初依頼は記憶に残ります

「こういう依頼は初めてですけど、案外時間がかかるものなんですね。もっと早く終わるものかと思っていました。もしかしてゴブリン退治よりも時間がかかっているかもしれませんね」

「そうだな。でも採取系の依頼は運がいいか、爆速で見つけられる、ある種の特殊能力を持っている奴でない限り基本的には時間がかかるんだよ。でも数時間しかかからないとも言えるけどな。それでも簡単に終わらせることができると高を括った新人冒険者には衝撃的で落ち込んで帰ってくる新人が多いらしい。ルナはそういう経験はしていないからラッキーだたったかもな」


 何を隠そう俺も痛い目に合った一人だ。転移者である以上、この手合いの依頼はすぐに終わらせることができるものとばかり思っていたのだけが、そうは問屋が卸さないわけで、たかだか何本かの薬草を見つけるだけで一日中かかった。今となってはいい思い出とも言えるけど、当時は笑いごとではなくてかなり落ち込んだ。本気で俺にはこの世界で生きていく資格はないかもしれないと感じたりもした。結局、何回かやっていくうちに、これは慣れであることが分かり、それからは早くなったな。最近は調査系の依頼が多かったから採取系の依頼はご無沙汰になっていたのでいい機会だったかもしれない。たまには息抜きがてら受けるるのも悪くないかもしれない。


「確かにこれは新人キラーと言えるかもしれませんね。普通の草と薬草なんて見分けがつきにくいですもん」

「そう言っている割には見つけるの早いじゃないか。コツとかあるのか?」

「コツ、と言うほどでもないとは思いますが、私は野草のような食べられる植物を小さなころから集めていたのでその経験が役に立っているのかなと思います。なので勘のようなもので集めているということなると思います」


 やはり幼少期から大自然を駆け回った者が早いということになるのか。その点、エレナがかなり苦戦していそうなのは小さいころに野山を駆け回った経験があまりないのかもしれないな。


「エレナさん、苦戦していますね。手伝ったほうがいいのでしょうか」

「いや本人に任せよう。もし本当にダメそうなら手を貸す。そうじゃないと本人のプライドも傷つくだろう」

「分かりました。でしたら私はもう少し集めておきます」


 ルナは作業に戻る。エレナをもう一度見てみると、うなりながらやっていた。ここまで苦労するとは本人も思ってはいなかっただろう。俺とルナが集めた分だけでも規定量には達しているが、エレナも自分でこれくらいは取りたいという目標はあるはずなのでそこまでは最低限見守ることにする。


 しかし、そうは考えていても心配なのも事実なので、様子をチラチラと確認しながら、声をかけるタイミングを探す。エレナは比較的プライドが高いから下手なことを言うと逆に聞く耳を持たなくなってしまうからどうしようか。欠点でもあり、ある意味では美点とも言えるエレナの性格だな。それを含めてのエレナなので否定することは絶対にしたくはないし、可愛い所もある。何日も一緒にいると少しは性格が分かってくる。もちろんまだまだ知らないこともあるけど……。


 ずっとかがんでいるから腰が痛くなってきたな。これはお風呂のある宿に泊まって、ゆっくりとお湯につかりたい。どれくらいの値段がするだろうか。きっ二人ともお湯にはつかりたいと思っているだろうな。あ、エレナの服も買わないといけないな。それをすっかり忘れていたな。少し早めに切り上げて最低限、買わないと。今まで何とかなっていたから記憶の端にいっていた。危ない。このままだと明日になるところだったな。


「おいエレナ、調子はどうだ?」

「よくはないな。薬草の採集がここまで難しいとは思いもしなかった。私はもしかしなくても冒険者の仕事を舐めていたのかもしれない」


 それをこのタイミングで自覚できたとは少し驚いたな。


「それが分かったのならよかったよ。これ実は新人の心を折ることが多い依頼なんだ。だから冒険者の心構えというか、そこまで冒険者は甘い仕事じゃないことを教える目的もあるんだよ」

「そうだったのか。どんな依頼も油断せずにキチンと真摯に受ける心が大切ということだな。全然集めれなくて悔しくて落ち込んでいたが、それも想像通りということか」


 ふっと笑い。疲れたように腰を下ろした。陽は沈みかけている。今からギルドに戻ってもいい時間になるだろう。


「そうか。今日は時間も時間だしもう終わりにしようか。エレナのもの少し買わないといけないしさ」

「私のものか。確かに肌着が少々必要だな。分かった」


 機嫌を損ねることなどなく、清々しかった。ルナを呼び寄せて、三人で集めた薬草を俺のアイテムボックスに入れて帰る準備を進める。エレナは俺がアイテムボックスを使えることに驚いていたが、何度か使っている内に何も言わなくなった。やはり珍しいとは言っても、希少性が高いということでもないのだろう。やたら人前で使うものでもないだろうけど、別に隠す必要もないのだから便利だ。


「ここから王都を見るのも綺麗なんだな。惚れ惚れとする」

「時々でもここから見てみたいです」


 湖がいいアクセントを出している。これはここで野営でもしたい。あるいは夜に転移魔法でここにくるのもいいかもしれない。この距離感なら三人でも問題はない。


 少しこの雄大さに見とれてしまったが、早くしないと買えなくなるので、後ろ髪をひかれる思いで王都に戻ることにする。


「今日の初依頼、忘れることのないようにしたいものだな」

「エレナがそう思う限り、忘れることはないよ」

「いい思い出になりそうですよね」


 三者三様の感想を持っているだろうけど、共通しているのはきっといい思い出になったということだ。



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