奴隷紋を試してみます
「馬の名前もミーティアと決まってますます楽しくなりそうだな」
「私も楽しんでいいのだろうか」
「いいに決まっているさ。遠慮なんてするなよ」
エレナはどうも素直に楽しむことに抵抗、というか罪悪感のようなものを抱えているのだろう。そりゃ、ないほうがおかしいかな。昨日、仲間を殺されているわけで、俺たちといた時間よりもあの二人といた時間の方がどう考えても長い。表面上、繕うことが出来ていても、内面では整理できてはいないだろうな。
とは言え、俺はどうこうできる問題でもないからな……。難しいものだな。
「ならそうすることにしよう。私にその権利があるのかは分からないけどな」
「一緒にいる以上、権利なんて関係ないだろうさ。エレナが楽しいと思ったらそれをそのまま出してもいいんだよ。俺たちだってそうするんだから。そもそもルナは奴隷なんていう身分だけど、それでも楽しんでいなさそうに見えるか?」
「いや見えないな。それどころかすごく生き生きしているように見えるよ。そうか、あんな風に眩しく見える存在になってもいいんだな」
気持ちに踏ん切りをつける必要は全くないし、そんなことを言う資格など誰にも存在しない。だけど、楽しんで欲しいとは切に思う。そのためにできることはやってあげたいのだ。エレナにはその綺麗な顔をませて欲しくない。ただただ、笑っていて欲しい。人の言うことを簡単に信じてしまうくらいなのだから、きっとその性質は無垢なのだろう。だからそ純真無垢な姿を見たいのだ。それは果たして俺のわがままなのだろうか。今はまだ分からない。
「人は暗い顔をして過ごすよりも笑って過ごした方が楽しくなる。俺はそう信じているよ」
「確かに笑っていた方が気持ちは楽かもしれないな。余計なことを考える時間が減るわけだから当然か」
エレナは無理して笑顔を作ろうとしている。違う、そうじゃないんだよ。
「自然体でいいんだ。無理に何かしようなんて気負う必要もない。ありのままの姿でいればそれで良いと思う」
「そんなものかな」
「そんなものさ」
これを言うことで何が変わるか未知数ではあるけど、言っただけの価値はあると信じたいところだ。
「そうだ、翔太は冒険者という話は聞いているが、その中でも強い方なのか?」
「前いた街では上から数えたほうが速かったな。だけど、それが王都ではどうなるか分からない。王都ほどの都市なら強い人も集まりやすいだろうから、上位冒険者の強さも青天井だろうしな」
「確かに王国の首都だからな。強い人材は山のようにいそうだ」
こればかりは言ってみないことには何とも言えない。もしかしたら俺でもまったく通用しない可能性があるのだから。
「強い人を見られるかもしれないというのもそうだけど、王都に行くのも初めてだからそれも楽しみなんだ。どんな感じなんだろうな。そうだ、エレナは王都には行ったことあるのか?」
「いや王都にはないな。でも首都だからそれなりに大きいとは思っている。それとかなり美しい都市と専らだな。水の都市とまで言われているらしいから、相当なのではないかな」
何それ、水の都市ってどう考えても凄そうな名前だな。水で有名な都市といえば、ヴェネツィアが真っ先に思い浮かぶな。後は東京とかも該当するかな。でも美しいっていうのだから、期待をしてもよさそうだ。
「あ、それ私も聞いたことあります。なんでも大きな川と湖、それから湧き水による豊富な水が織りなす都市だって」
「ルナも聞いたことあるんだからきっと、王都は想像もできないくらい綺麗な外見をしているんだろうな」
「ですね!」
ルナも前から反応してきた。それくらい王都の水は有名ということだろうな。ということは水路がたくさんあるのかな。綺麗な水であってくれよ。汚いとなんか幻滅しそうだから。
「エレナの認識もルナと似たような感じなのかな?」
「概ね私の認識と同じだ。それから大変文化的な都市でもあると聞いたこともある。これは王国という大陸内でも有数の大国の首都だから当然と言えば当然ではあるがな」
文化も盛んなのか。ということはきっと学術的にも発展しているのだろう。面白い魔法とかあるかもしれない。ワクワクが止まらねえ。
「それを聞くと随分とすごいな。冒険者が入っていいか分からなくなってくるよ」
だが王都には冒険者の間でもかなり有名な場所がある。
「そんなことはないだろう。王都だから何でもありかもしれない」
