百物語事件

蘭野 裕

会場へ

 森を縫うような狭い道をマイクロバスは行く。

 ありがたいことに涼しいのは乗車した時からだが、深緑と地形がもたらす日陰の暗さに今が真夏の真昼であることを忘れそうになる。

 怪談会の雰囲気にはぴったりじゃない?

 暑さをやり過ごす知恵と言うが、私は暑くなくても怖い話が好き。


 姉から招待状を託されている。

 送り主は、バスがこれからいくつかの乗車地点に寄って最終的に向かう、別荘の所有者だ。

 私と同じ駅から乗る人はいなかった。

 一時間に一本しか通らない無人駅だった。

 白いワンピースのお嬢さんがいたが、彼女は一体何を待っていたのだろうか。

 私はいまのところ唯一にして最初の乗客だった。

 

 百物語……人数分のローソクを用意し、一人ずつ怖い話をしてはその火を消す。全ての火が消えるとき何かが起こるという。


 子供のころ一度だけやったことがあり、今は笑い話だ。

 最後に話すはずだった子が「やっぱり怖い」と泣き出すも、呼吸で思いがけず火が消えてしまったのだ。一同はパニックになり叫び回っていたら、ヌッと大きな影が現れた!

 それは騒ぎを聞きつけた近所のおばさんで、こっぴどく叱られたというオチ。


 本式のやり方はもっと手の込んだものだという。

 三つの部屋を使う。怪談話をする部屋、手鏡を置く部屋、そして百本の蝋燭ならぬ灯芯のある部屋。

 怪談を一つ話し終えると、語り手は灯芯を消しに行く。帰りに手鏡に自分の顔を映して見てから手鏡を置き、はじめの部屋に戻る。


 招待されたのは、本式に近いほうだ。

 

 会場となる別荘の敷地の全体図が、招待状に同封されている。

 本館の和室が、怪談話をする部屋。

 池もある広い庭を歩いた先にある茶室が、百の灯芯の置かれる部屋。

 その中間のやや茶室寄りに、待合という小さな建物がある。ここが手鏡を使うところ。


 ……この場所を夜に歩けと? 怪談を聞いたり話したりした後に? 

 やってやろうじゃないの!


 

 



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