那さま譲りの太っ腹だねぇ。……懐かしいなあ。俺もガキのころは探検ごっこなんつって、お屋敷に潜り込もうとしてよ、大きな木から落っこちて大目玉を食らったもんだよ」
おじさんともう少し若いおじさんは子供のように笑う。
笑いがおさまると、岩永氏は「……を頼みます」と言ったように聞こえた。
たぶん甥やその会社を応援してやってください、ということだろう。
岩永氏と目が合った。
と思ったが、名家の当主にしてこのイベントの主催者が私だけを見ているはずもない。
一同に始まりを告げるのだ。
「みなさん、今日はお集まりいただいて有難うございます。これから存分にいろんな怪談を話して、聞いて、楽しんだり驚いたりしましょう!」
(続く)
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