エレナの言う、何でもありとは一体、何を指し示しているのか分からないのが、逆に怖いな。いや、想像したくないだけかな。
「翔太は王都については何か知っていることはないのか?」
「冒険者の間で有名なのは迷宮だろうな。何回か、かなり大きなのがあると聞いたことがある。それを目的に王都に行くやつもいたくらいだから相当大規模だとは思ってる」
「ほう、迷宮……ダンジョンか」
迷宮には俺も調査目的で何度か入ったことがあるけど、大規模なものには実は入ったことがない。王都の冒険者ギルドで少し聞いてみるか。それで行けそうなら一度くらいは挑んでみてもいいだろう。ルナにも前に、ダンジョン云々の話はした気がするし。それに俺も気になる。
不思議なドロップアイテムがあるわけではないけど、未知の何かがあるかもしれないし、その未知を既知にすることは非常に厨二心をくすぐられる。最も、俺は中学生からはかなり離れた年齢になってしまったから痛い奴でしかないかもしれなけど。
「問題がなさそうなら一度行ってみようと、ふと思いついたんだけど、エレナは来るか?」
「私でも何とかなるのなら挑むのも悪くはないだろう。強くなれる可能性があるのならできるだけ、場数はこなしておきたいしな」
「ストイックだね。いつ挑むかが状況次第だけど、冒険者の活動としてやりたいことの一つ目は決まったな」
だからと言って、さすがにエレナの冒険者として最初の仕事が迷宮挑戦ということにはならないだろう。
これでエレナとは少し話が出来たと言えるかな。後今日しないといけないのは、ルナのお仕置きというか、奴隷紋の実験だな。エレナに見られないようにしないとな。ルナのとんでもない性癖がばれてしまうかもしれない。出会ってすぐにそれを見られるのは流石にお互い気まず過ぎるだろう。昼にあれだけ俺のことを変態呼ばわりしていたしな。
奴隷紋か。魔力を込めると、その強さに応じて威力が変動するんだよな。電撃であれば調整次第では身体の凝りをほぐすことも出来そうなものだ。
強さを考えているとあっという間に太陽も傾き、野営をすることになった。夕食も食べたところでそろそろ、ルナには来てもらおう。
「ルナ、ちょっと来てくれ」
「はい」
エレナには目でサインすると、わかってくれたようで、そのままも姿勢でいた。
「さてルナ、お仕置きといったけど、この前奴隷商から教えてもらった奴隷紋を任意で発動させてみようと思っている。実験も兼ねているから最初は色々と付き合ってもらうぞ」
「私のお仕置きと実験を両立されるのは合理的ですけどなんか癪です」
「望んでお仕置きをされる側がそんなこと言わないの」
ということでルナに手の甲を出してもらって、そこに魔力を少しずつ加えていく。
「あ、少し感じます。でもまだまだ問題のない強さです」
「そうか、それなら少しずつ強くしていくか」
魔力を強めていく。明らかにルナの身体が震えて、表情が変わっていく。
「これくらいまでならマッサージみたいな感じで気持ちいいと言えると思います。疲労回復にはいいかもしれません」
「そんなにか」
どうやらここが痛くない許容なのかな。
「そしたらもう少し強めるぞ」
「お願いします。思い切りやってください」
「あれくらいでマックスまでは食らわせないからね?」
そこまで重大事ではないのだから必要ない。だが魔力は少しずつ強くしていく。ルナから少し辛そうな声が漏れ始めている。
「これで結構しんどいか」
「……これくらいなら、遊びでも使えるくらいです」
このタイミングで何を言っているんだ。確かにそのために実験している節もあるけど。
「そしたらもう少しか」
「ひっ、あっ、あっ、あっ……」
ルナが悲鳴を我慢しているのが分かる。これよりももう少し強めると完全に拷問レベルなわけか。このまま長い時間放置してもよさそうだけど、今回だけはもう少しだけ強くして終わりにしよう。これでは本人が罰にはならないとか言いそうだからな。
「ひゃあああああ!!!」」
しまったやりすぎた。ルナが思い切り悲鳴を上げてしまった。中間くらいにするはずだったのに……。即刻魔力の注入を止めて奴隷紋を停止させると、ルナは地面に膝から崩れ落ちて肩で息をしていた。
「大丈夫か」
「ありがとう、ございました」
もはや恐怖の域まで来ているかもしれん。
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