短編:秋の春

鈴木 ひとで

賞味期限切れ

 僕は約半年前の春、彼女に振られた。

 それ以来、ずーっと引きずって、未練たらしく、気色の悪い男になっている。

 いい加減忘れて、もらったものも消費しておこうと思い、彼女がくれた東京みやげの缶を開けた。

 中には、既に僕がほとんど食べて残った遠慮のかたまりがある。

「自分しか食べへんのにな」

 なんて言いながら瞼を赤く晴らしてしまう僕がいる。


 ずっと彼女には迷惑ばかりかけてしまった。僕は不祥事を多く起こしてしまったし、自分のことを見失ったこともあった。死にたいなんて言って崖の上に立ったこともあった。

 それでも、彼女は全力で支えてくれた。

 いい彼女だった。

 後にも先にも、こんなに最高な恋人は他にいないと思う。そう思うぐらい、僕にとっては大きな存在だった。

 そんな存在に、僕は依存してしまった。

 彼女の声、顔、感触、優しさ、丁寧さ、しっかり者なところ、包容力、他にもたくさん。彼女の全てに。

 僕は彼女に、ずっとくっついていたいと思っていた。


 だから僕は振られた。自分でも分かっているし、理解も納得もしたんだ。

 なのにまだ胸の奥になにかつっかえている。


 そして僕が未練たらしいせいで僕はいつの間にかブロックされていた。


 全部僕が悪いから、消えてしまいたい。死にたい。って、思ってしまうけれど、別れ際に言われた「絶対に死ぬなよ」の言葉がそれを止めさせる。

 やっぱり全部、あの人なんだよな。



 東京みやげの缶には23.10.08と印字され、その中身がもう賞味期限切れであることを物語る。

 そろそろあの人への想いも期限切れだろうか。

 これ以上残すと腐ってしまうと思ったので、中身をすぐに食べた。


「さくら…」


 中身の菓子は涙で湿気てしまい、弱っちい食感が口の中を染める。しかし妙に軽やかで、甘くもあった。

 後味はまるで緑茶のように、謎の苦味だけが残る。


 正直、とても不味かった。

 美味しいんだけど、とても不味い。吐きそうなほど不味い。


「ずっと期限がこんかったらええんになぁ、砂糖みたいに」


 早くやめたいんだ、こんなことは。



 10月はじめに向こうが何か問うてきたことを最後に、あの人からは既読がつかない。

 ブロックされたで確定だろう。


 友達はみんな、早く忘れなよだとか、切り替えていこうって言ってくれている。



 僕は、変わらないと。




 前に進んでいくあのひとのように。

 さっき食べた菓子のように。

 苦い後味でもいいから、自分を誤魔化して。





 サクッと、変わっていこう。





 なんて書き綴って正気に戻ろうとしただけだ。これは他の誰でもない僕だけが得をする短編。

 まともな人に、なりたかったな。

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