名前を決めました
「ご主人様、申し訳ありません。その想像以上に、エレナさんが信じやすかったみたいです」
「自分の口で言ったことなんだから責任くらいは持ってくれ。今回は何とかなったけど、何とかならないことだってあるかもしれないんだから。言葉選びには気を付けてくれ。頼むよ本当に」
「はい……さすがに反省してます。人のことを伝えるときには少し考えてから話すようにします」
三人とも大混乱に陥って、しかもルナにはずいぶんな罵詈讒謗をされてしまった。エレナに至っては、その虚言を信じてしまったわけで、一連の出来事はまったく嘆かわしいことだが、お仕置きの実験ができる口実を手に入れたし、エレナの誤解も解けた。それにエレナの持っている危うさも浮き彫りになったわけだから、とりあえず良しとしておこう。
「反省しているみたいだからこれ以上責めることもないな」
「けじめのために私にお仕置きをしてください……」
自分から言ってくるとは思わなかったな。でも自分から言ってくるのならこちらから切り出す必要は無いのだから手間が減って助かる。
「それが望みなら夜にしよう。エレナに見られていないところでやろう」
「……分かりました」
耳もぺたんと垂れている。思ったよりも反省しているらしい。意外といえば意外だ。エレナと俺の様子を見て、何か思うところがあったのだろう。ルナが俺にそれなりの覚悟を示してくれたのだから相応には応えよう。
「私が言うのも何だが、できるだけ穏便に済ませてやってくれないだろうか」
「善処はする。それとエレナ、ちょっとこっちに来てくれ」
ルナがいる手前、ある程度きつい態度で臨んだ方がいいときもある。それを望んでいるのだろう。だかたこっそりとそれを教えていこう。
「なんだ」
「ルナいは言わないで上げて欲しいんだけど、別に酷いことするつもりはないから安心してくれ。本人がああ言っている手前、それを無下にするわけにもいかないからさ」
「そういうことか。なら私がルナのこと案じる必要は無いということか。よかったぞ。半分以上は私の責任だからな」
「そんな気にすることでもないろう。こんなことでずっと何かを言っていたら、俺の方が悪人じゃないか」
この件はもうこれで終わりだ。特に気にすることもないし、蒸し返す必要など微塵もない。
「さ、昼食も食べ終わっているし、出発しようか」
「御者は私がやります。ご主人様はエレナさんとお話してください。まだあまり話せていないでしょうし」
「いや、私がやろう。さっきもそのような話になったではないか。なぜ急にそんなことを言うのだ」
エレナの疑問は最もだな。俺としては交代で回していくつもりなのだから。順番であれなどちらがやっても問題はない。
「いえ、ご主人様とエレナさんに話す時間を作ってあげたいなって思っただけです。他意はありません」
「そうなのか。なら甘えさせてもらおう。次に交代するときには私がやろう」
「はい、次はお願いします。それまではご主人様と色々お話をしてみて下さいね」
中々気を使ってくれているみたいだ。とは言え、昨日の夜に少し話をしているからな。そういえばあの時間、ルナは寝ていたんだったな。それに少し表情の柔らかくなったエレナと面と向かって話をしていないからちょうどいいか。
「ご主人様もですよ」
「そうだな、エレナと交流を深めることにしよう」
御者も決まったので馬車に乗り込む。荷台には俺とエレナの二人で座っている。なんだか気まずい。
「結局、馬の名前もまだ決めていませんね」
「えっ、こんなにも立派な馬だというのに名前がないのか」
確かにまだ決まっていないな。エレナは流石に驚いているけど、それも当然の馬ということだ。
「そうなんだよ。なんだか色々と迷ってしまった結果、決められていなんだよ」
「そうなのか。早く決めてあげないと馬も可哀そうだと思うのだがな」
「分かってはいるんだけどな」
あの顔にある流星は大きな特徴だからな。それに黒毛の馬体に浮かびあがっているわけで、まさしく流星という名がふさわしい形をしている。そういえば、流星って名前にするにはちょっと抵抗感があるけど、他の言葉で流星ってどんな意味だったかな。メテオとか? あ、ミーティアか。ミーティア、綺麗な名前じゃないか。これは我ながら結構いいセンスだと思うな。
「どうした」
「ちょっと名前を考えていたんだ。ミーティアというんだけど、どうだろう?」
「ふむ、悪くはない響きには思うけど、どういう由来なんだ?」
エレナは馬における流星のことを知らないのかもしれない。
「馬の顔には毛色の異なる部分があるだろう。これを流星というんだけど、それから取ったんだ。ミーティアとは流星の意味だよ。流れ星、まさにこの馬にふさわしい名前とは思わないか?」
「なるほど流星か。格好いいな」
エレナには好評のようだ。後はルナがどういう反応をするかだな。気に入ってくれると良いんだけど、
「ルナ、馬の名前だけど、ミーティアっていうのはどうだろう?」
「ミーティアですか。意味のところは聞こえたんですけど、流星ということですよね」
「そうだ、流れ星つまり、流星の意味を持つ言葉だ。身体的特徴をそのまま表しただけだけど、なかなか良いと思うんだ」
天啓に見たいに降ってきた名前だ。その意味合いでも流星というのは適切かもしれない。
「とっても素敵な名前だと思います。ねっ、ミーティア!」
ルナも気に入ったみたいだし、ミーティアは機嫌良さそうにしている。嘶くとかはしなかったけど、首の振り方とかから嬉しそうだ。
「ミーティアは賢いのだな。もしかしたら言葉を理解しているのかもしれないな」
「そう思うくらいには賢い馬だよな」
エレナもやはり感じたか。この知力の高さはどこから来ているんだろうな。普通の馬ではなかなかないだろうに。
「エレナのおかげでミーティアといういい名前を思いついたよ。ありがとう」
「私が何をしたのか分からんが、それはよかったな」
そりゃ話題に出したら俺が勝手に名前を思いついただけだからな。それでも話題を始めてくれたルナとエレナに感謝だな。
「翔太は名付けのセンスがあるのだな」
「いやあないよ。今回ばかりは降ってきたんだ」
基本的に俺のネーミングセンスはあまりないのに、いい名前が降ってきたのは奇跡という以外にないだろう。
「そうなのか、にわかには信じがたいがな」
エレナは信じてくれないみたいだけど、事実なのだからどうしようもないな。もう少しは信じて欲しいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます