会場へ 乗客たち 

 木々の間から少し開けた場所に公民館の看板が見えてきた……と思うとバスはそこで止まった。

 日傘をたたみながら乗車口に歩いてきたのは、目を見張るような美しく上品な淑女だ。

落ち着いた色合いの着物とまとめ髪が、天性の華やかさを引き立てている。


 昨年成人した私より一回りほど年上だ。和装と洋装の違いはあれど、いつかあんなふうに凛とした女性になれたらと夢見ずにいられないが、それは未来の自分への買い被りだろう。

 

 本来ならあの豪邸は所有者に釣り合う立場の人々しか足を踏み入れることのない場だという現実が思い起こされた。

 去年よりずっと自由になれた大学生の夏休みにぴったりのイベントだと思えたし、そんな同世代の参加者が大半だろうと勝手に思っていたのだけれど。


 着物の女性はちょうど通路を挟んで反対側の席に腰を下ろした。


「はじめまして。貴方も岩永いわながさんのお屋敷に?」

「あっ、はい、姉がお世話になっております! 八田はった亜耶あやと申します」

 緊張のあまりお気に入りのゴシックロリータ服に相応しくないワタワタした調子で返事をした。

 バスは走り出す。


木崎きさき華子はなこと申します。そう、お姉様が岩永の旦那様とお知り合いなのかしら」


 間違えた! 

 これは会場の受付で言うことだ。

  

「ごめんなさい。姉は岩永様御本人ではなく、御親戚にあたる渡辺わたなべ克雄かつおさんという方と同じ大学の知り合いです。招待されたのは姉ですが、海外にいるため私が代わりに来ました」


 間違いと誤解を訂正したいだけなのに、自分のことばかり長々と話したようで居心地よくない。


「私は美術商をやっておりまして、店を閉めて参りました」


 木崎さんに話のバトンが渡ってホッとした。それに何やら興味深いエピソードの多そうなお仕事だ。顧客のプライバシーのために口外できないことも色々ありそうだけど……などと勝手に思ってしまう。

 今日休んだということは、1人でやっているお店かもしれない。


 またバスが停まり、今度はパンキッシュなお兄さんが乗り込んできた。タラップを一段上るごとにシルバーアクセが音を立てる。

 逆立つ髪を銀色に染め、両耳、鼻、唇にも銀のピアス。両目はアイラインで黒く縁取られている。

 皆が皆よい印象を持つとは限らないのは分かっているが、私は男に生まれていたらこんな格好をしたくなったかもしれない。


「お世話様です」

 意外に、と言っては失礼だが、彼は礼儀正しく運転士に挨拶した。

 私たちにも軽く会釈して、前のほうの席に座った。


 ここから乗る人はまだ他にもいた。

 大学の先輩くらいの二十歳前後の若い男女二人。カップルというわけではなさそうだ。

 というのも服装の傾向が全く違う。

 男性は停留所まで山道を歩いてきた証のようなデニムにスニーカー。女性はお屋敷向けにフォーマルにしたのか就活用のを着てきたようなスーツで、足元は黒いウォーキングシューズだ。

 

 女性は先客の顔ぶれにいささか面食らったようだ。

 大丈夫ですよお姉さん。凝った服装でなくても良いんです。

 私たちが向かっているのはファッションショーでもコスプレパーティーでもなく、怪談の百物語の会ですよ。


「お待たせしました、つぎはいよいよ岩永邸です」

 運転士はそう告げて発車した。

 

 バスの乗客はこれで全員だ。

 招待状によると、この送迎バスのほかにも交通手段はある。また、百物語の会に前後して他の催物も開かれるそうだ。


「なので、岩永邸に集まる人の多さはこの程度では済まないでしょうね」

 木崎さんはそう言って微笑んだ。

 その笑みは、怪談会が楽しみなのか、社交上のものか、何かほかの意味があるのか、まだ私には分からなかった。


 


(続く)

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